日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
終わりじゃない
2016年08月15日 (月) | 編集 |
私、24時間ずっとお仕事のことばっかり考えてた。
20年前。
1996年。

心の余裕なんかない生活してた。
その時出会った。

初めてのコンサートは、夏コン!野外!真駒内オープンスタジアム!
途中担降りみたいになっちゃってて、嵐のことをじっと見守っている私だけど。

20年前の1996年に、ファンクラブに入会しました。
あれからずっとずっと。

お仕事のことしか考えられなかった私の手を引っ張って、こっち側の世界にビュ〜ンと連れて来てくれた。
楽しんでいいんだって思った。
そして、すごく楽しかった!
花道の檻にしがみついてたら、ペットボトルの水を私たちにかけてくれた。

楽しくて楽しくて、夢みたいな世界をいっぱい教えてくれた。

今、あなたたちの歌を聴いていると、なんてなんて
いろいろな私たちの思い出が詰まってて
なんて、私たちを勇気付けてくれた歌が多くあることか。

東日本大震災が起きた時、私のジャズピアノの先生がニューヨークのアパートで私に言った。

「音楽を捨ててはダメよ。
 大災害があった時、食料や毛布がまず必要になる。
 だけど、そのいくつ目かに『音楽』がある。
 必ず必要にされる日が来るから。」

あなたたちは、それくらいの在り方をしていた。
同じ人間のはずだけれど、あなたたちは、太陽の光のように照らした。
被災地を、日本中を。
私たちの国は、幾度も災害に襲われる。
阪神大震災の時にも、東日本大震災の時も、そして、熊本の地震の時も
空で輝く太陽と同じくらい
温かい光を注ぎ続けた。

28年。
少年が青年になり、大人になった。
それでも、
幼い頃を大人の中で必死に生きてきた彼らの心は、きっと私たち凡人とは違うものでできてるはず。

昨日、今日とたくさんの報道を見た。
たくさんのコメントも見た。
すごく慎重に、何回もコメントを読んだ。
ファミクラの更新のお金が返金されるのなんかいらない。

何が悪いかとか
誰が悪いとか、
誰が正しいとか、誰が間違ってるとかわからない。
何にもわからない。

あの1月から7ヶ月間。
眠れぬ夜を過ごしたんだろうか。
「ここが自分の人生」って誰よりもその場所を愛していた君は
みんなが愛していたその場所を

こんなの違う
こんなんじゃないって
7ヶ月間
何度も泣いて、悩んで
自分の手で終わらそうとしたんじゃないか。

あれから7ヶ月間、
私は、君の笑顔を見ていない気がするんだ。

数年前のクリスマスに
「だから、大丈夫。。。。大丈夫。。。。。」
ドームのステージで言った君は、自分に対してか、私たちに対してか、
そんな風に言った。
「大丈夫」って二度言った。
僕たちは、今までいろいろなことを乗り越えてきたからって。
あの日も吹雪の中、君はドームの雪の中を走ってきたんだね。

ひとりぼっちになってないだろうか。
自分を責めたり
後悔したり
迷ったりしていないだろうか。

君のその強い意志を、
私はまだ理解ができないし、
真実は何にも見えない。
どんなに、何度君のコメントを読み返しても、見えてこない本当。

感情というものが、出たり入ったりする。
いきなり涙が出てきたり
ピタッと止まってしまったりする。
静かに
君たちの歌を聴こうとしたら
どの曲にも、どの曲にも
思い出がちゃんとある。

慎吾ちゃん
「SMAPは僕の人生」
って言った。
そして、SMAPは私たちファンの人生と共に、歩いてくれてたんだ。
私は20年間も。
ありがとう。

慎吾ちゃん。
20年前。
黙々と畑仕事をするデクちゃんの君が大好きで、私はここに来たよ。
この道は終わらないって思っていた。
慎吾ちゃん。
孤高の人。
SMAPだけを信じて、そこでだけ笑顔でいて、そして誰にも心を開かないで
SMAPを頑なに守ってきた人。
その強い気持ち。

そして、
とても綺麗なガラスでできている心を持っている人。
そんな君が、自分で幕を降ろす。
その苦しみ。

私には遠くて小さくて支えることができない。
慎吾ちゃん。
でも、みんなついてる。

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中居くんも、木村くんも、吾郎ちゃんも、つよぽんも元気に元気にね。

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