Triangle
2017年09月09日 (土) | 編集 |
26周年の日。
おめでとう。
SMAP。

同時多発テロの起こった年。
スマステが始まった。
なぜ覚えているかというと、その年私はアラブから帰国したばかりで
WTCと多くの命を失ったアメリカが、アフガニスタンに報復することをなんとかやめてほしいと思っていたから。
当時、私はアラブにたくさんの友達がいた。
ランゲージスクールの先生はパレスチナ人だったし、クラスメートはアフガニスタン人の男の子だった。
彼が、バーミアンの石仏のことを話してくれたことがあった。
ラマダンの時は、木の実をくれた。これで空腹感を1日紛らわすんだって言っていた。
ロシア侵攻からイランに逃れた彼は、そこからUAEに逃げてきた青年だった。

都心を少し外れた小さな この部屋から
どんなに目をこらせど
見えないものばかりだ

慎吾ちゃんの歌いだすTriangleのこのフレーズを聞くたびに
彼のことを思い出します。

私のアパートメントの裏にはアフガニスタン大使館があった。
今は、そこがタリバン政権の砦だったことがわかる。それを公認していたアラブ首長国連邦だったからだったんだなと理解ができる。
あの後、同時多発テロが起こり、アラブ首長国連邦はアフガニスタン人に国外退去を命じたとも聞いた。
彼はどこを歩いて去ったのだろう。

私のこの平和で小さな部屋からは
どんなに地球儀を見つめても
彼の未来が、彼の姿が見えなかった。

あの年、スマステが始まった。
番組を始めようとするテレビ朝日に、私は手紙を書いた。
私は日本に戻ってきてあの大惨事を目の当たりにしてもなお
アメリカにアフガニスタンを空爆することはやめてほしいと思っていた。

どうか、慎吾ちゃん聞いてください。
私には大切な友達が中東にいます。
どうか彼らの平和に生きる権利を守ってほしい。
どうか、
日本のみんなにそのこと伝えたいんだ。。。って。

もちろん、報道番組のスタートだけど
慎吾ちゃんのスマステは
とてもソフトに世の中を見ている番組で、決して政情について何かを伝えようとすることのないフェアな番組だった。
ちょっと、それもホッとした。

そのスマステが終わるって聞いた。
そして、
昨日をもって、慎吾ちゃんとツヨポン、吾郎ちゃんがジャニーズ事務所を退所した。

がんじがらめだったけど守られていたと思う。
新しい世界は、
きっと3人には外国の地に足を踏み入れるようなのかもしれない。
これまで3人についてきてくれたマネージャーさんとお別れをしたのかな。
スタジオへ、一人で行くのかな。
そんな小さい心配もついしちゃう。

それから、
3人の踏み締めていく道を思う。

それがどんな道だって
君たちが選んだ道なんだ。
ハンドルを切ったのは、君たちだ。

26周年の今日。
慎吾ちゃんとツヨポンが先週の日曜日に
私たちに贈った曲は
世界に一つだけの花だった。

唯一無二の人たち
それは
SMAP。
ずっと心にいて
いつも歌ってる
いつも私に歌ってる

おめでとう
ありがとう
元気でね。
多くのものを積み上げてきて
積み上げたものを
思い切って壊した君たちは
案外
見晴らしの良くなったその道を軽やかに歩いて行くんだ。

その道の先で
また会おう。
また5人で
また私たち何万人で
また会おう。
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