日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
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ピカンチハーフの反省会もね!
2014年08月09日 (土) | 編集 |
あの日が10年前なんて嘘みたい。

ピカンチは、私が嵐と一緒に歩いて行こうと決めた、とても重要な映画です。
特別な、本当に特別な想いがピカンチにあります。

どうして嵐が好きになったの?って、初対面の方とお話しするとき、「花男落ち」とか「君ペ落ち」というみなさんのなか、香取がいつも思い浮かべるのが
「ピカ★ンチ」の拗ねた高校生の相葉ちゃんの表情と、静かな話し方。

ほんというと、「君ペ」落ちのはずだった香取が、急に「相葉担」になった瞬間でした。

そして初めての遠征だった「ピカ★★ンチ」。
東京ドームシティホールに入って、画面の5人がジャングルジムの上で遠いところを見ている画像が目に入った。
もうそれだけで、この10年間のストーリーが、ぐんぐんと近づいてくるようでした。

つつみんは、嵐の事を誰よりも真っ先に見つけてくれて、
そして、認めて大切にしてくれて、そして育ててくれた人。

15年目の嵐が、どうしてそこに戻りたかったんだろう。。。って、このピカンチハーフを見てからずっと考えてる。
ほんというとね、
香取は、なんとなく感じているんだ。
5人は、ある時期からあんまり記憶とかが、はっきりしていないんじゃないかしら?って。
それまで、ひとつのことをじっくりと時間をかけて創り上げてきたのとは違って、ある時期から色々な事を一度にこなし、まさにスーパーマンのように、もしくは「クローンとかいるんじゃないの?」くらいの激しい働き方で、5人が今の嵐の立ち位置を創り上げてきた。
それは、本当に素晴らしい「功績」だ。
本当によく登り詰めていったなぁって想う。

だけど、それはデータをどんどん上書きしていくような作業でもあったんじゃないかしら?って想像する。
だから、彼らはジュニアのことや、昔のことを話すのが大好き。
すごく大切なものを、両手の平に乗せて眺めているかのように話す。

ピカンチは、おそらくそういう彼らの大切なものの、その中でも特別なもの。
香取はうっかりもので、うちのタルルの中にお札を入れ忘れて、これまで全ての願いを叶えてきたのに、ハワイに一緒にいくことができないのさ〜。トホホ。
だけどね。
だからかな。
5人がピカンチに戻ってきてくれたのが、本当に本当に嬉しくて、映画が始まった瞬間から、鼻ぐじゅぐじゅでした。

10年前の5人は、香取がいちばん大好きな頃。
初めて遠征したグローブ座の窓口で、CDを見せると、絵はがきがもらえたんだよ。
今でもときどきタンスの引き出しから出して眺めてるピカンチのTシャツやトートバッグ。
それから、ときどき箱の底から飛び出てくる「だんちっち」!

あの日、「いつの日か、こんなこと続けていられない日が来るはず。いつかこんなことにも飽きる日が来るはず」そう思ってね。じゃぁ、存分に応援しよう。悔いのないように応援しよう。いつだってベストを尽くそう。
嵐の前で、恥ずかしくない生き方をしていよう。

ピカンチダブルをグローブ座に見に行った私は、そんなことを5人に誓っていました。

会えたのは、きっと2004年の5人じゃなくて
2004年の香取だったんだと想います。

映画の中では高校生の5人。
それぞれの生き方と、それぞれの環境に縛られている5人。
だけど、温かく飛びっきり優しく、そしてもの凄く寂しく悲しい5人だったな。
金髪の二ノは、悲しい目をしてた。
チュウを演じてる翔ちゃんは、きっと誰よりも自由に演じていただろうな。
潤くんは、あぁこんな顔だったよね。あの子は、こんな顔してたね〜って想った。まだ拗ねた顔してた。
ハルは、今の大ちゃんならとてもできないような、だけど、大ちゃんにしかできない役だったな。
そして
相葉ちゃん。
あの寂しそうな相葉ちゃんが大好きだったんだよ。
黒い髪の相葉ちゃんは、そうそう当時はちょうど「ヤンボコ」やってたから黒い髪だったんだよね。。。。香取が今でもコンにもっていくうちわは、2003年の冬の黒髪の相葉ちゃん。

