日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
復活LOVE
2016年02月27日 (土) | 編集 |
久しぶりに、何度も何度もMVを見る感じ。
すごく素敵。
嵐の新曲「復活LOVE」!
カップリングもいい!
どの曲もめちゃめちゃかっこいい。

いろいろなことがあった香取です。
山下達郎さんの曲!素晴らしい。
なんて嵐にぴったりな曲を作ってくださったことか。

しかも、今の嵐に。
30代になった大人の嵐に。

私、「Here we go」がいちばん好きなアルバムと思っているファンです。
なんせ「All or Nothing」が一等好きな曲なので。
当時の私は、バックストリートボーイズが好きで、あんな風にダンスができて歌の上手い、しかもかっこいいグループが日本にもいたらなぁって思っていました。SMAPはず〜〜っと大好きだけれど、バックストリートボーイズじゃないんだよね。

そんな時に、CDショップの店先で嵐の「How's」の映像が流れてて、おお〜〜〜〜。。。ボーナスも出たし買ってみよう。。。これが2003年の出来事でした。
それから、遡ってセカンド、ファーストと手に入れていくにつれ、

わぁ〜〜〜嵐は日本のバックスだ!

って思っていました。
やっと、ジャニーズにも歌の上手い子たちがではじめたんだなぁと思いました。

カッコよくてダンスが上手くて、歌も上手い。言うことなしや!
だけど、当時の彼らはまだ20代になったばかり。
どんなに大人っぽい歌を歌っても、なんだか可愛くて痛々しいような気がしていました。
背伸びしてるねって感じ。

「復活LOVE」

山下達郎さんが、嵐の今を引き出してくれている、しかも今の嵐の大人っぽさや、今の嵐の声の良さも。

そしてMVの素晴らしさ。

嵐は私には「東京」のイメージ。
東京で生まれ、しかも育ちがいい。
そこだけで醸造されてきた、「いつか東京へ行って」みたいな貪欲さを微塵も感じない、ずっとそこにいて、雨上がりのアスファルトを歩き、ビルの谷間から空を見上げることが当たり前の人たち。

その、東京らしさが溢れてる。
私が、品川に降りて「ふ〜〜〜。やっと自分に戻れる(いや、あんた関西出身やろ)。」って思えるような
あぁここがこの子たちの場所なんだろうなと思える、夜の東京。

しかも、メイキングで見るとなかなかのアナログな撮り方がなされていて、そこがまた素敵。
斗真は別撮りなのかしら?なんて思っていましたが、彼も嵐メンと絡んで夜の街を歩く。
階段を駆け上がる。
理想だよね。(女優さんはいないし)
そして、スーツの5人。
話していることはきっとジュニアの頃と変わらない
「風間にコーヒー買いに行ってもらう?」
そんな会話が心をぎゅっとさせる。
大人になった6人。

潤くんが原点回帰の事メイキングで言っているけれど、嵐の5人は本当にジュニア時代が大好きだよね。
同じ夢を持って歩いていた時代。
ううん、もしかしたら、同じ夢なんかじゃなくて、とにかくその場所が気に入っていたんだろうな。
タキツバちゃんがいて、斗真がいて、時々すばるやヒナちゃん、ヨコがいる「安心」できる場所。
町田さんがいて、米花くんがいる風景。
大人の世界の容赦ない切り捨てもされる中で、きっと肩を寄せ合って楽しいことだけ考えて、笑って、笑って、そばに静かに居たんだろうなって思う。
そばにいて、
一緒にそばにいた時代なんだと思う。

