2019年07月21日 (日) | 編集 |
さすが全国放送ですね。
前回6月の時は、放送終了後、道民たちがしみじみと感想を述べ合っている感がありましたが、今回は「大反響」を感じました。

大反響となると、色々な想いをもちました。
それは、北海道に住む人間として。
「北加伊道」ここに住む人の土地。。。。

私は、ドラマ中のアイヌ民族の女性のように「ここを離れない」という気持ちを持たない道民なんですが。
今回は、「香取の仕事」というカテゴリーで日記を書きたいと思います。

もちろん、大前提は嵐オタ、、、年季入ってる〜・・・ですから、潤くんの袴姿の美しさ(出っ尻ってやつね。これが)や、ちょっとドキドキした殺陣も、そして瞳の美しさに改めて感動しました。
ああ、このセリフの時はこんな表情だったのねとか、どこまでも美しいお顔に「ようでけたお顔や〜。」とも思いました。

視聴者に「松浦武四郎」の心の動きを伝える、その目の素晴らしさに、本当に潤くんは素晴らしい役者さんになったのだなと感じました。
まずもって、潤くんのことですから、調べ上げたのでしょう。松浦武四郎という歴史の教科書にもちょっとしか載ることのない人物を。
そして、彼の生きた背景を。
松浦武四郎さんのお名前は、北海道に住む道民の私たちすらほぼ知らなかったです。名付けられて150年というイベントがここ1年、北海道では結構ありまして、そんなポスターを見かけるたび、「へえ。。。そうなんだ。。。」と思った程度で、彼の記念館は出身地である三重県にあるんですね。そこは私たち道民からは遠いところなのです。

私は職業柄「歴史」を子供達に教えることもあります。だけど、北海道の歴史をしっかりと子供達に教えるチャンスは、なかなかないのです。教科書にもほんの少ししか載っていない。しかもそれは、その地域に任された部分なのです。

本州の方たちが、新天地を求めこの北の大地を訪れ、この最果ての地を開拓をし、農作物を植える。しかし育たない。。。寒さと飢えの中で命を落としながら、この北海道を作り上げていきます。

そういう歴史に、ほんの数時間触れることはあっても、しっかりと向き合う時間はほぼありません。

私のように本州で育った人間、そして西日本で育った人間は「人権教育」「同和教育」というものを徹底的にされてくるのですが(それも地域や時代によるのかな?)、北海道ではそれはほとんどなく、だから、アイヌ民族の方たちのことも私たちの教育からはすっぽりと抜け落ちている部分であります。

また、武四郎の時代には、まだたくさんのアイヌの方たちがコタンと呼ばれる自分たちの村を持って生きていたと思いますが、今の時代にそれは観光地としてしか存在しません。まるで「過去のもの」のようになっている部分もあります。そこへ行くと、ドラマにも出てきたような衣装を着たアイヌ民族の方たちがご案内をしてくれたりしますが、彼らも仕事が終わると服を着替えて、自分の生活へと戻ります。

アメリカのネイティブアメリカンのように守られているわけでもなく、アーミッシュのように自分の生活を守り続けているわけでもなく、和人の生活の中に、綺麗な言葉で言うと溶け込み、悪い言葉で言うと淘汰されていった、、、、私は後者の方が近いのかなと思います。

武四郎がドラマの中では、「平等な世の中」を訴えます。共存してこそ北海道が成り立つと。
あの時代に、そんな心を持ち合わせた方がいたということに、本当に感動しました。
だけど、彼の意思がその後、北海道に反映されたのか?というと、必ずしもそうとは言えない。
私は、そういう「北海道」に今住んでいます。

前回のニシパの放送の時も日記をアップして、たくさんの方に読んでいただきました。
その時は、「へえ、知らなかったね。」と道民でつぶやき合う感じでした。
でも、今回の放送で、本州の方たちが、彼の生き方やアイヌの方たちのことを「知らなかった、知りたい」とツィッター等でつぶやいてくださって、私は、うーん。。。と考え込む部分もありました。

本当に

本当に

私たち自身、学んでこなかったな。
むしろ、私はコタンがちょっと怖かった。観光地になっていますし、北海道をドライブをしていると必ず現れてくる多くの資料館や博物館、子供達を連れて行くこともありましたが、自分自身はちょっと足が向かないというか。。。
今回、二風谷(にぶたに)村で撮影されていると思うのですが、そこもなんども通っていますが、その独特の雰囲気と静けさに、足が向かなかったです。

二風谷にはダムができ、そこにはアイヌの方達の大切な祈りの場所が沈められました。
そのダムの水面を見ると、なんとも言えない気持ちを持ちます。

北海道の私たちとアイヌの方たちの距離感というのは、少なくとも私が思うのはこんな感じなんです。
それは私の中の「差別」なのかもしれません。

北海道に入植した和人たちにの中には、自分たちとは相容れない「神様への思い」を持つ彼ら、自分たちとは違う容姿を持つ彼らに色々な感情を持った方がいたのだろうな。

武四郎は、なぜその感情を持たなかったのか。
物語の中では命を助けられ、そしてその生き方の美しさに時間をかけて付き合っていく、共に生活をするというチャンスがあったからでしょうか。
この最果ての大地に入植して、そこで「生きる決心」をした和人たちには心にも時間にも余裕がなく、なかなかできなかったことかもしれないです。また、入植してきた人たちは、たいてい「地域」ごと北海道に渡ってきているので、地域性もそのまま持ち込んだだろうし、だからこそ他を寄せ付けない排他的な部分もあっただろう、自分たちをとにかく守ろうとする気持ちもあったでしょうね。(北海道の地名には、その入植してきた藩の名前が付いているところも多いです。だから、北海道なのにポツンと本州の県の名前が付いていたりします。札幌のお隣の北広島市なんてまさにそうですよね。)

さて、長々と書いてしまっていますが。。。。

北海道は、ちゃんと自分たちの歴史を伝えてこなかったなということです。そして今もなお。
また、武四郎さんが今から100年以上前に感じた「不平等」が今全て解消されているかと言うと、100%そうではないと私は感じています。
やはり、脈々と伝わるものがあり、時々私も驚くべき発言が周りから聞こえてきたりもします。
だけど、
だからこそ、今回のドラマと潤くんの力が、武四郎さんの思いを100年以上の時を超えて私たちに伝えているのだと思います。
もしも、これから何かが変わるとしたら、やっと武四郎さんの功績が、思いが伝わるのだと思います。

歴史は流れています。
続いています。
全てが明日という未来につながっていきます。
だから、100年以上前の武四郎さんの思いも、彼が亡くなっても尚、続いている。

二回目のニシパの潤くんを見ていて「ああ、すごいな」と思ったのはそこです。
100年以上の時を経て、武四郎さんの思いを伝えてきたこと。

じゃあ、私に何ができるかな。

もはや今の時代、何も自由にできない教育界にいる私に。

まずは知ることかな。
今まで怖くてそばに近寄れなかった(ちょっと別な理由もあるんです。)場所に近づいてみるかな。
またムックリの練習するかな。爆!どこいったっけ。。。ムックリ。。。

人を思うことはまず、「知る」ことから。これ、長年子供達によく伝えてきたこと。
「知る」とその人のことを「思う」ことになる。
「思いやり」はそこから生まれるんだ。
そう言ってきたんだけどな。。。。

私も長きにわたり携わってきた、北海道をもう一度見つめるときがきたのかな。

長々書いてしまいました。
立ち止まって、読んでくださった方、ありがとうございました。




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