15年目の告白
2014年11月08日 (土) | 編集 |
アウシュビッツで最後まで生き残って生還した人達は、
収容所の中で夕焼けを見て美しいと思ったり、
ガス室に連れて行かれる友達のことを想って泣けた人なんですって。

だけど、その他の人達は、心をもう殺してしまって、何が起こっても悲しんだり苦しんだり、疑問を持ったりしない、そういう心になっていく。
心を無くしていくんだって。

実は、今の香取はそういう感じです。何が起ころうとも、もう何にも感じない、、、、自分でおかしいなって想うことがいっぱいあります。たとえば、みんなが大笑いしてるのにおもしろくないし、誰かが泣いていても共に泣くこともない。

そんな香取です。
嵐ファミクラに入会したのは2004年の1月。
ちょうど10年経ちました。私がファンになったのは、5周年の頃。

どんだけ、不穏な記事の始まりやねん。

15周年の嵐。

私はハワイに行きたくて行きたくて、
でも行けなかった。
そこに、まだ、今でもものすごいトラウマがあります。札幌コンは行けることになったよ。もう前を向いていてもいいじゃない?って想うけれど、ほんというと生まれて初めて「行けなかった」って想う15年目のハワイコン。

チケットがなくても東京まで走って行った自分が嘘みたいなんだけれど、どこかで何かが途切れたみたいに、今年の私は嵐に対してほんとにちゃんと向き合ってない。
だから、VSの大ちゃんの涙だって、昨日のNHKさんの番組だって、
あぁもっと、、、もっと違う感情で見られたはずなのに。。。って想う。
涙が出るんだ。
だけど、これはなんの涙かもわからない。

嵐は私の人生。

10年前に嵐を大好きになったとき、「飽きたらやめよう」って想っていた。そんな始まりだった。ざわざわして、わくわくする彼らとの生活。5人がどんなことを考えて、笑ってるけれど何にもがいているのか?それを考えるのが好きだった。

「キャラ立ちしたい。」って翔ちゃんが言っていた。
そうだよな。。。って想ってたよ。
よわよわっちくて、支えてあげないとだめだって想っていた。
それが私の出会った嵐だった。

「告白」。
大ちゃんの日記。
ずっとつけていたんだね。毎日つけてるって昔言ってたっけ。

コンサートでステージに出たら、まず自分のうちわを探すっていう大ちゃんのことを心配して、一緒にコンサートに行き続けていた従姉妹は大ちゃんのうちわを持つようにしていた。
2006年に「辞めようかとずっと葛藤していた」という大ちゃん。

昨日、2006年の私と嵐のことを思い出してみた。
私がこのブログを始めた年だった。その年の夏コンは、きたえーるで花道前のアリーナ最前列。
きたえーるの花道は、まだ低くて、ほんと目の前だった。だから、あの年は、潤くんが蜷川舞台でやられっぱなしだったから、「さすけ!よかったよ!」って声をかけたり。目の前で「アオゾラペダル」をはみかみながら歌う相葉ちゃんのこともよく覚えてる。

それから、私の忘れられないことは、
あの日、私の左隣にかわいらしいお嬢さんがふたりいて、大ちゃんのうちわを持っていたんだ。目の前の花道に大ちゃんが立って歌ったときにね。大ちゃんの目が一瞬、いたずらっ子みたいな目になったんだ。
この瞬間は、一緒にいた従姉妹も「目が変わったよね。」ってあとで話すくらい印象的だった。
そして、大ちゃんの足が、花道の一段したの段差にかかった瞬間、、、

彼は飛び降りてきて、香取の左側のファンの子のところに握手しに行ったんだ。

その瞬間のことは今でも忘れない。アリーナ席が騒然となって、私は目の前の柵と自分の椅子(椅子の大群が後ろから来たって思った。)に挟まれて「助けて〜〜〜!」って想った。走馬燈見た。
ものすごい勢いでセキュリティの人が飛んできて、私の前の柵をがっちりと押さえて倒れないように止めてくれた。
大ちゃんは、ファンの子に握手をした瞬間に、セキュリティの数人に押さえ込まれ(これ、ほんとなんだ、、、)引き離され、そして向こう側に連れて行かれた。

そして、忘れもしない。
当時私達がこわい、、、と想っていたマネージャーさん。(その年、大ちゃんの衣装を受け取るのは彼の仕事だったらしい)に、私達ファンがコンサート中に怒鳴られるっていう。。。爆!
「なにやってるんだ!」

でも、当時の血気盛んな香取は、その人に
「今のは大ちゃんが悪いよ!」って言った。

2006年。
大ちゃんは、「葛藤」してたんだ。
香取の目から見た、あの頃の大ちゃんは。「自由」だったよ。
「嵐」の大野智っていうよりも、「大野智」って人だった気がするよ。
彼の中にスイッチがあって、何かがあの瞬間に変わったんだなって想った。
そういうライブ感を楽しんでいるんだろうなと想ってた。

たしかにもがいてた嵐。

私は、もちろん嵐が嵐でなくなってしまうなんて考えたこともなかったけれど、
だけど、君たちがもがいてるって知ってた。
だから好きだった。
さらっと何事もないような顔をして進んでいくSMAP兄さんがいて
弱音を吐きながらいく嵐が大好きだった。
いやいや、表だって君たちは弱音なんか吐いてなかったよ。だけど、君たちを見てると、もがいてるってわかった。
辛いって顔してた。

15年。

急に人気が出て、遠くに遠くに君たちがいってしまってから(これは仕方がないこと)
君たちの「感情」が多くのものを動かしたり、
たくさんのお金を生み出したりすることで
「嵐」が、誰かの想う、みんなの想う「嵐」になっていき
そうならなくちゃだめな「嵐」になっていくの、私はいやだってずっと想ってた。

今の君たちはどうだろう。
嵐っていう言葉が一人歩きしたり
それに追いつこうとがんばっていたり
この状況をなんとか自分に納得させようとしていたり

どんなに周りの状況が変わろうと、
どんなにお金がいっぱい動こうと
それでも

うん、それでも

君たちは、歩いて行くんだね。

「次の一手」

昨日、NHKさんを見てて、相葉ちゃんの存在を想っていました。
みんながキャラ立ちした今。
大人になった君は、もっともっと優しくなった。
たくさんの人の想いを受け止めて、どんな風に返していいのかわからなくなるとこ変わらないよね。
私は、相葉担。
相葉ちゃんの傍にいると、なんだか安心なんだ。

そう、
嵐は安心。
ずっと嵐の傍にいるのは「安心、安心」

霊視の先生に「自分から何かを与えることが今はできなくなっている」香取。
君たちの15周年に、こんなカスカスなぼろぞうきんになっててごめん。
一緒に歩いて行きたいけれど、
数歩も、数十歩もいやもう、何百メートルもあとを必死で歩いてる今の私。

いつかまた肩を並べて歩けるときがあるかな。
君たちの15周年。

私の15周年。
この気持ち、忘れないでいよう。
そして、次に君たちがハワイに行くとき。
次こそは一緒に行くよ。
コメント
この記事へのコメント
香取さんの涙は嵐と歩いている涙でしょう。一緒にもがいて明日を探している。嵐も香取さんも、私もそうです。遠くになんて行っていない。いつも側にいるんです。香取さんが支えていた嵐が、今は嵐が香取さんを支えていてくれている。だから流れた涙なのだと私は思います。明日歯を抜く不安におののく小心者の私の支えも香取さんの記して下さったあの頃の大ちゃんのエピソードです。何だか頑張れる気がします。
2014/11/09(Sun) 20:12 | URL  | あゆみ #-[ 編集]
だいじょうぶでしたか?
>あゆみさん
抜歯はだいじょうぶでしたか??こわいですよね〜〜。親知らず?

あの頃のおおちゃんエピソードおもしろいでしょう?
今はそんなに想わないけれど、やっぱり色々な想いのある彼だからこそ、できるだけファンに近く、近くって思っていたと思います。
誰よりもファンサが多く、そしてちょっと不公平感が漂うので、
「あぶないことは、やめてくれ〜。」ってよく想っていました。

彼らがファンを育て、ファン同士が育てて来た嵐コンです。
15周年。
もうすぐツアーですね。私はあと1ヶ月。
生き延びなきゃ!
いつもありがとうございます。
2014/11/10(Mon) 08:58 | URL  | 香取 #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/11/21(Fri) 21:50 |   |  #[ 編集]
お疲れ様でした
>あゆみさん
親知らず痛かったでしょう?
こわかったでしょう?

私も一回ひどい目にあったことがあります。
立ち直ることもないですが、このまま歩きます。
いや、案外軽やかに歩いているのかもです。
2014/11/24(Mon) 18:03 | URL  | 香取 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック