日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
ほんとひさびさのダイビングネタ
2006年12月04日 (月) | 編集 |
座間味島

社会科の学習で「あたたかい土地と寒い土地」の学習があります。香取たちの住んでいるのは明らかに「寒い土地」なんで、わざわざ学習しなくても一目瞭然なのですが、真冬の二月に桜の咲いてしまう「沖縄」のお勉強を、子供達はこれからするのです。
この写真は、たぶん「座間味島」です。ケラマ諸島のひとつです。
沖縄本島からはボートで1時間もかからない場所。停泊しているボートから撮った、美しい美しい海です。これが沖縄の美しい海です。北海道にはこの「青」はありません。

不発弾

さて、これは同じくケラマ諸島の海の中で、香取が撮った写真です。この写真の真ん中に横たわるもの、見えますか?
何かわかりますか?
これは、今も沖縄に向かって横たわっています。

これは、太平洋戦争当時、アメリカ軍が沖縄の島々に向けて撃った砲弾です。いわゆる不発弾です。
信管が抜かれていないそうなので、まだ爆発する恐れはあるそうです。

沖縄が日本で唯一の「地上戦」と地となる前、アメリカの何百隻もの船から撃たれた、いわゆる「艦砲射撃」の砲弾のひとつです。
大きさは香取くらいです。(人間くらいの大きさです。)

太平洋戦争が終わり、沖縄がアメリカになり、日本に返還され、そして今は「沖縄ブーム」なんて言われてリゾート地として開発されて行く、、、、その歴史を、海の中でずっと見ている砲弾です。
いいえ、何かを待っているのかもしれません。

私が初めて沖縄で潜った時に、この砲弾をダイビングのガイドさんに教えてもらいました。
その頃は、カメラをもって潜るのもちょっと不安な時代だったので、写真を撮ることができませんでしたが、砲弾を目の前で見て、大変ショックを受けました。
戦争は終わったけれど、みんな幸せそうな顔をして沖縄にいるけれど、まだこの砲弾は沖縄を狙っているのです。

1年後、同じダイビングショップの同じガイドさんに「もういちど連れて行って下さい。」とお願いしました。子供たちに見せたいんです。。。って。
そのガイドさんは、もうそのショップを辞められていたのに、私のためにその日は一緒にボートの乗って下さいました。

他のダイバーさんたちにとっては「つまらないもの」だったでしょう。

もう60年です。
ずっと青い海を見て、珊瑚に囲まれて、美しい魚たちと一緒に、その不発弾はありました。
おそらく今もあるでしょう。
なぜなら、県警に通告したら、その時点でそこは潜れないエリアになってしまうから、みんなそっと静かに見ているのです。

沖縄はあたたかい土地。
家の作りも、海の色も違う。
食べ物も違うし、産業も違う。
文化も違う。
それから、沖縄にとって「忘れられない歴史」があること。
子供たちに伝えたいと思い、パソコンの奥底に保存してあった「不発弾」をプリントアウトしてみました。
コメント
この記事へのコメント
日本は北海道と沖縄では1時間くらい日の出や日の入りが違う。狭い国といわれているけど、気候のちがい、文化のちがいはたくさんあります。私は生まれも育ちも現在も横浜に住んでいる<ハマッコ>で、両親も同じです。でも私のような人間は少ないです。横浜は、港からいろんな文化がはいってきたところであることを知っている人は近所に何人いるだろう。。。戦争の話だって、私たちの親の世代は疎開の経験はあっても兵隊さんとして戦地にいかれた人は少ないでしょう。日本は、広島、長崎に原爆が落とされたというのは、知られています。沖縄の悲しい出来事は、何故かそんなに強い記憶にない。今でこそ、沖縄は観光や、タレントの故郷として知られているが、私の小学校の頃は、沖縄は地図をみて知ったくらいであまり注目はしていなかった。私みたいな人がいないように、香取先生、ちゃんと話してくださいね。
2006/12/05(Tue) 00:18 | URL  | rinkyohhen #-[ 編集]
いつだったか、沖縄の小学校のグランドでも不発弾が発見されたって、テレビで言ってたよね?
まだまだ、たくさんの不発弾があるんだよね。
沖縄の子供達は、戦争を 本土の子供よりは、もっと身近に感じているのかな。
2006/12/05(Tue) 15:29 | URL  | レイ #-[ 編集]
香取にとっての沖縄は
>rinkyohhenさん
大きな意味のある島です。
すぐ上の↑レイちゃんもそうだけれど、香取たちはフィンガー5の応援組です。レイちゃんも、、、というより、レイちゃんは。。。って感じ。私は不義理ですので。

