しあわせの王子
2019年11月10日 (日) | 編集 |
大丈夫か〜〜〜〜!って、昔はよく、君たちのところに走って行って、その背中にそっと手を置きたいって思っていたよ。

先日、道徳のお勉強で「しあわせの王子」という題材を子供達と話し合った。

とても有名なお話ですが、少しストーリーを。
ある町に、富の象徴として金箔や宝石で飾られた王子の銅像が建っていました。秋の夜、その足元で羽を休めていた燕に王子は話しかけます。
「ツバメさん、南の国に行く前に、僕のお願いを聞いてもらえますか?」

町の中に病気のお母さんを看病している子供がいる。その子に薬代になるように、僕の目のサファイアを届けて欲しいというのです。燕には王子に変わって宝石を届け、南の国に行こうとしますが、王子はもう1日だけと、助けたい貧しい人たちに自分の体についているすべての宝石を、そして体の金箔を燕に託し届けてもらいます。
「王子さま、もうすっかり冬になってしまいました。僕はもう南の島に行けません。ここで休ませてくださいね。」
金箔も宝石も失ってボロボロになった王子の足元に、燕は体を横たえ死んでしまいます。

私は、このお話を久しぶりに読んで、
そして、昨日の奉祝曲を歌う嵐を見て、
嵐は「しあわせの王子」だ。。。と感じました。
道徳の勉強では、「富」や「しあわせ」の象徴であるきらびやかな王子像がボロボロになっていく、王子は本当に「しあわせなのか」という話を子供達とします。
子供達は、たくさんの人を助けたからこそ「王子はしあわせになったんだ」と言います。

昨日の嵐の姿を見ながら、私はテレビの前で、溢れる涙を止めることができませんでした。
いろいろな思いがありました。

もがいて苦しんで、てっぺんを目指そうって泣いた相葉ちゃんの姿、
私は知ってる。そばにいたもの。
そして、今、君たちはそこにいる。
そこにいる。いや、本当にそこにいるのか?
潤くんが、「どこに向かっていけばいいのか、わからなくなった。」って話してたことがあった。
こうなりたい、こんな嵐になりたいっていうビジョンを5人が心に抱き、努力した頃があり
そして、
急に取り巻く状況が加速した時は、何にも景色が見えなくなっただろうな。

昨日、相葉ちゃんを先頭にステージの真ん中に彼らが出てきた時
胸がいっぱいになって、君たちを誇りに思った。
君たちは、私の人生の私の夢をも叶えてくれた人たち。

だけど、
私には君たちが「しあわせの王子」に見えるんだ。
あの場所に出て行く時に
燕尾服の裾を見せて翔ちゃんが
「一世一代の大仕事に向かいます。」と笑顔で言った。

凛として
背筋の伸びた彼らが、そこに立つ。
君たちは
自分の人生を、私たちの前に投げ出して、
計り知れない喜びも手にし
その分、
想像を絶する苦しみ、辛さを抱き、
乗り越え、
自分を抉り、
そこに今立つ。
その重責
その愛のある歌。

大丈夫、大丈夫、と繰り返し歌われるその歌詞を雅子さまに届ける、そのエネルギー。

本来ならば、天皇という人たちが国民を照らしたり、幸せにするのかもしれない、天皇万歳は薄ら寒くてすごく怖かったけど、だけど、彼らが本当なら国民を幸せにするてっぺんの人だろう。
だけど、

5人の歌に、雅子さまが涙した時

なんて言えばいいのか、
5人がどれだけの人生を賭けてそこに立っているのか。
そして、
人の心を大きく動かす、その力を
どれほどの力を持ってそこにいるのか。

いつも同じことになるけれど、
私は、今だって5人にはそばに来て手を振ってほしい。
今だってうちわのメッセージを読みに来てほしい。

だけど、
彼らが「しあわせの王子」みたいに、一人一人を探し出して
その一人一人の手をとって
泥の中から引き上げてあげることを
そんな作業を続けるのなら

それが、
君たちのしあわせなら。。。って思う。

今日は、1日をかけて世界の4都市を回ってる5人。
ニューヨークのワールドプレミアに翔ちゃんが来てくれた時、嬉しかったな。私、本当に「号泣」したもん。号泣ってこんな感じか〜って思いながら。

苦しい時とか辛い時とか
手を伸ばせば、その手を取ってくれる。

君たちは栄光とか、そんなきらびやかな言葉じゃない
悲哀にも満ちた
それでも
「しあわせの王子」だと思う。
これが君たちの、本当のしあわせであることを願ってるよ。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック