日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
「奇跡」〜クリエミュージカルコレクションひとり反省会〜
2014年01月10日 (金) | 編集 |
屋良ちゃんのがんばっている日生劇場から少し歩いたところに、シアタークリエという劇場があるでしょう?

あの劇場で、屋良ちゃんとアッキーは出会ったんだよ。

そこでまた、アッキーくんが歌うっていうのを聞きつけて(ってファンクラブからお知らせ来てたやんけ)、8日のマチネにクリエミュージカルコレクションに参戦してきました。
プレゾンとプレゾンの間に。

奇跡的にチケットもお譲りいただいてクリエに入ることが出来ました。

アッキーは、あの日もとってもよい声でした。
私は、あぁここで、屋良ちゃんと手を取り合って歌ったんだ。。。って感慨深く見ていました。

そこで、私はすごい衝撃的なことに気付きました!
(以下、香取ブログオタの人しかおもしろくないと想います。一応言っとく。一応言っとく。。。2回も言う。)
アッキーは、ベテランのミュージカルスターさんの中で、ちょっと、、、うん、ずいぶんと、、、違う世界から来た人みたいだった。
きっと、彼はどこにも染まらない人なんだろう。
どこにも属さない人。
誰よりもおしゃれに衣装を着こなし、とってもキュートに、他のステキスターさんが巧みに歌われるなか、ものすごく伸び伸びと自由に歌っててほんと清々しい。
うすぐらい劇場の中に、太陽の光が差し込むみたいな、アッキーはそんな存在でした。
私にはそんな風に想えました。私にとって、あのクリエの客席は、ほんっとに異質な世界だった。あぁこんな世界もあるんだな。私は10年以上嵐オタで、ジャニオタで、ほとんど他の世界を見ないで生きてきた。
へぇ、こんな世界が存在していたんだ。。。って驚いた。
それから、アッキーはこういう世界の子だったの?ってびっくりしたけど、でもステージに登場したアッキーは、やっぱりアッキーだけの世界観を曲げない、目には見えないけれどパワーっていうかカラーが感じられた。

さて、私のクリコレのレポなんてこんなもんです。いじょ〜って感じなんですが。。。

あの8日マチネ。
私、客席に座ってアッキーのお歌を聴きながら、自分的にとても衝撃的なことに気付きました。
この日は、客席に岸谷五朗さんのお姿もあったし、より一層ソングライターズを思い浮かべていたからかもしれません。

ここから超長いです。アッキーの歌の感想かな?って読みに来てくださった方、、、ごめんね。

私、
ニューヨークが大好きなんです。
世界で一番好きな街なんです。

なぜか。
小さいときに見た映画「WEST SIDE STORY」が忘れられないからです。その頃は、将来自分がその街に歩み入るとは思わずに、ただただ、マンハッタンの地図を眺めていました。もう地名まで覚えてしまうほど。

天使ちゃんが導いてくれて、私は2008年3月から2011年の3月までアメリカに住むことになりました。場所はね。ニュージャージー。ほら、ソングライターズをご覧になった方はエディとピーターの生まれ育った場所って覚えています?そんな細かいこと覚えてないかしら。
ニュージャージー州はハドソン川を越えると私の愛するマンハッタン。
あの街自体が生き物のように、息づいているマンハッタン。
夢のようでした。
初めて本物のエンパイアステートビルを見て、初めてパブリックライブラリーのライオンを見て、初めてセントラルパークに行きました。
だけど、私にはどこよりも行きたいところがありました。

それは、
リンカーンセンター。

ここには、
ニューヨークフィルのホール。
ニューヨークシティバレエのホール。
メトロポリタンオペラのホール。
ミュージカルやお芝居を上演するためのホール。
4つのホールと隣り合わせて建つ、音楽を勉強してきた人なら誰もが憧れるジュリアードスクールがある。

何よりも私が行きたかった理由は、そこが「WEST SIDE STORY」のロケ地であったこと。ニューヨークは1960年代、大開発のために、かつての町並みを壊してこの地域がリンカーンセンターと様変わりしたそうです。その建設をストップして数ヶ月かけて、この場所で「WEST SIDE STORY」は撮られたそうです。だから、そのロケ現場となった建物も、あの有名な非常階段も、今ではどこにもありません。
だけど、私にはあのプロローグで、ジェロームロビンス振り付けのモダンバレエを取り入れたダンスが、あの66stとブロードウエイとの交差点に立つとね。
見えるような気がしていたのです。

折しも、私がアメリカにいた3年の間に、「WEST SIDE STORY」が50THアニバーサリーを迎え、まるで昨日ここで映画が撮られたのではないかしら、、、と想うくらいリンカーンセンターではバーンスタインやジェロームロビンスをテーマにした多くの演目がありました。

ブロードウェイでは何年かぶりの劇場公演もありました。
そう、私があんなにもあんなにも憧れた「WEST SIDE STORY」を、何度だって劇場で見ることができるというすばらしい年に私はアメリカで生きていました。

で、、、かとりん、ほんでなんやねん?って話でしょう?ごめんね。でも、もうちょっと話す。

リンカーンセンターが大好きだったのは、

ニューヨークフィルのホームであるAVERY FISHER HALLと、シティバレエのホームであるDAVID H KOCH THEATERが向かい合わせに建っているから。
そのふたつのホールの間に私が初めて立ったとき

「これは奇跡だ。」

そう想いました。

ニューヨークフィルの指揮者であったレナード、バーンスタインは「WEST SIDE STORY」の作曲者。
そして「WEST SIDE STORY」のあの素晴らしいダンスを振り付けたのはシティバレエのマスターであるジェローム、ロビンス。
(今でも、この演目の演出は、彼の弟子であるジョーイ、マクニーリーがやります。それはブロードウエイでも、嵐の公演でも、爆!)

若きニューヨーカーのふたりは、ストーリーの構想から話し合い、そしてその年のアカデミー賞を総なめにしたこの素晴らしい映画を創り上げていくのです。
そして、ふたりは生涯の親友でもありました。

もうすでにふたりは亡くなってしまっているけれど、私は何度も何度もリンカーンセンターにふたりの声を聞きに行きました。(実はリンカーンセンターのメンバーシップだったんで)
その向かい合って建てられたホールの間に立つと、まるでふたりが今も楽しく音楽について語り合っているような気がしたからです。

さて、ここからクリコレにお話を戻します。いや、戻らないかも。

1月8日、クリエの客席に座っていた私は、

「あぁ、これは奇跡だ。」

そう想いました。

クリエでアッキーが歌ってる。
すぐそばの日生劇場で屋良ちゃんが踊ってる。

これはまるであのリンカーンセンターのふたつのホールのよう。
しかもそれだけじゃない。
アッキーはレナードバーンスタインと同じ「作曲家」であり
屋良ちゃんは、ジェロームロビンスと同じ「choreographer」だ。

ソングライターズを見たとき、あの強気な作詞家エディと心優しいの作曲家ピーターがまるでレニーとジェリーみたいだ。。。って想ってた。

だけど、
現実に。
まるでアッキーはレニーだし、屋良ちゃんはジェリーだと想ったら、手が震えて熱いものがこみ上げてくる。
これは奇跡だって想った。
客席に座ってらっしゃる岸谷さんに感謝した。
ふたりを会わせてくださってありがとう。ありがとう。

年末に届いたアッキー会報の「すべてを歌で表現できるような、そういうパフォーマンスがしたい。」って書いてあるのを読んだとき、すぐに屋良ちゃんのことを思い出した。

ふたりが人生を賭けているものは違うけれど、ふたりは同じ方向を見ている。
アプローチの仕方は違うけれど、ふたりがやりたいことは同じだ。
だから、ふたりはあんなにも心を通わせあい、まるでニュージャージーの小さなタウンで育った幼なじみみたいだったんだ。

もう出会ってしまったふたりは、いつかきっとまた同じステージに立つはず。
きっと、「次の奇跡」が起きる。

かつて、レニーとジェリーも、向かい合わせのホールの中で、それぞれのやりたいことに全身全霊をかけていたにちがいない。

そして、今、
クリエと日生でも、ふたつの輝く魂がお互いにエールを送りつつ
お互いを見守りつつ
ちょっとジェラシーとかも感じつつ
愛と勇気をもって
自分の人生を全力で生きてる。

君たちは、私にとって日本のレニーとジェリーだ!

私にとってアッキーと屋良ちゃんは、「奇跡」だ。

日生のアッキーのお花を一生懸命写真に撮っていた私。
それをとっても不思議そうに見つめる嵐友ちゃんに

「あのね!あのね!屋良ちゃんにすっごくいいお友達ができたの。!」
そう自慢しました。

アッキー。
これからも、屋良ちゃんのこと、よろしくね。
そしていつの日か、
本当に、ふたりのクリエイティブな想いがひとつになる日がくること
願って応援しています。

日比谷の奇跡のお話。
読んでくださってありがとう。
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