日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
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うまくいくまでやればいい
2011年11月23日 (水) | 編集 |
今日は1日。
なんだかよくわからないものに、溺れながら1日悶々と部屋にこもってた。

そして、1日の終わりに5人に会う。

「うまくいくまで、やればいい。」っていう菅野さんの言葉と
それに対して、潤君が
「失敗してもやり続けられる理由ってなんですか?」って言うの見てたら、かとりんぼろ泣きでした。

だって、潤君。
君だって、失敗しても失敗してもうまくいくまでやり続けてるじゃん。
紅白歌合戦の司会っていう大役を、ぽーんと嵐の5人に投げてよこしたNHKさん。
想えば、ジュニア時代からの嵐の古巣である場所。

いい番組つくるな~。NHKさんって。
いっつも想うけれど、今日も想いました。

「ニッポンの嵐」っていう本がある。
実際に自分で買ったのは、1冊はお友達にプレゼントして、1冊は自分のものにしたけれどあんまり読んでない。だって字が小さくて。
ときどき、薄暗い図書室で、大きなあの本をひとりで読んでる。

日本中の公立学校に通う子供達にと、嵐がプレゼントしてくれた大切な本。

先ほど、コメントくださった方が、今回の番協では被災地の方達が招待されて、全員と5人が最後に握手をしたんですってと情報を下さいました。

あぁ5人って、ほんとにそうだよね。

この間の潤君舞台の時にご一緒させてもらった嵐友ちゃんと、その方の嵐ジュニア時代からのお友達さんと3人でランチしたとき、こんな話になりました。

SMAPはこの震災の後、ほんとうに上手に自分たちのポジションを被災地の方達に提供して支援をしたね~って。
そして、嵐はどうしても、
なんだかどうしても「重い」感じになっちゃうんだよね~。。。って話をした。
それは、もちろん決してSMAPがどうで嵐がどうだって話じゃなくて、SMAPはやっぱり彼らのこれまでのやり方が、今回の震災で何よりも役立ったと想う。

そして、嵐は、
ほんとに君たちは
こっちが見てることが辛くなるくらい、
きっと泣いて
話し合って、悩んで苦しんだんだってことがわかるんだよね。
そういうのがほんと、わかるよね。。。

嵐友ちゃん達とそんな話をした。

そして、そういうところが嵐だって想う。
不器用で、遠回りもするし
なんだか内にこもっちゃうって言うか、
明るいところにばっかり向いていられなくて、
超絶真面目で、素直で、
そして、飛びっきり優しくて温かい。

菅野さんという中小企業の工場の、素晴らしいBAGを作る社長さんの話を聞きながら、

「うまくいくまでやれば成功なんだよ。」って言葉の瞬間に、潤君の背筋が伸びて真面目な眼になった。そして、それを見た瞬間に私は涙ぼろぼろ状態になった。

実は、潤君の舞台を観てから、ずっとひきずってるものがある。
やっぱりハッピーエンドじゃないから、色々なことが理解できていなかったり、それからほんというと私もああいうUNDER GROUNDな気持ちがいつもある。どちらかっていうと、そっちだと想う。そっちがなんだか目覚めた感があって、ひきずってる。

だから、潤君が

「うまくいくまでやれば成功なんだよ。」っていう菅野さんの言葉で、鋭い眼差しに変わっていったの見て泣けた。

潤君だって、そうじゃない。。。ってテレビに話しかけちゃったさ。爆!
潤君だって、そういう生き方じゃない。

そして、そういう大人の言葉を5人ががっつり聞いているのが、また素敵だった。
ああいう姿が、嵐だって想う。

それから、大ちゃんの女川への訪問。

私、東京からの帰り道。
ずっと空から東北の風景を見ていました。
私は勇気も何にもなくて、この震災のあと何にもできてない。
自分の生活にまみれていって、自分のできることも何もしないままこの2011年が終わろうとしてる。たったひとつ、していることは、、、東京~北海道間の飛行機移動の時、
「みなさ~ん。避難所は上ですよ。」って、
今だ行方不明でいらっしゃるだろう方達に声をかけさせてもらってる。

