日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
それから
2008年09月03日 (水) | 編集 |
24jikan sonogo

「た、、、たろうはん。。だいじょうぶでっか~。。」(byきんちゃん)
「でっか~。。。って、あんた相変わらず不自由な関西弁やな。。。」(by赤ちゃん)

「きゃ~きゃ~、相葉ちゃん今年は泣かないって誓ってはるわ。」(byみかん)
「ほんまや、5人はいつも黄色いTシャツが似合うわ。」(byはな)

さて、香取の24時間テレビ「それから」は。。。。
「強い念」を送りすぎたせいか、超疲労感虚脱感でございます。
「魔王」のしおりちゃん並に。
何ですか。。この疲れ感は。
第一、24時間テレビを見てもいないし参加もしていないのに!!
よくスピリチュアルな方達が、「念」を送ったり、「霊」の話を聞いたりしつつものすごく疲れるっていう、、、、まぁ足元にも及ばないのですが、ものすごい疲れている。

番組が終わってから、ニノの手紙の事、、、泣かなかった5人の事、、、、お友達から情報をたくさんもらいました。
色々な方のブログを読ませてもらうと,その度に泣ける、、、5人の様子が目に浮かびます。そして、観ていないのに、しっかりリアルに応援したようなそんな清々しい気持ちにもなっています。

今日は珍しくポストにお手紙が入っていて、元同僚の方から雑誌の切り抜きが送られてきました。24時間テレビに臨む5人の決意が載っていました。
その中に翔ちゃんが「骨髄バンク」のことについて関わったという事が載っていました。

香取はこの財団が設立された時から応援しているひとりです。
2年前にはドナーになりそこねてみたりもしました。
お暇な人はお読みください。「香取のドナーへの道1~5」(2006年の3月4月です。。。って、勝手に飛んで的な紹介でごめんなさい。)
何度も何度もここで話しておりますが、骨髄の合う合わないは10万分の1の確率と言われています。親でも合わない、唯一兄弟で4分の1の確率だそうです。
そして、アメリカに比べて日本の骨髄バンクへの登録は9分の1(ごめん、90分の1かもしれん。)と少ないそうです。じゃぁ、アメリカの人に移植してもらえば?って想うでしょう?ところが日本人には日本人の骨髄の型しか合わないというのが普通なんだそうです。

だけど、骨髄移植財団さんのお話を実際に聞いてみたり、読んでみたりすると、、、骨髄移植というのはなかなかに勇気のいるものです。ドナーになって移植するまでの何回もの検査や,その度に印鑑を押す事も多いです。家族の承諾,両親の承諾もいる、しかも、移植は割に大きな手術(全身麻酔です。)なので、日本ではなかなか登録する方が少ないようです。

香取は設立の半年後に登録して、ドナーとして検査を受けるまで約12年くらいの年月がたっていました。ほんとに自分は登録しているのかも不安になるくらい、なんの連絡もなく、すっかり忘れていた頃に速達が来ました。
それくらい骨髄の型が合う人と患者さんが巡り会う事はむずかしいのです。

でも、下手な鉄砲。。。じゃないですけれど、登録数が多ければ合う確率だって高くなってきます。今でこそ、医療が進歩して治るようになった「白血病」ですが、香取が大学生の頃にはこの骨髄バンク財団は日本にはなかったのです。

去年の24時間テレビでもタキツバくんたちが紹介してくれましたが、今年は翔ちゃんが紹介してくれたんですね。
あぁこれで、若い(爆!)方達がもっともっとたくさん登録して下さったらいいな~って想います。だって、51歳までですのよ?ドナーとなれるのは。

。。。ってごちゃごちゃと書いています。
最後に。。。

嵐はきっと「天使たち」なんでしょうね。
だって、こんなにも人を幸せにし、人に生きる力を与えたり「人生って結構いいもんだね。」って想わせてくれる彼らの背中には、絶対に羽があるに違いない。
それをず~っと前から見つけていた嵐ファンの先輩達。
改めて尊敬いたします。
そして、少しおくれて注意深くその羽に気付いた香取達。
ずいぶんと幸せにしてもらいました。

こんなに厳しい世の中に彼らを送り込んだのは、神様からのプレゼント。
5人が黄色いTシャツを着て笑っているのを見たら、なんだかそんな気がしました。

そして、超疲れた。
私、、、スピリチュアルな力とか全くないのにがんばりすぎました。
今日は語学学校の日だったけれど、ぐだぐだでした。
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