いつもポケットにショパン
2006年08月18日 (金) | 編集 |
このマンガ、大好きなんだ。
くらもちふさこさんの「いつもポケットにショパン」

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「ねぇねぇ、早く3巻貸してよ。」
「ちょっとまって、あ、、、泣けるわ。ここ。」
ピアノの大好きな「きしんちゃん」と「麻子」の物語だ。
大好きといっても、少々の「大好き」ではない「才能に溢れた」しかも「ピアノに愛されている」幼なじみのふたりのお話だ。

このお話はよくできているな~と何回読んでも思う。
結構古いマンガだ。
実は香取もふたりと同じように音楽の学校(香取の場合は大学)に行っていたので、本気でピアノをやっている頃は読めなかった。
たぶん、読んだと思うけれど「こんな甘くはないだろう。」って思っていた。

今読むと、たぐい稀な才能に恵まれた、ごくごく一部の人たちの話だから、まぁ香取には別の「音楽」の世界だった。

でも、もちろんたくさん「わかる!」部分がある。
「音楽」の世界は戦いの世界であること。
しかも「好み」「主観」とかに満ちた世界なので、勝った負けたのプロセスがわからない。
きっと外から見たらわからない世界だと思う。

大学に必死に入学して、初めて練習室で友達のピアノを聞いた時「もう辞めたい!」って思った。その友達は、ピアノを弾くことに集中するあまり、よだれをピアノに垂らしていた。
「なんだこいつ。なんだこの集中力は。。。」と思った。
例えば、香取なんかは努力のみで弾きこなしていくので、週末とかは10時間くらいピアノを弾いていた。それくらいやらないと、みんなについて行けなかった。
だけど、どれだけ時間を費やしても努力しようとも決して通り抜けられない壁がある。
それが「才能」だと思った。
15人くらいいたピアノ科の友達は全員、敵だったよ。
常に私たちは競争しているので、ピアノという楽器の傍にいるときは、「友達」なんかではいられなかった。

とりあえず、ピアノの前に座った段階で「よし、戦うぞ。」という気分になる。
もしかしたら、陸上とかの個人種目みたいな感じだったかもしれない。

だけど、「根性」だけはすわったかな。
あれ以上苦しいことはないくらい、大学の4年間は苦しかった。
「ピアノが趣味よ。」とか口が裂けても言えなかったな~。

で、「いつもポケットにショパン」。
大人になって、もうピアノに本気になって向き合うことから離れて、今読むとものすごく泣ける。このマンガは、いつかドラマにならないかな~ってずっと思っている。
「きしんちゃん」を見ていると、若い頃のもっともっと尖っていた木村君をイメージする。
あぁ、そういえば「ロングバケーション」っていうドラマのとき、木村君ピアノ弾いてたね。

そして、香取のピアノは。。。
まぁ「芸は身を助ける」という言葉の通りに、「香取は便利」です。
今の業界では。
だって、「才能」も必要ないし、「努力」もいらないからね。この世界でピアノを弾くのは。ちょっとさくっと伴奏したりして「すごいね。」とか言ってもらうけれど、こんなの全然すごくないな~って、実は思ってる。
時々、大好きだったモーリスラウ゛ェルの楽譜とか見て「どうやって弾いてたんだっけ?」とか思う。なんかもう過去の栄光っぽくなった。
大学の頃は、まったくもって表現力がなくて「ショパンはやめた方がいいよ。」って言われてて近代音楽ばっかりに逃げてた香取が死ぬまでに弾きたい曲は、、、やっぱりショパンだ。
ショパンのバラード4番。
すごい練習して楽譜とかぼろぼろなのに、まだ未完のままだ。
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