日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
どうやって生きてくのか。
2019年01月28日 (月) | 編集 |
昨日からきっと、私のことを心配してここを覗いてくださった方、いっぱいいらっしゃったと思います。
ごめんなさい。
昨日は、ここにたどり着けませんでした。

昨日の夕方から、私の時間はシーンと止まったままで、その中をたった一人でもがきのたうちまわる、、どうしていいのかわからないような、そんな時が過ぎました。

たくさんの感情を体験しました。そして今も、それは続いていて、自分の感情コントロールがポンコツになってしまっている感じがします。だけど。
だけど、私は、この1月27日に自分が感じたこと。
そして、私が嵐のことをどれほど、どれほど愛しているのか、ちゃんと自分の中に落とし込まないと先に進めないような気がして、私の大切な場所であるここに戻ってきました。

嵐が大好きなんですよ。私は。
嵐がいない生活を、もう15年くらい経験したことがないんですよ。
そして、これから嵐と離れ離れになるような、そんな2年間、経験したことのない2年間がやってくるのが怖くてたまりません。

私は、そんなに理解のないファンではなかったと思う。嵐のためなら何だってできる。相葉ちゃんじゃないけれど、ずっとそうやって人生を歩いてきました。
嵐と一緒に。

その道はずっと先まで続いていて、そしてそこは、どこかわからないけれど陽だまりのような場所に向かっている道。
ずっと続く道だと思っていました。

今の気持ちは言葉に表すのも難しいけれど、今私は、そんなに「理解のあるファン」にはなれないけれど。
書きたいと思います。
実は私、1年くらい右手の小指が腱鞘炎らしいのです。
本当は添え木をして安静に1ヶ月くらい動かさないでって言われたの。1年前。
だけど、ピアノを弾くのは私の仕事の一部なんです。
そして、私はピアノが大好き。だから、弾き続けてきました。でも、ここ数週間で、小指を鍵盤に下ろすと激痛が走るようになって、テーピングでぐるぐるにしておかないと安心して曲に挑むことができません。
私がピアノを失ったら、もう何もないって、実はここ数週間怯えていて、もう来年度は1年間くらい弾かないでお仕事をしようと、、、、実は昨日決めたところでした。
でも、今年度の3月の卒業式まではテープグルグルで弾く。
そして、ちゃんとお休みをしないと、私はきっとこの後、ピアノが弾けなくなるんだと思いました。
このお休みは、絶対に必要なものなんだろうと、自分で判断しました。
これまで、ピアノを弾かない時はありませんでした。
ピアノは私の人生に必要なもので、私はピアノと一緒にずっと人生を歩いてる。
だから、4月からは弾かない。

たくさんの情報の中で、
まずはファンへの動画を見て、彼らの言葉を聞いて、
それから夜遅くの記者会見を見て、本当いうと私の中にはずっと「やめないでほしい」という思いも今もあるし、多分、相葉ちゃんあたりは説得したんだろうな。一生懸命に・・・追いすがるように「やめないでよ!」って言ったかもしれない。
私もそういう気持ちです。
だけど、もし大ちゃんの心の中の何かを治すために、これからのお休みが必要ならば、それはその後も「嵐を生きていく」ために必要なものなんだって思う。それだけが、今の私にわかること。

だから、大ちゃんの行きたい道を、一度は行くべきなんだと思います。
そこは、大ちゃんも経験したことのない世界で、しかも経験しなければならない世界なんだと思う。
「お休み」「お休み」っていうけれど、彼だって多くのものを失うんだ。
だけど、それでも尚、彼がその場所に行ってみたい、その風景を自分の目で見ないと、嵐がその先に続くなんてありえないんだってそう思うなら、行くしかないんだよね。


ああもう、なんか全てが用意周到で、非の打ち所のないこのスケジュールの緻密さに、参ったな。
メールも来ないで申し込みのお知らせがアップされて、その1日後に活動休止のメッセージが届けられるなんて。
思えば、全50公演なんて。こんなスケジュールの次に一体何がくるのかとも、思っていました。
全部が、堰を切ったように流れ出してきたけれど、
彼らの想いの洪水に溺れそうだよ。

私たちが去年の秋や冬に会った5人は、変わらぬ5人だった。
いつものように笑い転げて、いつものように大きな大きなお手ふりをしてくれた。
だけど、あの笑顔も全部、何度も何度も話し合って、彼らが眠れぬ夜を過ごして、それでも、大ちゃんが何度も
「ごめん。無理だわ。」
って言う中で、本当に5人がどうすれば幸せになり、どうすればファンの私たちが、そのお別れになる日まで幸せに過ごし、心の準備をして、生活を少しずつ変えていく準備をするのか、、、
そんなことも考えられた「時間」が私たちにも準備されていたなんて。

そして、テレビ局やいろいろな会社の関係者さんたちが、多くのことを決定していく「時間」を確保すること。
そして、オリンピック。
日本の顔として、きっと彼らはたくさんの場所で活躍をするはず。

「ニッポンの嵐」を各公立学校に寄贈した彼ら。
未来を担う子供達への種を蒔いた彼らの、あの頃の子供達の未来に君たちは立って、そして待ってる。

2年前から彼らが話し合ったという日々の中で
untitledというアルバムが出され、song for youという曲が歌われた。

私は、ちょうどSMAPがいなくなった1年だったから、この曲に本当に救われた。
私は、永遠なんてないってSMAPがいなくなってしまった時に知った。
嵐コンに行っても、その時はね。「だって彼らだって、ずっと続くなんてないかもしれないよ。」って心の中で思っていた。
だけど、
20周年でもなんでもないけれど、今この曲を伝えたいという潤くんの言葉があった。
今思えば、そこからもう君たちの2020年に向けての日々が始まっていたのかと思うと、
どんな思いで、あの歌を私たちに君たちは歌ってくれていたのか。

そして、やがて5×20ツアーが始まり、私たちのこれからの2年がやってくる。
全てが用意周到すぎて、
もうしっかりとシナリオが出来上がっていて、
そして、君たちのキラッキラの笑顔の向こうで、
そんな苦悩しもがく日々があったのかと思うと、切ない。切ないよ。

だからこその、昨日のあの立派な記者会見は、あまりにも完璧すぎて涙と一緒にたくさん笑った。
嵐が嵐らしく、記者さんたちの気持ちを和ませながら会見でびっくりした。
動画では緊張していた大ちゃんも、やがて笑顔になった。

嵐だなあって思った。
これが私が大好きな大好きな嵐なんだと思った。
全力で大ちゃんを守る。戦闘体制の目をする翔ちゃんがいて、強い視線で言葉を返すニノがいる。
笑顔でいようと頑張る相葉ちゃんがいて、ものすごくものすごく優しい目をしてる潤くんがいる。
もう全部彼らの中では「解決」をして、これからの2年間に向き合う準備ができてる。

だけどね。
君たちは綺麗に着地しているかもしれないけれど、私は今どこに降りていいのかわからないよ。
私たちに用意された2年間を、どうやって生きていけばいいのかがわからないんだ。
君たちに、どんな風に出会って
どんな言葉を届けて
どうしていいのかわかんないんだよ。

これまで、そしてこれからも君たちは私の人生の伴走者で
私がつまづいて転んだり、どこが水面かわからないような泥沼の中でもがいていたって
いつだって君たちは戻ってきて、手を引っ張ってくれた。
ずっとそうやって、私は15年間、君たちと一緒に生きてきて、
私には、君たちのいない未来なんて、描いてなかったんだ。
一緒に
その未来を描いていこうと思ってた。

怖いよ。
そんな日を迎えるまで、2年もあるなんて。
私たちは、これまで低空飛行をしたり、急滑降をしたり、時にはジェットコースターみたいに君たちと過ごしてきたけれど、もうこれからゆっくりゆっくりとその日に向かって歩いて行くんだよね。

いや、5人は走っていきましょうって言ったけど。

全部理解したよ。一人の人生を他の人が決めてはダメだという翔ちゃんの言葉、
わかったよ。
小さい頃からこの荒波のような世界で5人は、5人で泳いできたんだよね。
だから、誰の手も離さない。5人が幸せになれる場所をたくさんたくさん話したっていうことも全部わかったよ。
だけど、私は、まだ君たちが降り立った場所に降りることができない。
そこはどこなんだろう。

う〜〜ん。。。
今日はここまでだ。
私の今思っていること、今考えることのできるのは
ここまでなんだ。

2年前きっと君たちが苦しんでいた頃
今よりもっと眠れぬ夜を過ごしていた頃、
君たちが送ってくれた言葉


どこまでもどこまでも 旅は続いてゆく
大海原に 描いた夢を君に見せるその時まで
これからも僕ららしく 笑って
離れていようとも変わらない光が
夜空を超えて 時空を超えて
震える心を結んでいる

嵐らしく

笑って
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2019/01/28(Mon) 22:42 |   |  #[ 編集]
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