日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
私の仕事
2018年03月25日 (日) | 編集 |
花に嵐という言葉があります。
出会ったら別れる日が必ずあります。
「さよなら」だけが人生なんだ。

そう思います。
久しぶりの、10年ぶりの1年生でした。
子供も1年生っていうことは、私より何歳もしたの保護者の皆さんも1年生。
初めての日に、よいしょっとクラスに入りきれない子ども達とご家族の皆さんも背中にしょって歩いてきました。
3月23日、修了式でした。
2年が経ちました。

子供達は、2年生を修了しました。
2週間くらい前から、あれ。。。。??と思うことがありました。。
毎朝、子どもっち達と歌う時、なんだか涙が出てくるのです。

あれあれ、、、そんなはずはない。

毎朝、私は7時半頃には教室に行って、子どもっちが来る前にいろいろなことをします。
漢字ノートの丸付けをして、直して欲しいところに付箋を貼る。
1時間目の授業の板書をしてしまう。(時々、間違えて子どもに消される。)
子供達がプリントや宿題を出しやすいように、カゴを並べる。
曲がってる机をまっすぐにする。
その日に使う教材を慌てて作る。
渡すお便りを慌てて印刷する。

これらのことは、子どもっちが来ちゃうとなかなかできない。だって「先生」「先生」攻撃なんだもの。
そんな当たり前の生活は、何だかずっと続く気がしていました。

2年前。
「教科書出して。」っていうと「先生、教科書ってどれ?」って聞かれ
あ、、、そこからか〜。。。そうだった。。。。って多くのことを思わされた毎日。
時間との勝負でした。
牛乳パックを洗いに行ったら、戻ってこない子供達。
雑巾の絞り方も知らなかった。
ストローの袋にストローを入れること、
パンの入っていた袋を結ぶのができなかったり、おかわりしたいのに時間切れで泣いちゃったり、全部食べられなくて泣いたり。
授業中に当ててもらえないからって号泣する人とか。
6年生になんでもやってもらいすぎて、私が6年生に「やれることをやらせて!」なんて言っちゃったり。

振り返れば危機だと思うところもいっぱいあったし、恐ろしい私の怒りの言葉が飛び交ったりしている教室でした。
教室に入ってくださるティームティーチングの先生は
「時にはJアラートが鳴りましたね。」とおっしゃるほど。
子供達の上に爆弾が飛び交う程の叱り方もしました。(意外に香取先生、めっちゃ怖い。)

だけど、
知らない間に
友達を大切にし
友達の命を守り
学校が大好きで、勉強が大好きだという子供達になっていました。

知らない間に、
子供達と国語の時間、主人公の気持ちをみんなで考えるのがものすごく楽しくなって、最後の場面が終わる時
「え〜〜。先生、寂しいね。」って言ったり。
私にとっては超苦手な道徳の時間が、子供達のお気に入りの学習になっていたり。(好きなことを自由に言えるから好きなんですって。)

それから、インフルエンザが蔓延してあらゆる学級が閉鎖になっても、いつまでも生き残ってて元気なクラスになっていました。(その理由は、冬場にドアが開けっぱなしになっていたり、消毒ボトルでワンプッシュするのが楽しくて2本目に突入していたりの結果でした。)

いつも思うのは、そんな私たちの生活を支えてくれる保護者の皆さんがいるということ。
モンスターペアレンツなんて言葉があって、教育現場は大変なことにもなっている昨今。
それでも、
少なくとも私のいたこの2年間のこの教室は、陽だまりのようで何かに守られているように幸せな空間でした。
低学年の宿題には時々、へんてこなものもありました。
「お手伝いをさせてください。毎日チェックしてください。」
疲れて仕事の後おうちで、子供達はお風呂洗いをする。自分でやったほうが早いのに、泡だらけのお風呂洗いを見守るのが保護者さんの宿題だったり。。。
それでも、皆さん愚痴りながらもしっかりやってくださいました。

私は、毎学期、通知表と一緒に賞状を渡すのですが、今回は保護者さんにも渡したかった。それくらい子供達を支えてもらいました。そして、だからこそ、自信を持って子供達は学習ができたんだなあと思っています。

さて最終日。
子供達がもしこの言葉を知っていたら、こう思っただろうな。
鬼の目にも涙。

ずっと我慢していたけれど、最後の授業で一人一人に賞状と通知表渡す時、一人目の男の子の時にもうダメでした。爆!
決壊です。

私、何回こんなことやってるんだろう。学習能力の低いやつだと思うけれど、涙が出て止まらなくなりました。
賞状を一人一人に渡している時、一人で騒いでいるやつがいました。
わざと空気を読まない作戦です。
さすがに普段おとなしい子が「うるさいよ。静かにして!」とその子に言っちゃうほど。
私は、もうこの日はでっかい爆弾は持っていなかったので、その子の最後の表現を見ていました。
そういう風にしか悲しみを表せない子もいます。
机に突っ伏していたり、ずっと窓の外を見ている男の子もいるし、綺麗な涙をそっと拭いている子もいる。
一人一人の個性をどれだけ伸ばせたかな。
子供達を見ているとそう思います。

みんなの一歩より、一人の10歩を大切にして欲しかったっていう、潤くんの言葉をいつも思いながらの生活でした。

学校で生活する。
学校というところで学習する意味は、いつもどこにあるんだろうと思います。
たまたま出会った何十人かが、同じ教室で同じ時間を過ごす。
好きなものが増えて
友達がいっぱいできて
できることが増えて、
知識が増えて
人の気持ちを考えて
人との距離の取り方を学び
誰かと共に生きることが自分にとって必要であることや
そこにいることが安心であることとか

そういうことをぐっと手につかむことができれば、子供たちはきっと自信を持って次の一歩に踏み出せるんだろうな。

そんな香取の仕事、
また新しいページが開かれます。




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