日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
平成最後のブログか〜
2019年04月30日 (火) | 編集 |
なんか、そんな重大な気持ちは欠片もないけれど、
平成になって始めたこのブログなので、ひとまず落ち着くつもりで書きます。

実は、昨日はある記事を書きかけてて、消しちゃっていました。そのことも入れつつ、平成さようならの気持ちで記事アップです。

平成は私には大きな変化がいっぱいありました。
まずは、嵐に出会った。
SMAPにも出会った。
ジャニーズのみんなに会った。
やらっちにも、MAにもタキツバちゃんにも、
私の遠征生活が始まりました。
さっき、嵐のファミクラから5月の札幌ドームのデジチケのお知らせが来ました。
私は、嵐のことが大好きになった2004年から、札幌に彼らが来る時はいつも全ステする、ここで5人をお迎えするんだと思っていました。
そして、アメリカにいる時以外はずっとそうやって彼らを迎えて、お見送りして来ました。

だけど、ここにきてお休みをすることになった5人のこと、
もう全ステなんてできなくなった。
だけど、それでも、妙に納得してたった1日の5月の札幌ドームに彼らをお迎えに行きます。

彼らは、そうか、、、平成を生き抜いて令和の始まりとともに、一度私たちの眼の前からいなくなるんだね。
まあ、それはそういうタイミングだったとしても。

昨日、紅白歌合戦を振り返る番組で、5人の本当に絶妙にやわらかな佇まいというのかしら、空気感を思い出した。北島三郎さんに、
「この平成最後の時間を、嵐と過ごせてよかった。」と言わせる5人。
それでも、彼ら自身は「あの北島三郎さんと共演できるなんて。」
そんな風に今でも、聖子ちゃんのことも北島さんのことも見つめている。
変わらぬ5人であるのが伝わってくる。

アメリカにいる時、あと10日で帰国だった3月11日に、東日本大震災が起きました。
その時から、5人は多くの人たちの心を温め、多くの人たちを救い続けた。
いつもここに書くんだけどね。

私にとって嵐は、近くに居て、手が届きそうな5人だった。ずっと。
私の気持ちを小さなアリーナで伝えることができる5人だった。そして、それを受け取ってくれる5人。
それはそれは、すぐそばにいる5人だった。

だけど、彼らがこの平成の時代に、大きく羽ばたき続けたのは、それはこの未曾有の震災のためだったんだと、納得した。彼らは私だけの嵐じゃなく、みんなの天使だったんだ。
そういう使命を持って地上に降り立った人たちなんだ。
イエス様のようにマリア様の体を借りて、この世界に生まれ落ちた天使に違いないと思った。

だとしたら、私は「私の!私の!」って言うのをやめようってある時から思った。

でもね。
2020年の12月31日が終わった日、そんなに冷静に居られるかどうかは今もわからない。
だけど、いつまでも信じていて、
いつまでもずっと一緒で
いつまでも
いつまでも、私たちのそばにいる5人だと思う。

嵐はそういう風に私の平成を(一応平成の終わりのブログなんで、妙に言っている)彩ってくれた。

きっと彼らは
令和も行きますか〜〜〜!って言うに決まってるけどね。 

さて、もう一つのこと。
昨日書こうと思っていたのは慎吾の話でした。
慎吾がこの間の土曜日、本当に何年かぶりに民放の番組「人生最高のレストラン」に出た。
私には奇跡だと思える時間でした。
土曜日の11時過ぎ。
当たり前のように彼が私たちの前で時代を語っていたのが昨日のようだけど、いつしかその日々がなくなり、それがいつしかそんな風な日々になり、
そんな土曜日の夜にテレビの画面に登場した慎吾。

私たちは、イドルの彼らにはたくさんの笑顔をもらってる。笑顔にしてもらってきたのに、2年前、最後の慎吾にはもう笑顔がなくなってた。その顔見るのが、辛かったし、笑ってるのにこの子、笑ってないって思う慎吾がいっぱいいた。

あれから時間が流れて、今、こうやって本当の笑顔で、私たちの前に戻ってきてくれた慎吾。

慎吾ちゃんは、小さい時から芸能界の世界にいて、ツヨポンだけを友達として、表せることのできな気持ちを全部絵にして生きてきた子。帝国ホテルのお店に行くと、彼の落書きがある。「きたよ。」っていうメッセージがローマ字で書いてある。それを見た時、ちょっとグッときた。大人の男の人だったら、きっとローマ字なんかで書かない。

あの文字を見ていると、彼が中学生くらいから、そのまんま。ぽーんと大人になってしまったんだなって思う。

人生に於いて最高の食べ物を「ウドちゃんのお父さんの作るお米」っていう慎吾。
信頼しているキャイーンのウドちゃんのお父さんのお米だよ。
そして、
それから、つよぽんが揚げる、山形でとった山菜の天ぷらって言った。

キラッキラの芸能界で彼がどんな風に生きてきたのかと、考えた。
胸がきゅっとなる。

嵐もそうだけど
中学生の男の子たちがある時、突然、外界から遮断されたような世界に行って
たくさんの「大人の秘密」を守りながら、生きてきた。

私の同僚の先生がね、
「ジャニーズ事務所を辞めたのに、まだ3人でくっついてるのがちょっと。。。」って「新しい地図」のことを言うんだけど、それを言われて私自身がものすごく傷ついたことでもあるんだけど

そうしかないんだよ。
慎吾は、だって、つよぽんもきっとまだ、中学生のまんまなんだと思う。

私の大好きなSMAPの曲に「はじめての夏」に

「僕は特別な恋なんて、望んでなんかいないよ」

という歌詞があるんだけど、このフレーズを聞くたび、SMAPの5人はきっと私たちが経験する当たり前のことを、すっ飛ばして忘れ物や落し物をしながら大人になってるんだろうなと思う。
そんなこと、いっぱい考えつつ平成が終わる。

さて、嵐に話を戻します。
昨日、「ふるさと」が歌われました。
初めて聞いたのは震災前だったけれど、
まるで、本当に、必然のようにこの歌が、その後震災の私たちの日本で歌われるようになった。
ワクワク学校で
「助け合いたい友がそこにいる」という2番が歌われた時
薄暗い東京ドームで涙が出たよ。
毎年この歌は歌詞が増えて、きっと10番くらいまでできたら東北は復興するんだと思っている。
Nコンの課題曲にもなって、たくさんの子供達とこの歌を歌いました。

昨日、北島さんと聖子ちゃんと歌う時、大ちゃんの手が北島さんの背中を支えそうだった。優しい大ちゃん。

さあ、令和が始まるんだね。
平成の時代、さようなら。
早く西暦だけの日本になって欲しいけれど、

平和な国をありがとう。

令和の時代も、戦争のない、みんなが仲良く、みんなが尊敬し合える時代でありますように。



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