たったそれだけ。
これは、私の師匠に教えてもらったことで、3月に帰国したときからずっと、東北の上を通るときは、今は寝たりはしない。(いつもは爆睡だったけど)

今回の東京からの帰りは、すこーんと抜けた空の下を、日本地図の上を飛ぶように帰った。
東京から北海道への空路は、関東の上空を抜け東北の三陸海岸あたり、宮古市から太平洋に入っていく。だから、ずっと海岸線を私は上空からみていました。

高い空の上からだからはっきりは見えない。だけど、仙台空港はわかった。宮城県まで来てるんだって思いながら、ずっと海岸線のさら地になってしまった場所を見ながら。

大ちゃんが女川の街を見つめるその眼を見てるだけで、苦しかった。
言葉少ない大ちゃんの表情が印象的だった。
なんだか毎日当たり前に生きてる私達は、ともすれば震災のことを考えない日も多くなった。うん。正直言うとそうだと想う。

番協で250人のファンの方達と握手をした5人は、きっと「光」だと想う。
そこにいてくれるだけで、たくさんの人を元気にしていく「光」

いい番組だったな~。
5人のテンションがいいよね。NHKさんにぴったりだと感じた。いい若者を見たって気がする。爆!
安心感があって、誠実さがあって、そしてやっぱり温かさがある。
あの5人にしか出せない空気と、風景だったと想う。

紅白の司会か~。
がんばれよ~!(いつまで上目線やねん。)

コメント
この記事へのコメント
菅野さん、かっこ良かった。
きっと将来、潤くんもあんな大人になるんだろうな。。。(もう、十分大人だけど^^;)
あの、最初に『待ってたよ』って手を差し出されたときの潤くんの笑顔、すごく嬉しそうでしたね。
そんで、私も『潤くんも同じじゃない』ってテレビにむかって話してた、笑
多分、香取さんとまったく同じタイミングで。
でも・・・きっと潤くんは失敗を失敗とは捉えないんだろうな。
辛い経験も自分の糧にして、前を向ける潤くんを尊敬します。
舞台の稽古中に良いお話が聞けて、得るものも多かったでしょうね。


そして・・・私の実家も北関東なので被災しました。
未だに屋根にはブルーシートがかかってます。
あの、生きた心地のしなかった3月11日。
遠く離れた大阪からでは何も出来なかった。
あの日を忘れないように、本当に少しだけど毎月募金をしてます。
そんな事しか出来ないけど、やり続ける事が大事かな・・・と思って。
嵐の時間が経っても『忘れてないよ、ちゃんと見守ってるよ』って言うメッセージは被災地の方に響くと思います。
まだまだ番協にすら来れない精神状態の方が沢山いるって事をきっと彼らは分かってるだろうから。


おまけにちょっと私信。。。
auのスマホに変えました。
必死で向き合ってるけどさじ投げそうです、笑
@より前のアドレスは変わらないけど、近々変更メール出しますね。
2011/11/25(Fri) 00:00 | URL  | みく #-[ 編集]
やり続けること
>みくさん
コメントありがとうございます。

続けることが大事ですね。これからの日本は。
どんどん報道されなくなってきた震災のこと。
それから、やっぱり見るのが辛いので、3月の当時に比べて、そういう番組を見ることも少なくなりました。

北海道は、ほぼ自給自足?って想うほど、スーパーに並ぶものも北海道産のものが多くて、ともすればものが不足していたことも忘れてしまいます。

でも、毎月少しずつっていうみくさん、素晴らしい。近頃マーチングJのボックスに出会うことも少なくなってきたので、探して募金しよう。うんうん。やり続けます。

菅野さん、かっこよかったですね。
5人も、指針を示された気持ちだったでしょうね。
ああやって、お互いのVTRを見た後の、お互いの感想もいいよね。
相葉ちゃんがちょっと涙を流してしまってあわててる姿とか、ああいう何にも飾ってない、自然な落ち着いた姿が彼らなんだな~って想います。

もしかしたら、普段のバラエティは相当に力を入れて、「こうあろう」って想っているのかな~ってNHKさんを見ていて想った。あのテンションがいいですね~。

スマホがんばってください~。
2011/11/26(Sat) 09:27 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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