日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
できるだけ
2013年07月20日 (土) | 編集 |
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「なぁなぁ、みんな〜。僕のことおぼえてる?」(byたるる)

この子、デビューは2007年暮れのカウコンでした。
香取んちには、何十人ものなまけちゃんがいるので、実はときどき「この子の名前、、、なんだっけ。」と想う。
自分でつけてる名前なのにね〜。

アラフェスのエントリーが終わって、ほっとした。
もう正解のない世界だから、あとは運を天に。。。。って想った時に、目が合った。

「ちょっと、かとりん?ぼくのこと忘れてんのん?」と彼が言った。
彼の名前は、たるる。
願いを叶えるだるまなまけの子です。
この子の背中には、もともとお札が1枚入っていて、そのお札には「カウコンに行けますように。」って書かれていました。2007年のことです。

当時、1年生の担任をしてて、たくさんの子がケロロ軍曹が好きで、だからこの子の名前「たるる」にしたんだった。

さて、その背中をのぞいてみると、他にもいっぱいお札が入ってた。
10周年に帰国できますように。(そうそう、このカウコンの3ヶ月後、私はアメリカに行ったんです。)
札幌ドームに入れますように。(これ、何枚も出てきた。爆!)
潤君の舞台に行けますように。
アマツカゼに行けますように。
何枚入ってんねん。どんだけ背負わせてんねんって感じでした。

アメリカでの3年目には、
「3月に帰国できて、また嵐と一緒に歩けますように」っていうのを書いて入れて、それが今も入っていました。

1枚1枚のお札(まぁポストイットで書いてあったりするんだけど)が、実は全部叶ってる。
お見事なことに、全部叶ってる。

もちろん自分だけの力じゃない。

さっき「たるる」の名前を確認するのに(ごめん、たるる)2007年のカウントダウンの記事を見てみたら、電話予約始まって10分後に繋がった自分の気持ちが書いてあったり、そのとき一緒に電話してくれたお友達に「ありがとう」って書いてたりした。

それから、私が初めて行ったカウコンが、嵐の初めての司会で、たくさんのタレントさんにまぎれていく、まだ当時必死だった嵐の事が書かれていました。
声を枯らして進行する翔ちゃんのこと、
潤君が心を込めて紹介する二十歳の斗真のこと。
大ちゃんのmcにどきどきしたことや、
太一君とじゃれあってる二ノ。

それから、たくさんのタレントさんの中で見つけるのが大変だった相葉ちゃんの姿、
それを双眼鏡で追ってた私の目にやきついてた東京ドームのこと。

そして、
「ありがとう」って書いてた。
ずっと支えてくれた嵐にありがとうって書いてた。
次に会うまで、がんばれよ〜〜〜!!って嵐に言って、そして私は、

私は、君たちに恥ずかしくない生き方をして10周年に行くよ!そう書いてた。

この気持ち。

アラフェスの申し込みの中で、めちゃくちゃになってる自分。
グッズ申し込みに当選したけど、なんだかその登録に目がキョロキョロして理解できない自分。
昨日はツィッターで知り合った、私と同じ頃にファミクラに入ったよという素敵なお友達と、「嵐は変わらない。だけど、この状況がこわいね。」って話した。夜更けまで。

ドームは嫌だ。コンサートが荒れるから。。。って、ずっと私が想っていたことを、彼女もずっと感じていたりして、この「しんどさ」の中でもがいてるのは私だけじゃないって知りました。

誰かを蹴落としてまで
そんなことずっと想ってなかったんだよ。
ずっと大事なものをたったひとつだけ、手の中にぎゅって握って嵐と歩いていた。

そういう気持ちを忘れないでいこう。

嵐はきっと、何にも変わってない。
そして、
私達が過ごした幸せな頃のことも
苦しんでた時代のことだって、5人は覚えてるはず。

ちゃんと背筋を伸ばして
相葉ちゃんみたいに、すっと背筋を伸ばして歩いて行こう。

で、
たるるくん、がんばってや〜〜〜〜!!
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