フィンガーの5人(晃君は、香取、レイちゃんと同い年)は沖縄がアメリカだった頃の子供たちです。
沖縄戦がどこよりも早く終末を迎え、日本が敗戦国となる引き金を広島、長崎より早く引きます。
だけど、沖縄の戦争は全然終わっていない。
沖縄の人達は、アメリカ人と生きて行くことになり、基地を抱え、日本の前線でありながら本土に渡るためにパスポートを持たなければならない。本土でも差別をうけ続ける。

沖縄戦を調べれば調べるほど、あまりにも悲しいことだらけですが、戦後生まれた子供たちも歴史に翻弄された人生を送る。。。

例えば、あんなにも人気のあったフィンガーだけれど、その扱いは悪かったと思います。子供心になんとなく感じていました。大人になって彼等に話を聞くとやっぱりそうだったんだと思うこともいっぱいです。

今、沖縄出身のタレントさん達が、当たり前のように歩く道はあの時代のあの子達が切り開いたんだといつも思います。
それは血のにじむような茨の道だったと。

あれ、、本題をずれましたか?
先日亡くなられた灰谷先生の「太陽の子」の中には戦後差別をうけ続けた沖縄の人たち、そして沖縄戦で心をめちゃくちゃにされ、その傷と戦い続ける人たちが描かれているのです。ここにきて、、、灰谷先生が亡くなられ、私が沖縄のことを扱う。。。何か意味がある気がします。
明日、参観日で、あの不発弾を最後に子供たちに見せるつもりです。
2006/12/05(Tue) 19:53 | URL  | 香取 #-[ 編集]
特別な場所
>れいやん
上にフィンガーのこと書いたけれどさ。
私はどうしても忘れられないことがあるよ。
晃君の一言。
「ずっと特別扱いされてきた。」っていうあの一言。

私達は小さい頃華やかなフィンガーしか見てなかった。てゆうか、私は、だけれど、あの子達が背負って来た「沖縄」ってすごい場所だよね。

だけど、正男兄ちゃんが「でも俺にとって沖縄はアメリカ」って言ったのも衝撃だった。
だけど、三線弾いてる正男兄ちゃんの心の中も知りたい。

不発弾。
沖縄では見つかるとそこは立ち入り禁止になるんだよね。
その不発弾で怪我をした子達も戦後いるんだよね。いっぱい。
なんかさ。納得いかないこともあるよ。
今の沖縄ブームがさ。私もダイビングとか行くけれど、ちゃうやろみたいなこともある。
でも、香取は旧海軍壕で手りゅう弾のあと見てから、もうあかん。行けへん。上の座間味島の写真さ。例の、こわいやつやで?おぼえてる?
2006/12/05(Tue) 19:59 | URL  | 香取 #-[ 編集]
こわいよぉ~~~~!!
最初見たときは気が付かなかったけど、
覚えてるよぉ~~~( ̄。 ̄;)

前は、見えなかったのに、
今、見えるやん!!!!こっわい~ぃ!!
2006/12/06(Wed) 19:38 | URL  | レイ #-[ 編集]
え?見えた?世界発信?
>れいやん
うそ===!!
こんな小さいのだったら見えないと思ってたけれど、世界にお見せしちゃった。(なんの会話やねん。)

それはそうとFNS歌謡祭にフィンガーの映像たっぷり出たね。「学園天国」ね。
私はもちろん、嵐ねらいで録画してたけれど、ええもんみせてもらったわ。
2006/12/06(Wed) 20:17 | URL  | 香取 #-[ 編集]
えーーーー!うそぉ~~~~!
見てないぃ~~~!!!
どんなやつ?
晃くんと妙ちゃんが、黄色でおにいちゃんズが、水色の衣装のやつか?
2006/12/06(Wed) 20:24 | URL  | レイ #-[ 編集]
え~~っと
>れいやん
どんなんやろ。
みんなおんなじ衣装だった気がする。
結構派手な。

てゆうか、ここチャットルームか。
2006/12/06(Wed) 20:42 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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