日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
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Bravo!!Jersey Boys!
2016年07月30日 (土) | 編集 |


家に残ってた。ブロードウェイのプレイビル!

ただいま!
アッキーの熱い熱い想いで実現した日本初公演のミュージカル「ジャージーボーイズ」から帰ってきました。
私、何を思ったか3公演も行ってきました。
ジャニーズじゃないのに。

たぶん、それは。。。
私がアメリカにいた時、ニュージャージーに住んでいたこと。
それから、このミュージカルの看板が、いつも乗るニュージャージートランジットっていう電車のエスカレーターのところの壁にずっとあって、まだまだアメリカ生活デビューの頃の私は、

「いつかブロードウェイでミュージカルを見たい!」
4人が腕を上げてスーツで歌う後姿のその看板を見て思っていました。

トニー賞をとったこの作品を見るのは、もう帰国間近だったかな。。。
アメリカ発のミュージカルに挑戦するってとっても難しいことだと思います。
まずは、私たち観客はアメリカの時代背景とか、その土地のことであるとか、宗教とか文化とか生活とか、ほぼわからない中でそれを見るわけですから。

幸いにも、私はジャージーっ子(って、でったい言わへんで!)を0、1ミリくらいかじり、同じようにあの大きな街マンハッタンに憧れ、そしてほぼ理解できずに「楽しかった」くらいの思い出しかないトニー賞に輝くこのミュージカルを見ていました。

だから、目を閉じて、大きく息を吸うとまるで目の前に私の愛するニュージャージーのタウンがあって、芝生のフロントヤードに郵便屋さんが歩いてくる風景や、高速道路を必死に走り、睨みつけるように見る対岸のマンハッタンのビル群や。。。。
そういうものが、混沌とした青春の頃のフォーシーズンズの息づかいから思い出せる気がしました。

彼らの住むニューアーク近くの町。
ニューアークは、今でこそインターナショナルエアポートのある(コンチネンタル航空の基地です。)街ですが、当時は繊維工場の立ち並ぶ街でした。工場で働く労働者、ブルーカラーの家庭の子供達がたくさんいた地域なのでしょう。私はもっともっとニュージャージーの奥深いところに住んでいたので(マンハッタンから車で30分くらいはかかる。)どちらかというと、Garden stateというニックネームの通り、のんびりとした地域でしたが(リタイアした方たちが住むような)、、、ニューアークあたりは車で通る時はロックかけちゃうかしら?って思う、、、そういう空気感が今でもある街。

また、私たちが理解しにくいのは、アメリカは移民の集まるところには、その国の文化がそこに集中するという風があって、いわばチャイナタウンがありリトルイタリーがあり、、、ニュージャージーには韓国人や日本人がいっぱい住む地域もあるんですよ。例えば、ブルックリンには今でもポーランドの方たちの住む移民街があり、そこに行くと耳にする言語さえ違う。看板も英語じゃないぞ、、、みたいな、独特な空気がストリートごと街ごとにあります。

ニュージャージーは薄暗く、混沌として、霧でくぐもった。。。そんな言い方をアッキーがしていましたが、それは比喩なんでしょうね。決して、そうではなく緑豊かな美しい州でした。

でも、ティーネイジャーの子供達にとっては霧の中にいるような街であったのでしょう。
街灯の下で歌うことが、「音楽」そのものだったと最後に象徴的な表現をされるけれど、スポットライトでもなく、月明かりのように神々しいものでもなく、
街灯のライトの下で、憧れて、もがいていた4人の若者が、フォーシーズンズの真実の姿なんでしょうね。

さて、感想を。
アッキー。
アッキーの熱い熱い思いが、このジャージーボーイズの真ん中にあることを強く感じました。
他をダブルキャストにしながら、フランキーバリの場所だけは譲らずそこに1ヶ月近く立ちつづけ、毎公演毎公演、その魂を注ぎ込むすごい作業をしている方だと思います。
でも、ブロードウェイってそう。いつ行っても「この人、ずっとメリーポピンズやってるけれど、凄くない?」って思う。そこは、全世界から実力を持つ人間だけが目指してきた場所で、そこで選ばれた人だけが勝ち得た場所なわけですから。だから、そのことをきっと真摯に受け止め、その場所で踏ん張るアッキーはすごい人だと思います。
まるでブロードウェイに立っているかのごとく、
アッキーの「根性」のような、ものすごいものを見た気がしました。

”can't take my eyes off of you”(この邦題「君の瞳に恋してる」ってつけた人、洒落てるわ。)という1曲から、すべてがスタートしているこのミュージカル。どの曲よりもキャッチーで歌いやすそうに見えるこの曲に、魂込めて歌うアッキーの、、、なんていうか
「僕しかダメなんだよ。僕しかこの歌は歌っちゃダメなんだ。」みたいな気持ちが感じられる。

そして、この英語の歌を日本語で歌って尚かつ、しっくりさせるその実力。
私は、英語が全然さっぱりなんですが、やっぱり日本語になるとね〜〜、なんかリズム感が狂うわ〜〜みたいに思っちゃう。でもアッキーの日本語のフォーシーズンズはしっくりくる気がする。

なんというか、私には、フランキーバリの特別な声を自分の声のようにして歌う、その技術よりも
最後の最後に心を込めて「君の瞳に恋してる」を歌うアッキーに、ぐっときました。
この曲にたどり着くまでに、フランキーバリがどんなに悩み苦しみあの歌声を生み出したのか?
それを表現しようとするアッキーだって苦しかっただろうな。
それにしても、ボブ、ゴーディオの楽曲はどれも素晴らしい。この楽曲たちがあってこそ、このミュージカルが成り立ったのでしょうね。
もちろん、フォーシーズンズも。

さて、私たちオーディエンスの反省を。

アメリカでこの演目を見たとき、たぶん客席はフォーシーズンズ世代のマダムたちでいっぱい。
香取からしても「ご年配」の方たち。
その方たちがもう1曲目からノリノリでした。ノリノリっていうのはですね。
もう1曲目から歓声上がる、踊る。。。そんな感じです。
よく私はここに書くのですが、、、
アメリカに行って初めて知りました。オーディエンスは、演者の一部なんだということです。一つのミュージカルを作り上げるには演者の力だけではなく、客席までが出演者であるんだということ。
カーテンコールでは、名もなき俳優さんであっても、その人が精一杯の表現をし素晴らしければ、お客さんたちは彼彼女が出てきた瞬間に立ち上がる。
支える、応援する、受け止める、評価する。
決してアンケートではなく、その演者の目の前でその時感じたことを瞬時に伝える。

そんなアメリカの観客が私は大好きで憧れで、お手本でした。
だから、今回も前半の沈んだ感じが、、、ドキドキしちゃいました。
でも、カーテンコールは楽しかったな〜。
ブロードウエイを思い出しました。(イヤイヤ、感じの悪い表現でごめんなさい。)
最後の公演(29日のソワレ)は1列目でした。
俳優さんたちの目にうっすらと涙がたまっていくのを、私は見逃しませんでしたよ!
彼らの頑張りを誰が評価する。私たちだ。
いいえ、評価なんかじゃないんですよ。感謝です。
至福の時間を、夢のような時間をくれた演者さん、演奏者さん、そして舞台の美しさに、感謝です。
だから、ノリノリで一緒に踊る。あぁ最高のカーテンコールでした。
今回の演目は、バンドの皆さんのことも大切にされていて、嬉しかったです。
しっかりとブロードウェイをお勉強された演出だったなあと思います。ブロードウェイのお客さんたちは、最後のこの演奏にさらにダンスダンス!でした。
とても、本作に忠実に演出をされたのだと感じました。

そして、最後に。
ジャージーボーイでは、後ろから彼らを見るという演出がたくさんありました。
私が、アメリカで見ていた看板も、スポットライトに向かって立つ4人でした。
そして、今回はステージには、ディスプレイが何台も。
そこには最初お客さんである私たちが映っています。
それも、とっても象徴的だと思いました。

彼らが見ていたのは、いつもライトの光であり
そして、一般大衆である私たち。
彼らを支え続けるファンの人たち。
彼らの音楽を長きにわたり愛し続けた人たち。

街灯の薄暗い光、スポットライトの光、その中に映し出される彼らを支える人たち。
湿っぽいニュージャージーという街で、未来に小さな光を求め、探し、あきらめず音楽を愛し続け
つかもうと歩みを止めなかった
Jersey Boysのシンボルなんでしょうね。

最後に。。。。
ジャージー式とか言わないと思うんだけど。言うの?
ニュージャージーをジャージーって言う?
だったらニューヨークの人は、ヨークっていうんかい。言わへんやろ。
そこ気になったわ〜。
おしまい。

読んでくださって、ありがとう。
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