日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
一人で戦う 〜voyage~
2020年01月02日 (木) | 編集 |
等身大。
35歳過ぎた大人になった彼らの等身大は、どんなだろう。

いつしか、嵐が自分より先を進んでいく錯覚に囚われたこともあったと思う。
嵐は、いつしか誰が作ったものなのかわからなくなっていったことも。
だけど、
それを潤くんは「愛するもの」と言った。

voyageは楽しみだったけれど、怖かった。
そして、終わった今も、何度か見た今も、心の中が「スッキリ」とはせず、ずっと「こうあってほしい」とあの1月27日から自分の中で落とし込んだ場所すら、輪郭を失った気がする。

それが君たちなの?その姿が。

私には一つの辛い体験がある。
私は、嵐のことが大好きになってオタになる前、SMAPが大好きだった。もちろん、嵐とずっと歩き始めてもSMAPが大好きだった。
今でも覚えていることがあって、2016年末の12月27日。
私は東京ドームにいた。
Are you happy?ツアーにいた。お友達にチケットを譲ってもらって、幸せにそこにいた。
いや幸せだったよ。そりゃあ、幸せだよ。だって、嵐コンだもん。
だけど、
その前日。

SMAPの最後のスマスマが放送された。5人が最後に「世界に一つだけの花」を歌って、深くお辞儀をするとき、私には「ごめんね。」っていう誰の声かわからないけれど、聞こえた。そして、私は泣いた。

東京ドームで、嵐5人が一人一人大きなスクリーンに映し出された。
数年前のSMAPコンで、5人がsimpleと言う歌でこんな風に映し出されたとき、私は「ああ、なんて奇跡の5人なんだ。」と思った。その尊い感情をずっと覚えていて、嵐もいつかあんな風になってほしいと、2004年に初めて嵐コンに参加した頃思っていた。

その日、嵐5人が映し出されたとき、
「永遠はないかもしれない。」と言う思いが頭をよぎりました。
私は、ものすごいスマオタさんには及ばないけれど、SMAPは永遠に続くと信じてた。安心してた。
だけど終わりが来た。

それから、新しい年になった。
私は、ずっと暗闇を歩いているように生きていた。
周りは明るいのに、ふっと気を抜くと、その暗闇に引きずり込まれた。
私たちは、急に彼らを失った。
何も話さないのが、彼らのやり方だった。どんな風に話せば誰も傷つけずに居られるのか、それが彼らの考えたコミュニケーションの方法だった。
何か私たちに伝えてほしい、何か話してほしいと願いながらも、それを聞くことはないだろうとも思っていた。

だけど、それからの半年以上(新しい地図が始動するまで)は、本当に辛い毎日だったな。人と会うのが怖かったし、誰かに何かを聞かれるのも怖かったし、誰と何を話しても共感できないと思ってた。だから数ヶ月間、仕事以外は誰とも会わないでいた。それはとても癒えることのない感情で、どうやったらその暗闇から外に出られるのかわからずに毎日を途方に暮れていた。

私は怖いです。
もう一度あんな日々が自分に訪れるのかと思うと。

私はついこの間まで、
「休止って言ったって、すぐにきっと戻ってきてくれるよ。
 だって、こんなライブ感を知っている彼らが、その場所を手放すはずがない。」
そんな風に、楽観的に思ってた。
それは、休止宣言直後に翔ちゃんが「復活はあります。」と言ってくれたnews zeroや、相葉ちゃんがいつも「休止と書いてパワーアップと読む。」と言っているその言葉に支えられてた。

だけど、

だけど、違うのかな。。。。って思った。
翔ちゃんが25日に
「ついてきてほしい。何度でも言う、ついてきてほしい。」
と強く言ったのは、
紅白でも強い目線でお茶の間の皆さんを通り越して、私たちの心に手を伸ばすように話したあの言葉も、
灰になろうと思っているからなのか、、、
彼らとて、この1年の始まりを意識し始めていて、5×20ツアーという幸せな空間や、いつまでも終わらないかのように思えた多くの公演に守られていたと感じていたのかもしれない。
そこを、もう通り抜けて、潤くんの言う「散り際」を考えて、これから進んでいくのか。
ニノの言う「有終の美」に向かって、歩いていくのか。

