日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
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スタジオパークの千里さん
2013年09月08日 (日) | 編集 |
先週、何人かのお友達に
「香取さん、千里さんがスタジオパークに出演されますよ!」
とご連絡いただきました。

やっと、録画したスタジオパークを昨日見ました。

あ〜〜。。。千里さんだ〜って想った。
TomiJazz,懐かしかった。
最後に千里さんとお話した場所だったな〜。
千里さんが、話したこと。
千里さんのニューヨークの写真。

まるで自分が体験してきたみたいに「そうそう、そうだったよね?」って思うのはなんでだろう。
不思議な感じがしました。

ものすごく違う世界の方だけれど、
ほんの一瞬だけ、共通点がありました。

2008年に渡米される。
実は、香取もです。
香取は、ちょうど千里さんのニューヨークに行かれた3ヶ月後にアメリカに引っ越して、そして引っ越し荷物の中から千里さんのCDをたくさん見つけ出し
「千里、何してるんだろう。」
そう思って検索したら、日本のファンの皆さんに別れを告げて、
キャリアも何もかも
「大江千里」という重たい荷物を日本に置いて、アメリカでの新生活を始めたばかりと言うことが解りました。

何よりも、何よりも千里さんと「アメリカで会いたい」って想ったのは、私自身がアメリカでやりたかったこと、「ジャズをお勉強したい」という夢が同じだったこと。
でも、格は違うよ?全く持って。格もちゃうし気持ちのレベルも、千里さんのはすっごいてっぺんの方。

それから、香取は、ニューヨークの地下鉄や街角で、
いつか千里さんに会って話をしたい
ずっとそう想って生活していました。

千里さんのニューヨークでの生活。
20代の学生さんに混じっての大学生活。
言葉の壁と音楽の壁。
ジャズをお勉強してきた学生さん達が入学した学校で「ほとんど1から」お勉強をされること。

すごかっただろうな〜〜。
「ちょうど老眼も始まって」なんてつら〜〜〜っておっしゃいましたが。

そういえばね。
3年後、ばったりと出会ったマンハッタンの110stあたりで
「この年で(私も同世代よって言った後)、新しいことを始めるってものすごいことですね?」と言った香取に
「そうだよね。老眼も始まるし。」ってつら〜〜っとおっしゃった千里さん。
いやいや、もうその気持ちむっちゃわかるわ。あははは。ほんまやね。
そんなお話をしたことが思い出されます。

楽譜を見る。
楽譜を書く。
そういうことを学生生活の中でず〜〜っとされる千里さんにとって「見る力」ってものすごく必要。
ほんと大変だっただろうな〜って想います。すっごいわかるねん。香取、むっちゃ解るねん。


言葉。

言葉。

ほんとに大変だっただろうな。
ジャズセオリーってすごくむずかしくて、ジャズのグループももちろんだけれど、セオリーを読む、理解する、自分のものにする、弾けるようにする。。っていうプロセスを全部英語でやっていくって、大変だったにちがいない。ものすごい努力、想像を絶する練習時間だったはず。
香取自身、中途半端で終わっちゃったジャズピアノだったけれど、ジャズセオリーをお勉強するのがいっちゃん意味不明だった。
先生もアフリカンのばりばりミュージシャン(昨日の映像かっこよかったな〜)、お友達も英語。
教科書も全部、何もかも英語〜〜〜!!ってすごいこと。
そして、
だからこそ、そこにほんもののジャズが見えてくるんだろうな。

ニューヨークの街にとって、ジャズは文化。
ほんとうに、すきっと美しく守られた文化です。

JAZZ AT LINCOLN CENTERっていう素晴らしいホールがマンハッタンの中心にある。セントラルパーク辺りにね。
そこは、ジャズのためのホール。
ものすごくモダンでかっこいいホール。
そこのビッグバンドのディレクターは、かのフレディ、ハバード。
それだけで、この街にジャズが確かにあって、しかも未来に向かってるっていうのがわかる。

そこに住んで、そこで生きるっていうことがジャズを勉強する上でとっても大切なことなんだ。

そういう、
千里さんが選んだ道とか
千里さんが辛く楽しい大学生活を送っていたこととか
それを、
同じ時間をあの街で、ほんのちょっとは共有で(数秒よ?)できてたこと思い出して嬉しかった。

千里さんは学生のとき、全くライブをされなかった。
香取なんかは、ちょっと本気出して学校調べて、校内のコンサートとか行きたいくらいの勢いだった。
ジュリアードスクールの学生さんは、よくリンカーンセンターでモーニングコンサートやってるから、結構サイトを見て千里さんの名前を探してた。(その頃、学校名が公開されてなくて、ジュリアードかマンハッタンスクールか、どっちかかな〜なんて想ってた、、、けど、ちごたね。)

なつかしいな。
本気で、地下鉄に乗るときは毎回車内をキョロキョロしたよ。
そうだよね。そうそう。
地下鉄の駅を歩きながら、そう言う気持ちがいつもあったな。

それから、千里さんがブログで
「昨日は、香取慎吾さんの舞台を観に行きました。」
なんて書いていらっしゃると
「なんだよ!ちきしょ〜〜!私も行ったじゃんかよ〜〜!」
なんてニアミスも楽しかった。

スタジオパークでは、千里さんが今まで語ったことない「想い」をいっぱい語られましたね。
短い時間に、いっぱい伝えたかったんだろうな〜。
日本のファンに。

卒業が近くなってシニアになられた千里さんは、小さいお店でギグをされたり、イベントに参加されるようになりました。
私がやっと会えたのは「千里さんが被爆ピアノを弾く」というイベントでした。
ちょうど、もうすぐ今年もやってくる「9,11の日」。

私は、3年目の秋でした。
次の年には日本に帰るはずだったので、絶対に千里さんと話す!と心に決めてその場所に行きました。
しかもジャニオタだからむっちゃ早く。
千里さんよりも先にその場所に着き、礼拝に出てた。爆!

私も3年分の思いを、千里さんに伝えたストリートでの立ち話。
あれから、何度も何度も千里さんのイベントに現れ
毎回「ニュージャージーの香取です。」って自己紹介するので
「わかってますよ。」って最後には言われた。あははは。

それから、最後にTOMI JAZZで千里さんのピアノを聴いて、
「千里さんは、私のニューヨークでの光でした。」
って告白した。爆!
帰国直前のことでした。

でもね。その後、ライブハウスでばったり会ったりもする。
会うとなると、いっぱい会うねっていうことでした。

千里さん。
遠い遠い方なのに、なんだか近いような。
まだまだON THE WAYのピアニストさん。

千里さんのこと書こうとして、自分のことばっかり書いちゃった。
なんだかお友達がテレビに出たみたいで嬉しかったんだ。

新しいページを自分で開く。
何ページか先を自分で開きに行く方が、自分らしい。
そういう生き方、かっこいいな。
「夢は叶う」ってことをニューヨークで学んだっていう千里さん。

7年後、東京でオリンピックが開催される。
7年後の嵐。
30代後半の大人な嵐。
私は何をしてるのかな。
遠征とオリンピック重なったらめんどくさいな。。。って「開催決定」の瞬間に想った。
今の香取。
嵐オタ。

でも、まだ新しいことできるのかな。

明日。
明後日。
1週間後。
1ヶ月後。
1年後。
まだまだ、新しい香取がそこで待っててくれたらいいな。

その「香取」に会いに行く。
旅は続くよ。
コメント
この記事へのコメント
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2013/09/11(Wed) 18:01 |   |  #[ 編集]
わ〜、千里ファンだったんですね。
>ひみつのNさん
レスポンス遅くなってごめんなさいね。
そうなんですね〜。千里さんのファンだったんですね。

私は、お友達が彼の初代マネージャーだったんで、実はデビュー前のデモテープも聴かせてもらったことがあるほど、むか〜〜〜しから知ってるつもりでしたが、やっぱりニューヨークでのびのびと、そして颯爽と歩いていらっしゃる千里さんが好きだった。

本当に辛い大学時代だっただろうな〜って想います。
でも、すてきなお友達がいっぱいできて、きっと新しい千里さんの人生が今、まさにスタートしたばかりなんでしょうね。

あのお年で(私と変わらない)、新しい人生が始まるなんて、なんてキラキラなんでしょうね。
歌もいいけど、千里さんのピアノすてきだったでしょう?

コメントありがとうございます。
お久しぶりで嬉しかったです!
2013/09/13(Fri) 22:09 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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