日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
Great CHICK COREA!!
2011年01月24日 (月) | 編集 |
これこれ。衝撃アルバム(タイトルちゃうやん。でもこのジャケットや~~!)


イン・コンサートイン・コンサート
(1999/11/03)
ハービー・ハンコック

商品詳細を見る

絶版になってるみたい。。。でも欲しい~。

ニューヨークは奇跡の街だ!!

私、、、長いこと生きてますけれど、やっと昨日知りました。
昨日だよ!昨日!

JAZZはこの国の文化なんだと。
もっと真剣にやるべきだったわ。
私、「クラシックはお勉強するもの」「ジャズは表現するもの」って想っていました。

気付くの遅い。
3年経ったやん。爆!

いやいやそんなのわかっててん。大学生の時から。

うちにはジャズのレコード(レコードやで)それからCDが何百枚もあります。
大学生の時はほんと真剣に聞いてた。
すっごい真剣に、その音楽だけに耳をかたむけていました。
レコードをかけながら何かをするのではなく、真面目にそれだけに耳をかたむけていた。
ジャズはそういう聴き方をしろと、当時のサークルの先輩に言われていたからです。

ジャズはアフリカンアメリカンの奴隷の歴史から生まれた音楽で、その抑圧を表現するものだ。
脈々と彼らの身体に流れるその魂の叫びに耳をかたむけろ。。。って。
ただね。そういう聴き方してると限界があって、どんどん辛くもなったりしてました。

と同時に、当時の私は真剣にクラシックピアノのお勉強もしていた。そっちも考えなければいけなかったし、1日の殆どをピアノの練習に費やしていたけれど、ものすごくクラシックが好きだったのか?っていうと、その頃からず~~~っと「?」マークが付く。

なんだったんだろう。私の大学時代。
きっと、アメリカの、強風の日のお店の扉みたいに、重くて重くて開かなかったんだよね。
どの扉も。
きっとたくさん私の目の前には扉があったのに。

その扉の前に何十年も経ってからまた、立つ。
この3年間はきっとそんな感じだったと思います。

昨日チックコリアというジャズピアニストのコンサートに行きました。
たまたまネットでお知らせが来てて、いつもよく行くリンカーンセンターのひとつ。
JAZZ AT LINCOLN CENTERのローズシアターというところでのコンサートにでかけました。
写真でしか見たことがなくて、行ってみたかったんだけれどずっと未体験の場所。
リンカーンセンターというのは、ものすごいアーティストも来るんだけれど、ジュリアード音楽院の若い子達が表現の場としても使っている場所。だから、このローズシアターも結構若手の演奏が多くて、なかなか来たことがなかった。
しかもね。私の知ってるジャズアーティストはもう古すぎて、この世にいらっしゃらなかったりしてね。。。若手がよくわからないわけ。

だけど、昨日初めてその場所に来て、驚きました。
なんて、なんて素晴らしいホール。
このホールをジャズのために作り上げたアメリカのすごさ。

ジャズは、アメリカの大切な最高峰の文化だ。
クラシックをやるのに、アメリカのシンフォニーはやっぱりまだヨーロッパより下に見られるっていいます。(それを打ち砕いたのが小澤征爾さんです)だけど、ジャズはこの国の文化。
この文化っていうのはね。
もう誰でもが気軽にできるようなそんな「簡単な」ものではないっていう。。。

そのジャズをここまでリスペクトしているこの国。
この音楽がこの国の最高峰に登り詰めるまでには長い歴史もあったでしょうが、ニューヨークの誇り。
これは、ニューヨークという街の抱きしめているプライド。

チックコリアは大学の時によく聞いた。
私のいたサークルでは、そういうちょっと新しくてどろどろしてないジャズはあんまり認められてなかった。でも、私は好きだった。当時の彼はまだジャズメンとして若手で、でも新進気鋭の人。
まさに試験的にあらゆることをやっていた人。当時はジュリアードでお勉強しててクラシックの音楽も取り入れているような、、、新しいミュージシャンであり作曲家でもありました。
私が印象的なのは、ハンガリーの作曲家バルトークの音楽を取り入れていたこと。彼の曲には、まさに「お、バルトーク」っていうフレーズがあり、私自身も大学でお勉強中でバルトークの曲もよく弾いていたので、それが印象的。