そう思うと、5本の太い車線は、1年後どこに伸びていくんだろうと思う。
そこを私も歩いていく。
歩いていくのに、その先はどこにもつながっていなくて、急に寸断されて、また私は暗闇に引きずり込まれていくのか。。。
そんな風にも思うと怖くなる。

35歳を過ぎた大人の男性である彼らは、一人一人もう違う答えを持っている。
そう翔ちゃんは言う。
セカンドコンサートの後、みんなで部屋に集まって、嵐をこれからどうしようとみんなで一つの答えを生み出そうとした5人ではないんだ。

5つのパターンには、休止、解散、続ける、それ以外に何があったんだろう。。。4人でやる。4人で嵐にする。4人でやりながら大ちゃんを待つ、あとは何だったんだろう。

休止を推し進めたのは誰なんだろうか。大ちゃんが「休止でいいの?休んでいいの?」って喜んだと会見で言ってた。だけど、ここを離れることを、もう10年くらい前から考えてたと言う。
その思いが、どこにも納まることはなく、ずっと大ちゃんの心の中で育まれていた、存在していたのは、どうしてなんだろう。

自分にとって不本意ながらのデビューだったかもしれない大ちゃんが、嵐の4人の優しさとか真面目さとか真摯な姿に触れる中で、心が変化してきたと思うんだ。だけど、それでも尚「ここから離れよう」という思いを持ち続けていたんだね。
大ちゃんはきっとそういう自分の心を妥協させたり、納めたり、、、ずっと繰り返してきただろうな。

5人のそれぞれの語りの中で、ずっと相葉ちゃんだけが、次の嵐を見てる。決してここで散ろうなんて思っていない。「決まる前は、まだなんとかなると思ってた。」という彼は、ずっとそう思ってる。今もきっと。
私たちにとっては希望の星だけど、それに対して4人が「俺もそう思う。そうそう!」と今は思っていなんだろうなと感じる。

何よりたまらなかったのは、潤くんだったよ。
「愛するものを殺すようなことをしている。」と自分を表現する潤くん。
嵐を生かす。
嵐を、どうするのか。
自らの手でその先を決めたかった。
愛するものだからこそ、自分たちの手で
そう思うのか。

何で今、このドキュメンタリーを配信するの?
これはすごい疑問なんだ。
受け止めるよ。受け止めるさ。
しかも、君たちがずっとずっともがき苦しんでいることも知ってる。
そして、テレビで大笑いして仲良しであり続けている姿も
コンサートでの姿も、
どんなに大変な場面でも一人一人が握手をし、誰かの肩に手を置き、
時には後ろから押してあげる。
そんな姿も、みんな知ってるよ。

伝えたいことは受け止める。
受け止めるさ。
だけど、辛い。
私が一度体験したことのある、あの暗闇に向かっていく、これは序章なのかと思うと辛い。
だとしたら、なぜファンの私たちにそれを見せるんだろう。
君たちは、ずっと
ファンを私たちを、幸せにしようと歩いてたはずなのに。

35歳を超えた男性の、
等身大の思いを、伝えることが君たちの「誠実」なのか。
だけど、怖いよ。

昨日の「しやがれ」で相葉ちゃんが
「大ちゃ〜〜ん!やっと来れたよ〜〜!」
と叫んで走ってきて、大ちゃんをハグした。

二人で、幸せだね、幸せだねと話しながら、
「2021年の1月1日は何してるの?」と無邪気に尋ねる。
「何してるかな?」
「じゃ、飲みに行こうよ。」
「そうだね。いきなり会わなくなるのも寂しいよね。」
「じゃ、5人で行こう。」

怖いよね。きっと。
誰にも教わったことのない日々がやってくる。
それを選んだのは君たちだけど、
そこに向かってハンドルを切るのは
きっと怖いことなんだ。

だけど、その二人の会話があまりにも可愛らしくて、健気で、弱っちくて、
泣いちゃったよ。

君たちが笑うことのできる道を応援したい。
それは変わらない。
だけど、2020年を迎えて、君たちのそのラストスパートが、私たちにとってものすごく楽しみでものすごくわくわくするもの、、、だけではないって思う。

そして、
5人は、一人ひとりが
一人で戦ってる、、とも思った。
そう、そういうところで弱音を吐いたりしない。
誰かに寄りかかったりもしない。
それが嵐なんだ。

voyageを見て、そう思った。


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