日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
Keith Jarrett - The Koln Concert PartⅡ-C
2014年11月02日 (日) | 編集 |
ザ・ケルン・コンサート [SHM-CD]ザ・ケルン・コンサート [SHM-CD]
(2011/07/20)
キース・ジャレット

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ものすごく慎重に聞く。
もの凄く慎重に見て、耳を澄ませながら生きている感じです。

11月になりましたね。
昨日から連続投稿しててなかなかがんばっている。
消え入りそうな日々なんです。
だけど、もう全部言っちゃいました。
ごめんなさいも助けても。
そうして、「見届けて」も。
大学生の頃にジャズピアノに出会いました。
私はピアノ科の学生で、ばりばりクラシックの世界だけで生きていたけれど、そこでもやっぱり異物であったと今想います。
オフコースの追っかけをしながら、大学では「音楽研究会」っていうサークルに所属していました。
そこは、学館の隅っこの、薄暗い小部屋にあって、そしていつもなんとなく乱雑で、私の居るクラシックの世界じゃなかったから、私はそこが大好きでした。
私にとって「居場所」という言葉が、今想えばぴったりだったなと想います。

当時はまだ音楽はLPで聞く時代でした。
ジャケットは全てほんとにアートで、今も目に焼き付いているものがいっぱいあります。
CDになってから、なかなか印象的なジャケットってないけれど、当時はね。大きな大きなLPサイズのレコードジャケットだったから、その1枚1枚が本当に印象的だった。

薄暗い小さな部屋で、私はキースジャレットというピアニストに出会いました。
新進気鋭のジャズピアニストでした。
バークレー音楽院を出て、コンボもやっていたけれど、何より彼のすごさは「ソロピアノ」でした。
ピアノに向かったら延々30分はインプロバイズで音楽を創っていくスタイル。

ずっと聞いていると意味が分かんなくなる。彼の頭の中はどうなっているのかしらって想う。
陶酔とか恍惚とか、、なんか別世界のものを見ているみたいな演奏を、彼はたったひとりステージの上で繰り広げていきます。

私が初めて出会ったジャズピアニストでした。
マッコイタイナーは神様だし、チックコリアのラテン系のピアノも大好き。
アートファーマーがいて、秋吉敏子さんがいて、マルウォルドロン、バドパウエル、、、もう数限りないジャズピアニストの音を聞いたと思う。
夜更けのボックスで。
だけど、どこまでいっても私はキースのピアノが大好きでした。

ずっと音楽をやってきた人間なんです。
もちろん、才能もなく、ちょっとだけ努力してピアノの勉強を学生時代していました。
今はおつりで生活しているよ。それだけが、私の手元に残った感じがします。

初めて、彼のピアノを大学のボックスで聴いたとき、私の目の前には見たことのない世界が広がりました。
そして、ものすごく切なくなり、ものすごく悲しくなり、ものすごく知りたくなり、そして大好きになりました。

大学の3年生の時、初めてキースの生のピアノを聴きました。
もちろん、相変わらずのまるで迷路の中に誘われるような長い長いソロピアノ。
それがよかったのか、よくなかったのか、、、
全てはオーディエンスに任されるようなそんな表現。

彼は孤高のピアニストで
そして、きっと彼も「異物」で
そして、彼はきっとひとり戦いながら「ジャズ」というくくりの中で生きてきた。

アメリカに住んでいた時代、カーネギーホールの前を通りかかったときに、彼のコンサートのポスターがあった。
あぁがんばってるんだ。
生きてずっとここにいたんだって想った。

アメリカでジャズピアノを細々やってるときも、結局どのピアニストも私のお手本にならず、色々なピアニストの演奏を聴き直しているときにキースジャレット「OVER THE RAINBOW」に再会しました。
そのとき、先生の前で私が弾いた「OVER THE RAINBOW」それだけが唯一、たった1回だけ褒められた。

言葉じゃ説明しきれないけれど、キースのピアノは、19歳の頃からずっと私と一緒に在り続ける「音」だと想う。

出会わせてくれたのは、大学生の時のサークルの友達。
ぽーんと私の目の前にたくさんのLPを持って現れた。
「キースのレコード貸して」ってお願いしたら、お家にある全てのレコードをもってきてくれた。
だから、私はいまも、キースのピアノの音を聞く度に、
あの日、重いレコードを抱えて電車に乗って帰るときに窓から見えた風景と、
どうしようもなく切ないような温かい空気を思い出す。
「どうしようもなく」、、、、この言葉がぴったりかな。

ずたぼろぞうきんみたいになっている私のところに、アマゾンさんから
「ケルンコンサートが1000円で買えますよ。」っていうメールがきて、すぐにぽちっとした。
当時の音源は、カセットテープに入れたまんま(で捨ててるけど)とか、レコードのまんまでCDでは手元にない。
しかも輸入盤ってあんまりいい音でCD化されてないから、あんまり買ってなかったんだ。
だけど、1000円のキースジャレットのアルバムを購入した。

今、ここにこのお知らせが来るのはきっと、誰かがどこかで応援してくれてるんだって想った。
いちばん私が大好きだった時代で、私にとっていちばんの「誇り」であるあのときのこと。

ケルンコンサート パート2のC
この曲の前には3曲のソロピアノが入っていて、そのどれもが30分近いインプロヴィゼーションが繰り広げられる。
そして、最後の1曲がこれなんだ。
6分57秒
私のいちばん好きなキースジャレットのピアノ。

11月になった。
昨日職場で学芸会の準備をしているとき、一瞬空気があのときの色になったから、
みんなで「思い出していいよ。」って言ってくれてるんだなってわかった。

私は、ひとつのスピリッツをもっている。
たったひとりで北海道に来て、ここにどんな派閥があろうと
学生時代に学んだ「魂」を忘れないこと。
周りに流されることなく、
ひとりでも歩く。
ひとりでも歩く。


コメント
この記事へのコメント
私も・・・
大昔、地元で生で聞きました。

キースがどういう人なのかも、どんな音楽なのかもなーんにも知らずに!!

ただ当時の師匠夫妻に誘われ、連れて行ってもらいました。

あの衝撃を、30年以上たった今でも忘れられません。
香取さんと違って、私にその後の発展はなかったのだけれど、この年になって、そっと近寄りたい、そんな感じを持っています。

年月って、ただ流れるだけではないですね。
2014/11/03(Mon) 21:45 | URL  | クレイン #-[ 編集]
時間
>クレインさん
きっと若いキースですね。私もそうでした。

今のキースはどんなピアノを弾くのかな。
大人になると、好きだった人達も大人になって、違う物を見て
違う風に吹かれて
違う場所で生きて
また出会うとちょっと違う。

それはいいもんですね。うん。

キースの今のピアノも聴かなきゃ。
コメントいつもありがとう。
2014/11/05(Wed) 20:11 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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