あれからずっと支えてもらったな。
アメリカに行くって決まったときは、あぁこの距離と、この情報のなさで、きっと私はもう嵐なんか忘れちゃうんだろうって想っていた。
だけどね、5人はアメリカに届くくらいその活躍をひろげ、深め。。。
私は今もここにいるよ。

苦しいお仕事の時は、いつも支えてくれた嵐の5人。
君たちがいなかったら今の香取はいないし、君たちがいなかったら、こんなに色鮮やかな毎日は10年間過ごせなかった。

いのっちが「5人の関係性が変わっていないから、この映画を撮ることができたんだ。」って言った。
なんだか嵐が仲良しのまんまでいることは当たり前だと想っていたけれど、決して人はそうあるとはかぎらない。やっぱりこれも奇跡なんだ。
誰ひとりこの道から離れることなく、
肩を並べて、歩いてきてくれたことに今更ながら感謝した時間でした。

さっき、暇暇に昔の自分の日記を読んでいました。
屋良ちゃんが初めて「準主役」という立場でドリボに出演したときのこと。
「こうやって、MAを離れてひとりで仕事が出来るのは、とてもワクワクすることです。でもあんまりこういう風に言ってはだめですね。もちろん、僕には帰る場所があるから言えることなんです。」
(今の屋良ちゃんに、そういう場所がちゃんとあるのかちょっと心配しちゃうけど。)

嵐は、この10年間
「ひとりひとり早くキャラ立ちしたい。」って言いながら
「前に出るのが苦手な5人」でありながら
ひとつひとつの仕事を終えるたびに5人で
「ねぇねぇ、今日こんなだったんだよ。」と語れる家族のような存在が「嵐」であり続けたんだろうな。

そして、それは私にとっても、そうだった。
私にとっても嵐は、「帰っていく場所」でした。
変わりゆく時間のスピードの中で、ときにはその手を離しそうになりながらも、それでも変わらぬ笑い転げてる5人を見ていると、あぁここだった。ここだった。。。って想う。
ここで大丈夫だよね。
ここが安心。
そう想う。

ピカンチは、嵐を育てた場所。
そして、
5人が帰りたかった場所。

この10年間。
まぁ香取なんかは、もうとうの昔に屋形船に乗っちゃってる。
そういうことをずいぶんと経験してきている。

だけど、5人は「あぁ、これが屋形船なんだな。」って身構えながらそこに向き合ったことが何度かあっただろう。
私達には変わらぬ5人に見えるけれど、
涙をこらえて「屋形船」に乗った瞬間があったんだろうなって想う。
それでも、

それでも、
10年間変わらず、5人で一緒に歩いてきてくれてよかった。
ピカンチハーフは、私にそんな気持ちを思い出させてくれました。

誰よりも私がいちばん嵐の事を好きなんだから!って
嵐のためだったら、どこにだっていくよ!って想い
こんな私じゃ、嵐に会えない。。。そんな日もあったな。
私の人生は、嵐がいっぱいでできている。

願わくば
大ちゃん、翔ちゃん、二ノ、潤くん、
そして相葉ちゃん
君たちの人生に、ほんの一粒でいいから私がいたらいいのにって想う。

160万人居ると言われるファミリークラブの中の私は、その160万分の1だ。
だけど、その1600000分の1がなければ、嵐ができあがらない、そういう役割が私にあればいいな。

10年ぶりにピカンチに戻ってきてくれた5人に、いっぱいありがとうが言いたいです。
ハワイは行けないけれど、
きっと札幌で会えるよね。

みんなが大笑いしている東京ドームシティホールの片隅で、涙が止まらなくなったのは
これは神様のくれたギフト。
私にしか感じることの出来ない気持ち。
ピカンチハーフにもらったよ。

今度は100発100中のたるるの背中にお札をちゃんと忘れず入れるよ。
コメント
この記事へのコメント
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2014/08/14(Thu) 15:45 |   |  #[ 編集]
ありがとうございます!
>ヒミツのMさん
コメントありがとうございます。
そして、ステキなお声かけもありがとうございます。

涙が出るほど嬉しいです。
メールしますね〜。
2014/08/15(Fri) 21:58 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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