6人には、そんな空気感にはあって、それがまた心にグッときちゃうよね。

とにかく、100点。
香取の中では久々に100点の曲です。
そして、何年か前、ステゴーを何度も何度もアメリカのリビングで見たときみたいに、MVを見ています。



さて、いろいろなことがあったここ数週間でした。
ここから下は、香取の独り言なので、どうぞスルーしてください。



父が亡くなりました。
去年の9月から大阪の病院に入院していて、最後は療養型病床という寝たきりの人たちが入る病院にいました。
母が、介護できない状況だったので。
そんな中でも父は元気に歩き、普通にご飯を食べて数ヶ月頑張っていたので、なんとか大阪から引っ越して、二人が一緒に住める施設を香取の地元で探しました。
幸いとても良いところが見つかりました。
私の家から車で15分くらいの新築の施設で、ヘルパーさんたちも素敵で、見学に行った時から私の力になってくれると確信したので、お正月に父が外泊で実家に戻った時に決めました。
それからは、二人を移動させる大プロジェクトが始まりました。

家具を買う、生活必需品を買う、大阪の家をどうするか考える、大阪の家の整理をする、両親の引越し荷物をまとめる。
転居届やら、なんやらかんやら。
父の病院では、なんとか引っ越すまでの体調管理を。父は肺の病気だったので伊丹から羽田、羽田から香取の地元、そしてその間のタクシー、、、全てに酸素ボンベが手配されました。
私は初めて、JALで「お手伝いを必要とするお客様」ってやつになり、アテンダントさんに何度もサポートを受けました。

無事に香取地元に到着して、やっとホッとした生活が始まりました。
私は、到着した日、新築の綺麗な両親の施設で貧血で倒れ吐くっていう、すごい面白いことにもなりました。爆!

その後、父のケアマネさんや施設のヘルパーさんと話し合いを進めどんなケアをしてもらうかを話し合い、できるだけ入院中に失くした機能を回復させようとリハビリも始まりました。両親は、数ヶ月別々に暮らしていたので、二人ずっと一緒にいました。
たった1週間でしたが。

13日にこっちに移動してきたのですが、19日、父が亡くなりました。
病院に運ばれたと連絡をもらった時は「また入院?勘弁してよ。」って思ったり、「今日中に病院から出られたらいいな〜。」くらい思っていました。なんせ2日前に父を連れて呼吸器系のクリニックを受診し、「異常ない、通院も必要ない」って言われたばっかりだったので。
想定外でした。

父は、母と話していてふっと横になったそうです。
母は、「あら、寝るの?」と言って、お布団をかけて別室に移動したそうです。それから数十分後にヘルパーさんが見回りをした時に異変に気付いたそうです。

私が病院に到着した時は、ドクターに「心肺停止です。戻りません。心臓マッサージを止めていいですか?」と聞かれました。
オトン、早いわ。
もうちょっと頑張って欲しかったわ。
そんな思いもありますが、私の思いは、

オトンに自由にしてほしい

ということだったので、これがオトンの「自由」なんだと思います。
ずっと、ベッドに縛り付けられていた父をなんとかシャバに出してあげたいというのが、私の最後の親孝行?のつもりでした。

二日前に、父を助手席に乗せて病院からの帰り道。
「もう、一生分の親孝行したわ。」って父に言いました。
「ほんまやな。」と父は言っていました。
その後、
「ごめん、吹奏楽の練習あるから行くわ。」
と、施設の玄関で二人を降ろして私はすぐに車に乗って職場へ。

こんな感じなんだね。
人生ってこんな感じなんだろうなって思いました。

今は、初七日まで終わって、やっと一人になれました。
一人になりたかった。

「復活LOVE」は変わらぬ嵐が、私を変わらない自分の生活に戻してくれる。
やっぱり嵐は私のチューナーなんだよな。うん。

ごめんね。
この話はこれでおしまい。
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016/02/27(Sat) 22:47 |   |  #[ 編集]
ありがとうございます。
>ヒミツのRさん
コメントありがとうございます。復活ラブのMVは何度見てもいいですね〜。

さぁ、歩き出します。
旅は続きます。
2016/02/28(Sun) 09:51 | URL  | 香取 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016/02/29(Mon) 10:53 |   |  #[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック