日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
「遠くにいても、近くにいても」〜札幌ドーム嵐コン 一人反省会〜
2019年05月19日 (日) | 編集 |
嵐札幌ドーム


1、27の会見から数ヶ月が経ちました。
人生に絶望をしていた私たちのところに、嵐が会いに来てくれた。

初めて。
初めてだったんだよ。

私は、15年前「いざっNOW」コンからずっと、道民として札幌で5人をお迎えして、札幌で5人を見送ると決めていました。アメリカにいた時の2回はできなかったけれど、今の今まで私はずっとそうしてきました。

今年初めて、私は嵐をお迎えすることもできず、そして見送ることもできなかった。
それは仕方ない。仕方ないことなんだよ。
いつかそんな日がくるって思っていた。

だから、5月、たった1回。私の名義の札幌ドーム。
これまで数々の素晴らしいお席を引いてきた私の名義での、きっと休止前最後の参戦でした。
いつも通り、素敵なレポは素敵ブログの皆さんにお任せして、私が私にしか感じることのできなかったことを書いていく、相変わらずの香取のブログです。

ネタバレはないと思うけれど、もし楽しみされている方がいらっしゃったら、ネタバレてたらごめんなさい。てゆうかもう、50公演の折り返し過ぎてるから、みんな知ってるよね。

嵐は、いつもの嵐だった。うん。そうなんだ。いつもの嵐は、ずっといつものまんまで何年も何十年も私の目の前で、歌ってダンスして、笑い転げてくれるって思っていました。
たったの1ミリも、ほんの1ミリも、その日々に終わりが来るなんて思ってもいませんでした。

目の前で、いやもう100メートルくらい先で、いやもっともっと先で歌い踊る彼らは、もう肉眼ではその表情すら認識することができないけれど、それでも、こんな日々がずっと続くと思っていました。

15年前。
初めて「きたえーる」という総合体育館で本物の彼らを見た時、ああこれからずっと一緒なんだと思いました。
一緒に歩いていく。

昨日、潤くんが、素晴らしい言葉で表現していました。

「つながってくれて、ありがとう。」

ああ、本当に、あの日から私たちは繋がっていったのだと思います。
それは決して途切れることのないもの。
そこは、安心が出来る場所で、そこは陽だまりのようで、そこにいつも彼らがいた。
翔ちゃん、潤くん、ニノ、大ちゃん、相葉ちゃん、何度も何度も呼んだ名前。

彼ら決して、私たちの呼びかけに返事をすることはないけれど、そんなことじゃない。
私たちは確実につながり、そして私の15年という人生を共に歩いてくれたのだと思います。

5月17日のコンサートでは、ずっとそんなことを考えていました。

私には印象的なシーンが幾つかあって、こんな大切なコンサートを、こんなうろ覚えていいのか?ってとこですが、
その印象的な場面の幾つかで、何度も何度も涙がこぼれました。

終盤、彼らのコンサートのミーティング風景が映像として流れます。モノクロの映像の中には、キラキラの彼らではなく、等身大の大人の男の人たちの姿が映ります。おそらく深夜、疲れた体できっと何時間も話し合うその姿に、前回のコンサートの時もとても心打たれました。
今回はさらに映像が幾つか加えられていました。

もちろん、去年の初日にはなかった私たちが入った11月の札幌や12月のアイバースデイの日の彼らの様子。
そして、

会見の日の5人。

一瞬なのですが、彼らが会見であるのに、お互いに一人一人と握手する場面が映しだされました。
5人は、コンサートの前、また何かを始める前、テレビの番組の前、必ず5人が他の4人と握手するそうです。
一人一人と。
そうやって20年間歩いてきた彼らのルーティーン。
会見の時も、同じように笑顔で握手をする5人。
その5人の気持ちを思いました。
どんな思いで、あの時あの笑顔で握手をしたのだろう。
そう思うと、どうしようもない思いになります。

私たちのことを心配し、そして大ちゃんを守り、そして、嵐を守り、
2年にも渡り話し合いを続けてきた彼らの、その思いを、あの場所で話すその直前。
湿っぽいのはやめよう。この場所もエンターテインメントなんだ、、、
だから、最後には絶対にみんなを笑顔にしよう。
そんな5人の思いだったのかしら。

いやもう、そんな私なんかの想像を遥かに超える、5人の思いが私の心に突き進んでくる一瞬の映像でした。

かつて、ピカンチを撮っていた頃、堤幸彦監督が、まだ若き彼らを「奇跡の5人組」と言いました。
あれからずっと、彼らはずっと変わらずに4人を思い、歩いてきたんだ、、
いやもうそんなのわかりきってることなんだけれど。
ここに来て、心にずんときました。

そして、その映像の中には、翔ちゃんがひたすらピアノの練習する姿が映し出されます。
月をまたぎ、年をまたぎ、場所が変わっても、彼はピアノに向かい続けていました。
本当によく頑張ったなと思います。翔ちゃんのピアノ素晴らしかった。

音楽を、ピアノを専門に学んできた人間の端くれの私も、ブラボーって叫びたくなります。
初めての時は手が震えたことでしょう。
一番下のBフラットも、最後のBフラットもグーで弾いちゃうところなんて、私の尊敬するピアニスト、マッコイタイナーのようで、ぞくっとしました。ピアノは急に上手になんかならない、何年も何年も積み重ねなければ弾けるようにならない。
彼はそうやって、丁寧にピアノを自分のものにしてきた子なんだろうな。小学校時代の写真が映し出されます。その時から、ピアノに真摯に向かい合ってきたからこそ、今あんな大曲を弾くことができる。ちょい間違っていようと、ミスタッチをしない。しっかり音をつかむ、素晴らしいピアニストだと思いました。

