日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
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泣いた。
2012年03月07日 (水) | 編集 |
みんなは今から1年前、何をしてましたか?

実は、ここのところ
心がざわざわしている感じなわけです。

1年前の私は、アメリカからの帰国間際でただそれだけでも、
ただそれだけでも、色々な想いが心の中で波立っていました。
帰国することの喜びと、それから同じくらいの不安。

私は知っていました。
私は、10年前に一度外国に住んでいたことがあるので、戻ってきたときには確実に自分が変わっていて、日本って言う流れにうまく乗れないまんま、数ヶ月は過ぎていくんだってこと。
だから、きっとそうなるんだろうな。。。今回もそんな風になるんだろうな。。。そう思っていました。

そして、そんな想いの中に居るとき、あの未曾有の震災が日本で起こりました。

私は、それをアメリカで知り、アメリカでその日本のことを思っていました。
最初、私は震災のことを知った直後に「日本はきっとすぐに復興する」って思った。
なんだか、1年前の私のブログには「地震、だいじょうぶですか?」なんていう、ものすごく吞気な内容が書かれています。

私の住んでいる北海道は、地震がとっても多く、震度6はこれまで3度も体験してるし、、、阪神大震災だって復興した、、、だからすぐにって思っていました。だけど、そんなものじゃないっていうことがアメリカにいてもすぐにわかりました。

日本に居て思うのですが、日本に居ると、またこの北海道にいると、本当に震災のことを考えない日々の方が多い1年だったかもしれない。
アメリカで震災を知り、帰国するまでのたった10日の方がもっともっと私は日本の事や、日本の未来のこと思っていたはず。

そして今、1年前のことが心の中で波打ってるような毎日が続いています。

アメリカにいたけれど、
あの日、本当にこわかった。
アメリカっていうものすごく遠いところで、怯えていました。

こうやって書いていても、あの震災を体験していない私が、一体何を知っているのかとか何を言えるのかって思うのですが。。。
この3月に入ってから、心の中がなんだか波立つ。
11日を迎えるのがこわい、、、そういう気持ちがあります。
そして、近頃になって流れ続けるたくさんの津波の映像を「見なきゃだめだ」って思う。
だけど、1年前の映像を見続けていると、やっぱり恐ろしくてたまらない気持ちになる。
そして、アメリカで、何をすればいいのか、これからどうしたらいいのか。。日本に戻って大丈夫なんだろうか。日本はもう私の知っている日本じゃないんじゃないか。。。とか。
アメリカの知り合いは誰もが「今、帰らなくても。。。」って言うし。
そんな中で「いえ~~い!帰るんだ!」って言えなかった日々が思い出され、
送った荷物達はみんな東京に着いた後、東北を通らなければ北海道に到着しないから何度も「いつになるか、わかりません。」って言い続けられたこととか。

そういうものすごくちっちゃいことなんだけれど、ここのところ急にそういう気持ちとか感覚がよみがえってくる感じがあってね。
気持ちがどろっとしている。

そう、だからこそ昨日の嵐の被災地シークレットコンサートは、よかったな~。
音楽の力ってやっぱり、私はすごく信じてる。

嵐の5人が、すごく悲しそうな面持ちで被災地の様子を見ている姿には、なんだかぼろぼろ泣けた。
ぎこちなく、でもとても真剣に被災地の方からお話を聞いているところ、泣けたな~。
かわいらしいぼくちゃんにアメをもらった大ちゃんが、コンサートで何度も「アメ食べたよ」っていうサインを何度も送ってたって、ツィッターで読みました。(普段あんまり人のTL読まないんだけれど)

ふと、2004年の24時間テレビ思い出したよ。
あのとき、大ちゃんは聾学校の生徒さんとダンスをしたんだ。
今でも覚えてるよ「君のためにぼくがいる」を何人もの生徒さんと一緒にダンスして、本番はスタジオでコラボするっていう企画だった。
何度か関西のその学校に出向いて、ダンスで会話する大ちゃんがいた。
そして、城ホールのコンに生徒さん達を招待して、彼らの座るスタンド席に向かって、ちゃんと手話で合図をしてあげるの。

本番のコラボはほんと素敵だった~。あの年は5人がそれぞれ音楽でコラボだったんだけれど、いちばん印象に残ってる。
そういうとこ!やっぱり変わってないな~って思うんだ。

被災地のお客さん達の顔、すっごく楽しそうだった。幸せそうだったな。
音楽は、そこにいるだけで人の気持ちを幸せにすると思う。
形は見えないけれど、人を幸せにできるものだと改めて思う。
そして、
たくさんの津波の映像を見続ける中で、こういう番組はそこだけ光があるみたいで、ほっとした。

うん、
なんかほっとしたんだ。
あの番組を見て。
嵐の5人を見てて。

嵐って、いっつもざわざわした心を、ピアノの調律するみたいに静かにしてくれる。
あれから1年経った。
うちのクラスの子供っちは、「あんまり復興しているように思えない。」って言ってた。

静かに想おう。
また考えよう。私に何ができるのか。


コメント
この記事へのコメント
あの日・・・
テレビの中でおきてる事が現実だと思えなくて・・・震えが止まらなかったのを覚えてます。
地震もだけど、津波って本当に恐ろしいです。
あんな防潮堤を飛び越えてしまうなんて・・・

