日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
感謝です
2011年01月10日 (月) | 編集 |
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「かとりん、ちゃんと隠せてる~~?」(BYはな)
「はなちゃんの下にあるの、パルコの広告やで。北海道新聞より。爆!」(BYみかん)

がんばってや~~~!!(BYかとりん)

初めて買ったのは、たぶん2003年の夏頃の号(号っていうの?)。
Duet.
表紙は嵐君でした。
君ペの潤君がいて、翔ちゃんが肩より長い髪。(爆!)
それから、茶色の尖った頭の二ノ。

5人とも斜に構えて、こっちをにらんでいました。
ジャニーズカレンダーを卒業した嵐。
そして、ついにはアイドル雑誌を卒業するとか。。。

そっか、卒業ってあったんだ。へぇ~。。。知らなかった。
そう思うのは、たぶん私がさきに卒業したからなんだろうな。

私、wink upさん、potetoさん、そしてduetさんの3誌とポポロを、2003年の暮れからず~~~っと、2008年の春まで欠かすことなく買い続けておりました。
それにプラスαの舞台誌(彼らが舞台に出るときね。)。
あとはめ~~~ったに載らない女性誌。KAT-TUNもエイトも載るのに、どうしても嵐って女性誌の表紙とかにならなかったよね。唯一は、、、潤君かな。

アメリカに来るとき、船便は立法で考えられるので段ボールがいくつか余り、、、その中に4年分くらいのアイドル誌のスクラップブックを入れてきた。
こっちに届いたとき、この箱を開けるの、楽しみだったな~。

日本では忙しくてだんだん読まなくなって、忙しいから積んで切り取ってファイルして、積んで切り取ってファイルして、、、そんな繰り返しでした。
こちらに来たら、じっくり読むぞ~って想っていたけれど、結局まだ読んでいない嵐と香取の思い出?

今でこそテレビでも雑誌でも、大人気の嵐。
ニューヨークの日系本屋さんでは、「嵐が表紙だとすぐ売り切れるんです。」ってイケメンアメリカ人に言われるほどです。
コレクションする雑誌の量が増えて、追いつかない、、、って日本のファンの方によく聞きます。

私はもう「一期一会」になっちゃいました。
たまたま訪れる本屋さんで、呼ばれたとき。。。。えぇ、ときどき彼らが
「かとりん、買わないの?」って呼び止めるときがある。。。
そんな時だけ買うようになり、立ち読みもしないし、挨拶程度。爆!
「あ、、、がんばってるね。じゃ、また!」と私も彼らに本屋さんでご挨拶するくらい。

日本の雑誌は超高いので(下手したら10ドル超えます)とても手のでない高価なもの、、、日本から買って送ってもらっていた時代もありましたが、またまたこれ、送料がすごいの。
知らない間に、私はたぶんお先に卒業していました。

そうなんだ。
卒業ってあるんだね。

想えば、二ノ曰くの「2004年の24時間テレビが終わった後、すとんと終わりました。」という時代も、ページ数を減らすことなく、たくさんの取材をしてくださったアイドル誌。
彼らの舞台の取材、彼らのスキーの取材。彼らのタイ式マッサージの取材。。。。今やどんどん時間のなくなっているであろう彼らが、きっとたっぷり時間のあるとき、じっくりと付き合ってくださった雑誌です。

たしかに、嵐に会えるのは「Dの嵐」と雑誌だけ。
そんな時代もありました。
3誌どれを読んでも同じ様なぬる~い内容の時もあったけれど、だけど行けなかったコンサートのMCをとっても丁寧に起こしてくださったり、、、そうそう「おしるこ」憶えてる?
2004年の冬コンの「おしるこ」事件?なんて、もう爆笑しながら読んだよね。
だから、あの頃のコンサートは自分が行っていなくても、なんだか行ったような気分になったものでした。

私が大好きなMAなんかは、どんどんページ数を減らされ、4人だったのが3人になり、一時期は屋良ちゃんのみのページのこともありました。町田さんファンのお友達は、毎月発売されると、ドキドキしながらページをめくるっておっしゃってました。
「今月は町田さん、載ってるかしら。載っていますように!」って。

嵐のことが知りたくて買っていたアイドル誌も、熟読していた時代には、他のユニットやジュニアのこともすっごく詳しくなったな~。
それから、大好きだったラジオの白黒ページ。
あのページに書かれている住所やアドレスに、よくお手紙やメール出していたっけ。
久しぶりに見たduet(でしたっけ?)で、メンバーがラジオを辞めていたことを知ったり、そのコーナーがなくなったことを知ったりして、少しずつ少しずつ彼らを取り巻く環境も変わっていくんだな。。。って、そういうの受け入れることもありました。

たぶん、嵐というグループの「人生」に大きく関わってくださったアイドル誌。
嵐も寂しいだろうし、、、、今大人気の嵐を手放す雑誌社も厳しい気持ちでしょうね。。こっちが切実だ。

表紙になっては喜び、
固い紙のページがいつもKAT-TUNばっかりで、「たまには固い紙のページに載らないかな~。」なんて想っていたこともありました。(わかります?)

何より、
何度も何度も言うのですけれど、
嵐が今ほど売れていない時代も、ページ数を減らさず同じスタンスでずっとずっと取材を続けてくださって
そして、
私達に「嵐」を届けてくださったアイドル誌さん、スタッフさん達に心からの感謝です。

その卒業は見ることはできないけれど、
私が最後に買ったのは3誌。
去年の10周年コンで帰国したとき。
10周年だったから3誌とも表紙は嵐。
そして、
たくさんの後輩や先輩からのメッセージ。
それから、嵐の思い出のページがたくさん載っていた記憶があります。
(日本に置いて帰ってきたので、記憶が定かじゃない)

そこが、私の卒業だったかな。

相葉ちゃんが「始まったら終わりがあるのが寂しい。」って前に言っていたけれど、この人気のさなかにすかっと「卒業」っていうのも、うん、なんだか清々しくていいのかも。
どんどん忘れられていったり、ページが減っていくジュニアのこと何人か見てるから、だから、嵐は幸せだよね。
うん、すごく幸せだと想う。
そして、彼らを撮り続け、伝え続け
育ててくださった雑誌社さんもきっと、嵐を誇りに思ってくださっていることでしょう。

うん、だから、幸せな卒業。
これはHAPPY ENDなのだ。うん。
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