日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
24時間テレビ、メインパーソナリティ決定!おめでとう。
2019年03月17日 (日) | 編集 |
おめでとう!嵐。
昨日の夜は、ぼんやりと「しやがれ」を見ながら、あ、、、そうなんだ。。。くらいしか心の動かなかった私。

今朝、シューイチで映し出された、2004年、初めてのチャリティパーソナリティの場面を見たとき、突然涙がポロポロ出てきました。

あれは、私がファミクラに入った年。
そして、私は武道館の上の方で、「相葉ちゃん」と書いたうちわを握りしめながら座っていました。
相葉ちゃんが「必ずてっぺん取ろう」と涙でぐちゃぐちゃになりながら言ったあの日。
そして、5人、一人一人への言葉。

それを聞いている5人は、あの時たぶんまだ20歳そこそこの男の子たち。
美しい涙が溢れる潤くん。
涙をこらえるニノ。
ちょっと拗ねたみたいな顔してる翔ちゃん。
幾筋もの涙を流す大ちゃん。

ああ、5人のこんな表情は、今だって、
今だって、私たちは見ることがある。
優しい5人。
中丸くんが、「あの頃から何一つ、人間関係が変わっていない。」と嵐のことを言った。

「人と人」

嵐の5人のことを「心のオアシス」と言った翔ちゃん。
記者会見の時、この5人の気持ちの着地点を探すのが自分の役割だと言ったけれど、本当の心の中はどうだったんだろう。
「人と人」という文字を見つめる5人。

5人でいることが何より幸せだと感じている5人の、敢えての決断に私たちファンはまだ戸惑っている。
そこに来て、ツアーの当落には、手放しで喜べない条件がいくつか加わってきた。
私たちは心が折れ続けている。
あの1月27日から、なんどもなんども、自分を立て直して歩いているんだけれど
なんどもなんども、
心が駄目になりそうになるんだよ。

2004年。
真夏の武道館の前。
当選ハガキを写メして、友達と入場の順番を待っていた。
これからは、ずっと君たちと一緒だって思っていた。

5人が武道館の5方向から走り出てきたあの瞬間。
今でも心に焼き付いているよ。
あの日、私は
嵐と一緒に船に乗った。

大ちゃんが操縦する?最初は小さな船に乗ったけれど、
お客さんがいっぱい乗ってきたよ。
彼らは港港で、新しいお客さんをたくさん乗っけて
その船はやがて大きくなっていった。
大きな海原をゆっくりと、
ときには荒れた大きな波を越えながら、

あれから15年たった。

どんなことがあろうと、君たちがどんな決心をしようと
君たちを守り続ける。

私はずっと、ずっとそう思っていたよ。
あの日から、「ずっと嵐と一緒」
そう思ってきた。

私がいつも心に留めている言葉があるんだ。
SMAPが全盛期の頃。
「ほん怖」に出ていた吾郎ちゃんに、ある霊能者の方が言った言葉。

「こんなにも妬み嫉みの激しい芸能界という世界で、なぜあなたたちがしっかりと立って、歩いていけるのか。それはファンの力です。ファンの思いがあなた方5人を守っているからですよ。」

私は、この言葉を聞いた時、
絶対に、嵐のことを守ろうって思ったんだ。
そう、
何があっても。

でも、あの1月27日から、私たちはちょっぴり力を失っている。
いや、私は。。。。かな。
いろいろなことがありすぎた。

5人はどうだろう。
5人は大丈夫?
5人を守っていた美しい美しい流れは、今もちゃんと5人を守り切れているだろうか。
怖くないのかな。
寂しくないのかな。
辛くないのかな。苦しくないのかな。
大丈夫なの?
大丈夫?

2004年の頃はね。
私には、5人がくじけそうになってるな、、、もがいてるとか、そんなことがわかったよ。
そんな時は、
5人が歩く後ろ姿に向かって、走って行って、追いついて
5人の背中をポンって叩いて

「頑張りなよ。」

そう声をかけた。
そんな風に、在るつもりだった。

ここは、私たちオタはもうひと頑張りだ。
5人を支えなきゃ。
もしかしたら、
彼らを包み込んでいた多くのものが、今形を変えているかもしれない。
大きな風船のどこかに小さな穴が開いて、
少しずつしぼんでいってはいないか。

そうだった。
私たち嵐オタは、ずっと昔から、助け合って支えあっていた。
そして5人に、いつも褒めてもらって
大喜びして、
一緒に歩いて、
時には、彼らを支えて
そうやってずっと一緒に歩いてきた。

もうひと頑張りしなきゃ。

頑張り続ける5人の姿を見て思ったよ。

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