私の地元も東北ほどではないですが、被災しました。
家族の無事は確認出来たけど、何も出来なくて、とりあえずいつでも送れるように・・・と次の日イオンに買い物に行ったんです。
そこでね、当たり前のようにホワイトデーフェアやってました。
買い物してる人も全然いつもと変わらなくて・・・なんか、どっちが現実か分からなくてその光景に吐き気がした。
遠いってこともあるかも知れない、現実味がなかったのかも知れないけど・・・なんか、すごく怖かった。

復興支援のミニコンサート、すごく良かったですね。
行けなかった被災者の方も沢山いたはず・・・これ1回キリじゃなくて、これからも継続して出来る支援が必要ですよね。
でも・・・募金も終わるし、復興支援ラジオも終わるみたいで残念です。
5人が訪れた街は思ってた以上に復興してなくてビックリしました、辛くても目を背けずに震災を忘れない事、寄り添い続ける事が大事ですよね。

私ね、10日が誕生日で前日に友達からおめでとう♪メールが届いたんです。
その友達は11日が誕生日で・・・いつも、1日違いだけどお互いグリーティングメールを送ってました。
その子は以前から注文してたケーキを旦那様と泣きながら食べたそうです。
あの日に生まれた赤ちゃんがいたように、11日は確かに辛い日になってしまったけど、今までどおりグリーティングメールは送りたいです。


2012/03/09(Fri) 16:01 | URL  | みく #-[ 編集]
おめでとうですよ!
>みくさん
お友達さんは、誰もが忘れることのない「命の尊さ」を考える日に生まれたってこと、すばらしい日ですよね?
おめでとうござます!ですよ。

明日は、卒業式の桜を作りながら、ず~~~っと、翔ちゃんの番組を見つつ、震災と復興のことを考えようと想っています。

私の居る北海道は、ほとんど自給自足でなりたつ食生活なので、東北産のものを食べることもあまりないし、あの震災で大きなものを失うということはあまりなかった地域だと想います。
あ、、、それでも、私の住んでいるところのお隣の町は「牡蠣」で有名なんですが、全滅しました。

うっかりすると何事もなかったように日々が進んでいきます。
アメリカからは「日本」を見ていたけれど、北海道から「東北」を見つめることは、こんなにもむずかしいことだったのか。。。。という、もちろん「気持ち」の問題なんですよね。

マーチングJが終わりましたね。
パンダちゃんは置いといても、ずっと続けて欲しかったな。続けることが大事だと想いますよね。

願わくば「未来」を作って行く、東北の子供達のためになるような募金を続けていきたいですね。社長。

そういえば、トヨタのコマーシャルで伊達政宗が子供の姿で馬に乗って出てきますよね。そして
「東北の姿を、末永く見届けたい」って加藤清四郎君が言う。。。
トヨタさんは色々あったけれど、いいコマーシャルをつくりますね~。

見守っていきましょう。
2012/03/10(Sat) 09:16 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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2012/03/10(Sat) 19:26 |   |  #[ 編集]
なまちゃんと仲よく~
>ヒミツのNさん
心のこもったコメントありがとうございます。
先日、ご主人様のお仕事の方達の特集番組を見ました。
そのお仕事の方達だけが目にされた風景がたくさんあったと想います。
もちろん、
もちろん国家公務員でいらっしゃるから、奥様にもご家族にもお話にならないことがいっぱいあるでしょうね。
胸にたくさん秘めていらっしゃるんだろうな、、、って想うと、泣けてきます。
お疲れ様でした。

そして、毅然とされている奥様たち。頭が下がります。
よく踏ん張られましたね。。。

ご存じの通り、私も今海沿いに住んでいて、ときどきグーグルマップで自分が住んでいるところを見て、う~~ん。。。完璧にここだったらだめだろうなと想います。
うちも家族がひとりで別な海沿いに住んでいますので、次に同じようなことが北海道で起こったら、どうするのかってよく話し合います。うちの家族の場合は、最後までその建物に残るという任務?義務?があるので、そのときは仕事に全力を尽くしてもらうしかないのかな。。。と。
(私は、ひとりで自分のことだけ考えて逃げまくります。。。あ、、なまけちゃんと)

私は、あの震災のあとも何もしていませんが、Nさんのご主人様始め、消防士の方達や、ボランティアの方達、被災地に入られてがんばられた方達に、本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

身体だけじゃなくて、「心」を砕かれるような場面に遭遇されながらも黙ってがんばられた「お父さん」。
誇りですね。

さてと、雪が降ってますよ。こっち。
2012/03/11(Sun) 10:55 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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2012/03/18(Sun) 19:07 |   |  #[ 編集]
都会のパワー
>ひみつのHさん
コメント、超遅いレスでごめんなさい。
ありがとうございます。

都会のパワーって半端なくいいですよね。
みんな、私のことを知らない。
だけど、人間がいっぱいいて色々な人が居る。
見ているだけでおもしろいんだよね。
都会の人は見られ慣れてるからいい。田舎はあかんけど。

ニューヨークが大好きだったのは、そこに行くとほんとパワーをもらえたって感じでした。
でも、逆にぐぐっと持って行かれるときもありました。
そういうときは「ありがとう」って言うといいって師匠に聞いていたので、それを実行していました。
またニューヨークをあるきたい。
一緒に歩いたときも楽しかったな~。
埋もれるって楽しいよね。うん。

ありがと~。
お疲れ様。
2012/03/28(Wed) 23:39 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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