それから、潤くんの言葉、
「どんな言葉で表現すれば良いかわからない、今のこの気持ちを。」
そういう彼の素直さ、正直さ。
このコンサートを、そのステージから見る風景を、仲間の眼差しを、この瞬間を、空気感を、5万人の味方を、どんな気持ちで表現したら良いかわからないという彼の表現力。

私は、いつも彼はスピリチュアルティーチャーだと思っていて、人の気持ちや思いを自分の中に落とし込んで、それを自分の音楽として表現していく人だと思っているの。それはね、何年か前の東北の高校生との吹奏楽の時に、強く思った。美しい音楽とか、完璧な音楽はきっと誰にでも作り出せる。だけど、彼は違うんだ。
彼は人の気持ちを昇華させていくような、そういう作業をしていると思う。自分の中に取り込んで。
だけど、それは本当はつらい作業でもあるんだと思うんだ。
だけど、彼はそれをする人。

だからこそ、毎回のコンサートの素晴らしさ。もちろん、技術的に向上していく映像や、フリフラや、そういうこともあるけれど、もちろん、より高いエンターテインメントを彼が追い求めて、勉強していることももちろんだけど、それだけじゃない彼の持つ「指導力」のようなものが、このコンサートをいつも最上のものに仕上げているって、近頃思うんだ。

だって、初めてのドームコンサートの時彼らは「どうすれば最後尾のお客さんを喜ばせられるか」なんて悩んでいたけれど、今の彼らの「力」はハンパない。私は、こんなに遠くにいるのに、まるで近くにいるみたいに彼らの気持ちが伝わってくる。
これは、嵐の素晴らしい成長と、潤くんの類稀な指導力なんだと思うんだ。
それはね、翔ちゃんのリーダーシップとはまた違う力なんだけど。。。
魂の力っていうのかな。
彼の魂の方に、私たちが導かれていく感じかな。あ、、、やばい話になってきた。

そして、大好きな相葉ちゃん。
君が歩くとね、その周りに小さな色とりどりの花が咲いたり、小鳥が飛んだり、小さな動物たちが歩いているような気がするよ。
真駒内オープンスタジアムは、SMAPの時に行ったことあるけれど、雨上がりは大変なんだよね。
そこで「時代」の話をする相葉ちゃん。
「感謝しかない」って言っている相葉ちゃん。
会報で「宝物はなんですか。」
と尋ねられて

「嵐」

と答える相葉ちゃん。
相葉ちゃんの気持ちを考えると、たまらない。
私みたいなファンなんかとは比べものにならない喪失感を味わったことだろうな。だけど笑顔でいつも笑って、明日を作っていく、そういう作業をしてきた子。
小さな小さな君がこっちに向かって手を振る。
私は、いつもみたいに「相葉ちゃ〜〜ん」って飛び跳ねながら答える。
初めて「きたえーる」で私のうちわやボードを見に来てくれた時の君の目、忘れないよ。
「世界に、まだ嵐を巻き起こしていないから。」だからまだまだ彼らは続いていくんだ。

大ちゃん。
「何回も札幌の来ていますね。何回くらい来たか、わかる人。」
って、、、、爆!ああ、かっこよかったな。かっこいいダンスだったな。声が本当に伸びてたな。
ずっと嵐の音楽面を引っ張ってきた大ちゃん。
38歳にしてはビジュアルも動きもいいと自負する大ちゃん。
ずっとリスペクトされ、みんながその背中をずっと追ってきたんだって、君は知ってる?

そして、ニノ。

昨日のニノのご挨拶が、忘れられない。
「嵐は自分にとってなんだ。
 それは大事なもの。」
だから、立ち止まって守るんだ。
そして、「俳優があるじゃないか。」という人を、自分の人生から切り捨てていく。
どんな時も辛い時も、嵐に戻って嵐にいることが大好きなニノ。
4人を見るのが大好きなニノ。
その気持ち、誰がわかるんだ。

立ち止まって守るんだ。
ともすれば壊れそうなものを、君たちはもう一度抱きしめたんだね。

そうだよ。
ふと嵐友ちゃんと話したよ。
「私たちだって、仕事、辞めたりしてるもん。」
自分を守るために、一度その場所から離れる。
それは、当たり前の仕事なんだ。

嵐を守るんだよ。
守るんだ。

15年前に、嵐と一緒に歩くって決めた。
何があっても、私は彼らの決めたことを応援しようと決めてきた。
彼ら以外の言葉は聞かない。
彼らが言う、嵐のことだけを見てきた。

双眼鏡の向こう側に、歩いていく相葉ちゃんが見える。
私が大好きな後ろ姿だ。
軽やかで、大きくみんなに手を振ってる。
涙で双眼鏡の向こうが見えなくなる。
ずっと君だけを見てきたよ。

そして、君を守る。
君達を守る。

まだまだ、君たちと一緒に見たい風景が、私にもいっぱいあるんだ。
私は君たちの欠片でできている。
そして、
おそらく、君たちの体に0、1ミリくらいの私がいる。

うねるペンライトの光のたった一つ。(コンサート終盤に電池切れたりして)
だけど、確実に君たちは私の光をその綺麗な瞳に映す。

繋がっていく。
これからもずっと。
一緒に歩いていこう。

嵐と一緒に歩いていこう。
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