ゲイリーバートンというヴァイヴ奏者との共演、なによりハービーハンコックとの「PIANO DUO」はもう私には衝撃的でしたわ~。
当時はよく大学の練習室でお友達と「ラ、フェスタやろうぜ~。」って、向かい合ったピアノでふたりで弾きまくっていました。(相手のお友達はエレクトーンの3級グレードなんてもっているソロイングの達人だったので、私は一緒に遊んでもらっているだけだったが。)

そんなこと、全てを昨日のステージで思い出しました。

そして、共演者!
ウィントン、マルサリス!!!
うわ~~。。。どんだけ豪華なんだ。彼のビッグバンドにチックコリアを招待しての共演でした。
ウィンのトランペット、彼のソロイングはもう群を抜いてる。当たり前だけれど、圧巻でした。
ビッグバンドのひとりひとりが必ずソロイングするんだけれど、全員「本物!」
本物なんです。
うまい、、、とかって言葉じゃ表現できない。
すごい、、、違うな。。。このステージで自分を表現するまでの彼らの道のりの険しさ長さ、彼らの人生とか、、、多くのものを感じる3時間。
まさに、JAZZ IS LIFEなんでしょう。

小澤征爾さんの音楽もそうでした。
彼の魂が叫んでて、彼がどれだけ音楽を伝えたいのか、その素晴らしさを私達に伝えているのか、、、彼はもう音楽そのものだった。
ローリンヒルもそうだった。
ジャンルもキャリアも違うけれど、ローリンヒルは一緒の空間にいて、彼女の音楽に触れられるだけで奇跡だった。

昨日のチックコリア、ウィントンマルサリスもそうです。
小さいときからずっとレコードで聞いてきた人達がそこにいるということも、もちろんだけれど、
そういうことだけじゃない。
私の重い重い扉が、何十年かかかって、、、大学の頃に必死に聞いていたときからたぶん、ずっとその扉を私は押し続けていたのね。
その重い扉が、開き始めた。

そして、ニューヨークに来てジャズピアノ始めて3年目。
全く身の入らない「ただやってます」っていうだけの、3年目。
だけど、近頃になってやっと、、やっと、彼女の言うVOICINGとかどうやって勉強するのか、、やっとわかりかけてきた私が気付く、、、扉がほんの少し開いて、光が差し始めた瞬間。

それが昨日、
ローズシアターにあったのだ。

光。

音楽は人間にとって光だと想う。
どんだけ長いことやってるんだ。私。
どれだけ時間かかってるんだろう。
こんなにも、この長い時間が必要だったのかしら。
だけど、やっと昨日その光が差し始めたのを感じました。

遅いじゃん。

むっちゃ遅いけれど、この時間が必要だったって事なのか。。私には。

近頃気付いてたの。
英語もピアノも。
この3年間、ちっとも苦しんでなかったな。。。と。

「楽しんでやる」とかよく言うけれどね。
嵐もよく言うけれど、それはほんとに苦しんだ人がやり遂げた後に言える言葉。
結果として、「やり遂げた」ことが楽しいという気持ちに繋がっているだけで、楽しいだけでは何にも成就しない。そんなこと知ってたじゃん。
だけど、私はこのアメリカ生活で苦しまなかった。
だからこんなに時間がかかったんだ。
付き合ってくれたうちのピアノの先生。えらかったわ。爆!

私は、またちゃんとジャズを勉強する時間を持とうと想った。
千里さんが50歳にして、全てを捨ててニューヨークにやってきて
「何が出来るんだろうと想った時、ずっとやりたかったジャズをやりたいと想った。」と選んだように。
私は千里さんの50歳に全然間に合わないだろうけれど、いつかまた、絶対にやりたいと想う。
あ、、もちろん、まだまだ今も諦めてないので、この記事終わったらピアノやりますが。

アメリカに来てすぐに言われたの。
アメリカに「ラストチャンス」という言葉はない。

アメリカは始めようと想った瞬間が
「チャンス」の始まり。

まだまだやれる。。。って想った。
昨日。


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック