蜷川さん、さようなら。
2016年05月15日 (日) | 編集 |
偉大なる演出家。
ご高齢でありながらもその情熱を若き俳優たちに注ぎ尽くそうとされる
蜷川幸雄さんが亡くなりました。

ご冥福をお祈りします。

香取の初めての蜷川舞台は「白夜の女騎士」でした。
潤くんが初めて蜷川さんと出会った舞台です。
私は、潤くんの姿が忘れられない。
あの日の潤くんの姿。
カーテンコールで、険しい顔をして立ち尽くす潤くん。
「お前ら、俺らと楽しむ気はあるのか〜〜〜!」って叫ぶ潤くんからは想像もつかなかった
あの日の潤くんの表情。

かすれた声。
そしてその横で笑顔で立つ勝村さんと鈴木杏ちゃんの清々しい表情。

君は今、どん底の風景を見たんだね・・・
私はそう思って、シアターコクーンの座席にいました。

私の眼の前には舞台後の感想を演出助手の方にメモさせる蜷川さんの姿がありました。

その日、昼間に見たMAの「NARUTO」(きだつよしさん演出)で気持ちの良い温かい涙を流してきた私は、このコクーンの雰囲気や舞台で繰り広げられる不可解で複雑で、よく理解のできない世界の前にいました。
そして、同じく「そこで打ちひしがれている」潤くんの姿に、私自身もしょんぼりしていました。

もう潤くんは舞台はやらないんだ。。。って思っていた10年もたった頃
「ああ荒野」で返り咲いた潤くん。
あの時、最後のシーンで泣けたな。
潤くんは蜷川さんや舞台っというものに背を向けないで、たくさんの忘れ物をちゃんと取りに戻って行ったんだ思いました。

「ああ荒野」は香取の数少ない蜷川さん舞台の中で、特に好きです。
衝撃的だった、客席を歩く小出くんの後ろ姿。
潤くんと小出くんの最後のボクシングシーン。
目の前にある舞台は現実なのに、現実ではない映像のような、舞台でしか表現できない特別な空間を作り出す、蜷川さんは唯一無二の演出家だったんだな。。。と素人も甚だしい香取は思います。

残念ながらファンクラブに数ヶ月遅く入会した私は、「渋谷から遠く離れて」はフライヤーしか持ってないんだなぁ〜。。。。うふふ。

それから、ニューヨークで見た「ムサシ」にはめっちゃ通いました。
10公演のうち半分以上はリンカーンセンターに通っていたと思いました。
当たり前のようにニューヨーク公演を大成功させてしまう蜷川幸雄演出の舞台。
でも、私にとっては日本人がいっぱい来てくれる。リンカーンセンターに来てくれる。。。なんだかとっても懐かしい空間がそこにありました。

実は、難しい演出すぎたりシュールだったりして、ちょっと引いていたり途中で寝ちゃったり、、、
100%素晴らしい!なんて思えないような観劇をしていた私ですが、
それでも、誰かが蜷川幸雄さんの演出で舞台をやると言えば、「お、見てみたいな。」って思ったものでした。

ニノの「青の炎」。
若者を育てる蜷川氏ですが、何の輝きもない石を磨くのではなく
確実に輝く石を見極めて
その石を信じ
リスペクトしながら磨き上げる。

怒号のとぶ稽古場を「怖いですか?」と質問されたニノは
「僕は、誰のことも怖いとは思わない。僕が普通でいれば誰も怖くはない。最初から怖いと思って人に会うなんて失礼だ。」
って言ってたな。
師でありながらも、決して上から人を見る方ではなく
慎重にその俳優の素晴らしさを見出し
磨き
大切にし
生かし
自由にさせて
守り
どこかに在りながら
近くでも遠くでも支え続ける「大人」

きっと潤くんにとってもニノにとっても
「仲間」のような
前をしっかり歩いてくれる大人、背中だったのかなと思います。

そっか。
大ちゃんの演出をいつかしてくれるんだろうってずっと待ってたけど。
叶わないんだな。
だけど、大ちゃんは蜷川さんはきつかったかな。。。うふふ

屋良ちゃんの事も見つけて欲しかった。
声のいい、貪欲で、屈折してる彼の「孤独」を見つけて欲しかった。

蜷川さん、お疲れ様。
ご冥福をお祈りします。


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