日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
魂の旅
2011年02月13日 (日) | 編集 |
ものすごい「再会」があった。

「ここにいる意味」が、もしもあるとしたら
その答えが、ここアメリカにちりばめられている気がした。

そして、
人と人の繋がりは
決して終わることはなく、
仮に「さようなら」という言葉でそれが閉じられたとしても
またそれは、
「入口」にもなるということ。


ただただ、自分のために書き留めておきたくて記事にします。
どうぞスルーしてくださいね。

ずっと探していた「魂」。
人間には「意志」というものがあるけれど、それとは別に「魂」っていうものがあると想います。
「魂」は真実を知っていて
「意志」は生きるためにある。
私がなんとなく思うのは、そういうことです。

私には、ずっと探していた「魂」がありました。
出会ったのは、まだ十代の頃でした。
今でもその人が、通りから学校に向かって歩いてくる姿が目に浮かびます。
今でもはっきりと。

そのときから、私はずっとその人の魂を追い続けていたんだと想います。

その出会いから、「さようなら」するまでの数年間は、私にとって「特別な時間」で、
まるで研ぎ澄まされた世界でした。
幸せなふわっとした色を持つ世界では決してなく
「厳しさ」があった。
「悲しさ」とか「切なさ」があった。
だけど、何年経っても何十年経っても
そこに私の魂が戻ろうとする。

それは「思い出」なんだと想っていた。
「いい思い出」なんだって想っていた。
だから、私の人生を支えてくれているんだと。

もう決して戻れない場所だし
決して会えない。

考えればちゃんと「さようなら」も言わずにその場所を離れて、
そして
もう二度と交わることもないんだと想っていた。

それでも、そこは不思議な輝きをもっていて
いつも私の魂が帰りたがった。

3年前にアメリカに来て、ジャズのお勉強を始めた。
ジャスは、アフリカンアメリカンの人達の音楽。
「差別」という抑圧された世界から、表現された彼らの文化。
それは、今やアメリカそのものの誇り在る文化となり、アメリカの音楽大学には大抵ジャズ科がある。
私は、ただプライベートでお勉強しているだけだけれど、3年経ってやっとジャズというモノがどれほどストリクトでルールのはっきりした音楽であるかを知った。

昔からほんとによく聞いたし、よく聞いているつもりだったけれど、ジャズの知らない部分をこの国に来て沢山知った。
だけど、その分、忘れていたこともいっぱいあった。
ジャズの根源とか、今でこそ巨匠と呼ばれる多くのジャズメンが、差別の中で自分の表現を確立していったこと。
昨日、Eric Dolphyのアルバムジャケットを見ていて、そのカルテットのベーシストとして「ロン、カーター」がいることに気付いた。
ロンカーター。
2年くらい前にblue noteでその演奏を聴いた。ラフなスタイルの他のメンバーとは違って、スーツを着こなす長身のジャズマンだった。その姿から、音楽への尊敬の気持ちが手に取るように分かった。
ハーバードのドクターを持ち、クラシカルミュージックのコントラバス奏者であった彼が、決してクラシックの舞台に立てずにジャズに転向したことを、アメリカに来てから知った。
そこには、古くから消えることないアフリカンアメリカンに対する「差別」というものが存在し、だからこそ「ジャズ」という音楽が生み出され、それは身を切るように研ぎ澄まされていて、苦しみとかドラッグとか、お酒や煙草や暗闇にまみれている、それでいて崇高な音楽なんだ。

そういうこと3年間忘れてた。

アメリカで、レコードジャケットでその名前しか見たことのなかった多くのジャズメンの演奏を聴いた。
セシルテイラー、マッコイタイナー、ロンカーター。。チックコリア。
私は、そこに「苦しみ」を見いだすこともなく、それでも「ジャズが好き」って言ってた。

この音楽の厳しさに出会ったのも、その人と出会ったからだった。
もうアメリカを去ろうとしている、この最後の時に、私はその「魂」に再び巡り会う。

出会ったときも決して、
その魂は、触れられないくらい遠くにあった。
会っても話せないくらいの遠さだったな。
たぶん、そのときも私は言葉じゃなくて、違うものでその人に語っていた気がする。
それがちゃんと届いていたのかは今でもわからないけど。
だけど、きっと一度くらいは、その魂に触れる瞬間があったと想う。

今、時差も距離も遠く離れた場所で、
その存在がちゃんと解る。
何十年の時間を経たのに、同じくらいの遠さで、同じくらいの輝きで
その魂がそこに在ることが解る。

あぁ、あそこで終わりじゃなかったんだって想った。
あれはもしかしたら始まりだったのかもしれないと想う。
ここに繋がる序章だったのかも知れない。

そこに、その人の人生があって
私の人生がある
あと一回くらい、心が手を繋ぐ瞬間があるだろうか。

「ここにいる意味」
この地に来なければ、おそらくこの「今」はない。
この魂が旅の途中だったということも感じなかったかもしれない。

魂の旅は絶対に終わることなく続くんだと想う。

これは贈り物なのか
今日は、HappyでもないBirthdayだったわ。爆!(アメリカ時間ね)
コメント
この記事へのコメント
おめでとうだね。もうすぐ
誕生日おめでとう。・・・だよね。
聞かせてもらいました。チックコリア。
ありがとう。
この3年間は、凄い宝物になったね。
私達は、さみしかったよ
2011/02/13(Sun) 23:49 | URL  | つよちゃん #-[ 編集]
よかった?
>つよちゃん
ありがとう~。
目、大丈夫?私もなんか左目がだるいねん。だるいって感じ。
もうコンタクトにしたい!眼鏡嫌い。

そして、チックコリアとハービーハンコック、いいっしょ?
これ、30年くらい前のふたりなのよ。
先日久しぶりにチックコリア見たけれど、相変わらずパワーのあるピアノでした。かっこよかったです。
もうすぐ帰るよ~。
2011/02/14(Mon) 22:03 | URL  | 香取 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック