果てない空〜BLAST in Miyagiひとり反省会〜
2015年09月24日 (木) | 編集 |
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あの夜の月。

震災のあの年、
私の大好きなブロガーさんが(宮城在住の被災された方)「この歌は、私たちのための歌なんだと想います。」とおっしゃった。
私はアメリカから帰国したばかりで、その年に担任した学級のおたよりの題名を、

「果てない空」

とした。
ずっと忘れないようにしようと想ったから。
私には何にも出来ない。だけど、ずっと忘れないで、ずっと応援していつの日か彼の地を訪れ、何か力になりたい。
そう想っていました。

果てない空。
宮城には、行かないことに決めていました。
実は、実家で色々あり、とてもブラストに行ける状態ではありませんでした。
欲張って3公演のチケットを手に入れていました。そして、中日には、一緒に行くお友達と被災地をレンタカーで北上しようと、予約していました。

5月にホテルを予約した日からたくさんのハードルが全ての嵐オタに準備されていましたが、なんとかそれを跳び越えて、その日が1週間後に迫ったとき、そのことが起きてしまい断念することにしました。
嵐ファンを10年以上続け、ずっと遠征をし続け、その距離は地球1周以上という筋金入りのオタの私にも越えられないハードルが用意されていました。

だけど、23日。
最終日。
私は、仙台に居ました。
応援してくれたお友達。
最後は、「楽しめるときに、楽しんでおいで。」と送り出してくれた私の両親。
そして、遠征慣れしている私にとっても初めての場所「仙台」で、親切にしてくれたたくさんの方達に感謝の気持ちでいっぱいです。
いえいえこんなどころじゃないです。
映画のエンドロールくらい、たくさんの方達に感謝したいのです。

いつもながらに、ステキなレポは、ステキブログさんで読んでね。
私は、私にしか感じることの出来ないことだけ
それしか伝えられないけれど、今心の中にある想いを忘れないように書きたいと思います。

まずは、
本当に行ってよかった。
行くべきじゃない状況だったから、ほぼ諦めていたけれど、行ってよかった。
だって、この嵐の「想い」を、もし行かなかったら「なかったこと」にしてしまうところでした。
あんなにも深く、美しく、強い想いを。

ひとめぼれスタジアムには、びっくりしました。
私が頭に思い描いていた通りの風景が目の前に広がっていました。
23日。
シャトルバスのチケットを買っていたのだけど、その日大阪から新幹線を乗り継いでくる私のために、タクシーの予約を遅い時間にしてくれた友達とタクシーで行きました。

ものすごい山道を登ったり下ったりしながらの風景は、
私が想っていた通りでした。
山のてっぺんから、嵐はたくさんの魂を空に返していくんだと、私は想っていました。
だから、山の上にそびえ立つスタジアムを見たとき、どうして彼らがここを選んだのか。。。
その気持ちがぐんぐんと伝わってきました。

もちろん、もう小さな場所ではコンサートのできない彼らですから、ここを選んだのでしょう。
だけど、まさにここはなんて空に近い場所なんだろう。

翔ちゃんがものすごく力強く
「空は繋がっているから」
そう言った。
だから野外でやりたかったんだって。

コンサートは、なんとも大笑いの中で始まりました。
5人がいつものご挨拶をシャッフルする。
なんだか、ちょっとこの場所に緊張している私たちを、どんだけわらかしてくれんねん!という演出で、なんだか泣き笑いしちゃいました。
嵐に会えるなんて想ってもいなかったし、実はもう遠征はやめなければならないんだなぁという覚悟もしていました。だから、自分がいつものうちわをもって、いつものペンラをもってそこにいるのが夢みたいだった。
だから、いっぱい涙出るのに、やっぱりわらかしてくれる嵐のセンスに変わらぬ彼らの温かさを感じました。
彼らがどこにいようと、やっぱりここは私のホーム。
彼らがテレビの中にいても
どんな場所にいても、そこに彼らがいれば、そこは私のホームなんだと想いました。

どんなときも楽しい気持ちでやる。
じゃんけんは、どんなときも勝った人が優先。
いつだって嵐はそう。
いつも、あっちの看板やこっちの看板の中から笑顔で支えてくれる。
仙台の駅の大きな日立の写真にも、涙が出そうになりました。
まるで「かとりん、よく来た!さ!次はスタジアムに気をつけて行っておいで!」って言ってくれているみたいだった。

私の席はアリーナCブロックでした。
アリーナ!
飛びっきりの嵐君達からの招待状でした。
ステージがいつもみたいにバカ高くなくて、同じ目線上にいる5人は、なんだか昔、きたえーるで楽しくやっていた頃みたいに近くにいました。
もう呼んだって前みたいに手を振ってくれることもない5人ですが、
なんてなんて逞しく、なんて頼りがいのある、なんてステキな大人の5人になったことか。。。。

高校生や小雀さん達。
いつもいるおにぎしくん?(ってさっきはじめて聞いた)
宮城の皆さんがいっぱいステージに居て、しかも「若さ満載」!

明日があるんだ!って強く感じることができる風景が、ステージを彩っていました。

高校生達の「感謝かんげき」はよかったな〜。涙がぽろぽろでたよ。
女声もすてきだったけれど、男声がしっかりしてる合唱だったな。そして、高校生らしい、まっすぐな伸びやかな声。こういう声って、十代でしか絶対出せないんだよな〜。そして昔から、合唱と言えば東北。
歌を愛する高校生達が歌うあの歌は、きらっきらで涙が止まらなくなったよ。
宮城の未来は任せとけ!
彼らの歌を聞いていると、そんな気持ちが伝わってきました。

私たちはともすれば、被災者の方達は「大変だろうな」としか想えないけれど、しっかり大地を踏みしめて歌ってる若い彼らはほんとすてきだった。
そんな「未来」の姿を見せてくれる嵐。

ときどき後ろの高校生を見て指揮する潤くんや翔ちゃんが頼もしかったよ。
相葉ちゃんの優しそうな笑顔もね。紹介はかんどったけど。さすが相葉ちゃん!

それから小雀さんたち。
なんて軽やかな踊り。
Mステ中継が入ったけれど、どんな感じで映っていたのかしら。
花道を走り回る小雀さん達。
力強い踊り。
もちろん、嵐サイドから声をかけての彼らなんだろうけれど、しっかり嵐を支えてくれている。
今回ジュニアちゃんをひとりも連れて来ない彼らの演出は、こんな風にくりひろげられるのか。。。と感心したよ。

そして、
今回はソロがみんなすてきだったな。
二ノのかっこいいギター。二ノのギター弾く姿はほんと、昔からかっこいい。
相葉ちゃんの久しぶりに聞く「じゃなくて」、かいらしかった〜。
ずっと後ろ姿を見てた。相葉ちゃんの後ろ姿が大好き。力強くはにかみながらのその佇まいが、大好き。
そして、やっぱり見入ってしまう大ちゃんの美しいダンス。
翔ちゃんのラップは、やっぱりかっこいい。翔ちゃんはこれがやりたいんだよな。そうなんだよな。昔からそうだよな。。。って想った。
何より、すごいすごい。。。を言いまくってしまった潤くんのパフォーマンス。
何この人、、、この人シルクドソレイユ??って想った。
当たり前みたいにやってるけれど、当たり前じゃないあの動き。
あの広いスタジアムのあっちにもこっちにも高いところも私たちの傍も、自由自在に動く彼。
しかもとってもしなやかな動き。
この場所で、あのパフォーマンスをする潤くんの情熱。
熱くて優しくて、強い気持ち。

ほんとに。

ほんとに。

もう何年も見てきているんだけど、5人はなんて逞しい青年になったんだろうって想う。

ボランティアさんたち。
シャトルバス1台1台を、ものすごくステキな笑顔で手を振って見送ってくれるボランティアさんたち。
トイレの場所を大声で教え続けてくれるお嬢さん達。
街のどこに居ても、困っていたら声をかけてくれる方達。
私たち、ものすごくご迷惑おかけしているはずなのに、笑顔で迎えてくださるその姿勢は、きっと東北に脈々と伝わる「強くて温かい人間性」なんだろうと感じました。
震災の時、ひどい事件も起こらず、みんなで力を合わせていらっしゃった姿。
その後も、それはきっと私たちが見ることがなくともずっと続き、
嵐がこようと何がこようと、へっちゃらの笑顔で優しく温かく迎えてくださった。
たくさんの心配をしていた私達だったけれど、そんなものは払拭してくれる人なつっこい笑顔の人達に助けられました。

思い付くままに書いているので、まとまらないけれど。。。。
とにかく

本当に
行けてよかった。
行ってよかった。

「果てない空」
ペンライトを消してくれるかな。
潤くんがそう言って、スタジアムがしんと静かになった。
天上には、美しい月。
真っ白なライトが、一瞬空を真っ直ぐに照らし出した。
道が出来た。

さぁ、上だよ。
私は心の中で言った。
皆さん、さようなら。
上ですよ。ここじゃないよ。
天に昇ってくださいね。

震災の当時、ニュースを見ながら想ってた。
多くの方が命を落としたその中には嵐の事を想っていた女の子がいたんじゃないかしら。
辛い辛いときに、嵐の歌を聞いてがんばった子達もたくさんいただろう。

潤くんが
「決してひとりじゃない。辛いと想う。今は辛いと想うけれど、生きてほしい。そう伝え続けてきました。」
そんな風に言って言葉を詰まらせた。
その強く深い想い。

「だから、5人で来れて本当によかった。」

宮城はずっと嵐のツアーに入ってた。だけどドームコンになってからは行けなくなっていたこの場所に、5人で帰ってくることができた。時間は経ったけれど、それがずっと彼らの考えていたことだったと想う。
東北に行かなければ。
ちゃんと5人で、この想いを届けたいと。

なんのために彼らは大きく大きくなったのか。
私はいつもずっと想ってきた。
なんのために、彼らは私たちの手を離して遠くにいってしまったのか。
ずっと傍に居て、ずっとお手振りくれる5人でいてほしかった。
人気なんか出なくていい。テレビなんか出ないで、ドラマもいいよ。舞台がいいよ。アリーナコンがいいよ。
そんな風にずっと、ずっと想ってた。
どうして、
どうしてあんなに5人は遠くにいっちゃったのか。

これが答えだったんだね。
潤くん。
今、君たちは多くの、そりゃもう日本に居るみんなを幸せにできる。
深く傷ついた東北を、5人なら幸せに出来る。
今の5人なら。
そう思った。

果てない空は、5人によって空に向かって歌われた。
私たちは、天上にある月を見た。
お山のてっぺんのその空は、どこまでも澄んで
どこまでも高く
一筋の道が彼らの上にできた。

私は、みんなが幸せに天に帰っていくのを見ていた。

たった1曲。
私のはっきり覚えているのは、実はこの曲だけです。ごめんね。
全然レポじゃない、いつもの香取の反省会。

この2週間くらいで、私の周りが大きく変わりました。
もう今までの私ではいられない、たくさんの覚悟とかあきらめとか、色々なことを考えました。
実際、嵐がブラストを始めた初日のことなんて覚えていないくらい、私は自分の生活に没頭していました。
だから、このまんま行くんだと想っていました。
もう5人に会うことなく、そういう生活が私の目の前に続いているんだ。
仕方ないんだ。
そんな風に想っていました。
それでも、
新幹線で品川、東京、色々な駅を通過し、新大阪について地元に帰るまで、そこかしこに嵐がいました。
5人はいつも笑ってて、
「なんだよ。かとりん、元気だしなよ。」
そう言っているみたいで、駅のホームに居るのになんだか鼻の奥がつんとして泣きたくなることがいっぱいありました。

君たちは大きくなったね。
10年前の君たちなら、きっとこんな風に街角で
辛い気持ちになっている人がいても元気づけることはまだできなかったかな。

「集まってくれてありがとう。」と君たちは言ったけど
こっちがありがとうだよ。

支えてくれてありがとう。
傍に居てくれてありがとう。
笑ってくれててありがとう。

そして、
潤くんの言葉
「生きてほしい。」
その一言が、私自身にも
そしてたくさんの辛い思いをした傷ついた東北の方達に心に染み渡ったと想う。

ありがとう。
嵐。
翔ちゃん、大ちゃん、相葉ちゃん、二ノ、
そして
潤くん。
君たちがどんなときも
この先辛いことがあっても、
いつだって
私がどこにいたって
私がどんな状況にいたって
ずっと嵐と一緒に歩いて行く。

うん、
嵐と一緒に歩いて行こう。
ずっとずっとね。
コメント
この記事へのコメント
ありがとうございます
ご無沙汰しています、香取さん。

嵐に会えなかった私にとって、何よりのレポでした。
目に浮かびました、天上の月。
伝わりました、5人の想い。

いろいろなことが、ありますね、次々。

どうぞ、お大事に。
みんなで心の手を繋いで、ゆっくり生きていきましょう。

嵐を真ん中に。
2015/09/25(Fri) 00:39 | URL  | クレイン #-[ 編集]
こちらこそありがとうございます。
>クレインさん
いつものぞいてくださって読んでくださってありがとうございます。
私は上手にレポはできないのですが、

それでも
嵐はすごいな。
嵐がだいすきって想いました。

今はいろいろなことがあって、ずっと遠征が続けられるのかなぁとも想いますが、でもずっと嵐と一緒に歩いて行く香取です。
いつかきっと、どこかの会場で会いましょうね。
ありがとうございました。
2015/09/26(Sat) 08:02 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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