日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
二筋の光 9.11.2010
2010年09月13日 (月) | 編集 |
今年は3年目なので、9月11日にワールドトレードセンターに行きたいと思っていました。

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せめてもの想い、
お花を持って行きました。
このフェンスにお花をさすことを許してくれた、ニューヨーク市警のお兄ちゃん。
ありがとう。
この日に、このWTC近くに入ることができるのか、その傍の地下鉄の駅に降りることができるのか、、、ちょっと心配だったので、お友達とひとつ手前の駅で待ち合わせ。

そこにはもう、デモ隊の大きなアナウンスの声が響き渡っていました。

ワールドトレードセンターというのは、その広大さをいちばん感じるのは、ひとつ前の駅に降りても遠回りして歩いていても、そこがワールドトレードセンターだってわかる。
遠くからでも見えるクレーン。
そこだけぽっかりと抜け落ちたような空間。

だけど、この日はたくさんのデモ隊の声が響き渡っていて、その声の方に向かえばそこがワールドトレードセンターでした。
何枚か写真を撮らせてもらったけれど、これでいいのかな。。。私はこれでいいのか?って思うような、カメラを持った人達の多さ。
ここにカメラを向ける人はいつだって多いけれど、きっと私もそのひとり。
申し訳ないような気持ちでいっぱいでした。ここにカメラを向ける意味ってあるのかしら、、、って思いつつ「ごめんなさい。写真を撮らせてくださいね。」と心で言いながら取らせてもらいました。

この日は、遺族の方達しかグラウンドゼロに入ることはできず、去年はお祈りに行けた消防署のストリートも閉鎖されていました。遠くの方から、ニューヨーク市警の厳戒態勢。
私、このNYPDって超こわい。。。てゆうか、アメリカの警察はほんとこわいといつも思っているの。アメリカの方達は結構気楽に彼らに話しかけたりしているけれど、どう考えても威圧感ありすぎ。

この日は、イスラム教のモスク建設反対派と賛成派のデモがここでぶつかるということで、NYPDの数が半端なく多かったですし、ただの通行人である私達もしょっちゅう閉鎖される道を縫うように、現場に近づきました。

ここに来るときは、お花を一輪。
いつもそう思ってくるので、今回もなんとかお花を、、、って思いました。
だけど、傍に近づくことができないので私とお友達は、どうしようかな。。。とウロウロしていました。できれば、その傍に、、、と。

WTCを見渡せるフェンスに、幾本かのお花がお供えしてありました。実は私とお友達は去年もその辺りに、お花を置かせてもらったのです。でも、ポリスが絶対にそこに入らせないようにしている。まさに「蹴散らす」って感じでね。。。

その中のひとり、、、ちょっと若いポリスに
「お願い、あそこにお花だけお供えさせて。」ってお願いしてみる。だめだろうな。。。って想いながら。
すると、彼は
「ものすごく急いでやってきて。他の人が来ちゃうからね。」って言って私達が道を渡れるようにしてくれた。
感謝です。
いつも、こういうところで警備している人達って「心ないな~。」って思うこともあるんだけれど、彼がちゃんと心に余裕をもっていて、私達の小さな小さな想いをわかってくれたことにとても感動しました。

それにしても、それぞれのグループの声が響き渡るこの場所、まるでお祭りのようになっているこの場所。
遺族の方達はこの騒々しい場所に、どんな想いを持たれているのかしら。
亡くなった方達の魂は、、、と思うと、胸が痛いです。もちろん、私だってそこに行っているわけだし。

それに、ここはもう戦う場所になってはいけないと思う。
「イスラムのやつらを探せ」みたいなプレートを持っている人を見つけた。
なんて恐ろしいこと。
ここがテロに遭ったことは許すべき事ではない最大のことです。だけど、それを理由に、この場所で人々が喧嘩すること、人が人を排除しようとすること、、被害者の方達の誰がそんなことを今望んでいることでしょうか。
ここがそういう場所になってはいけない。
だからこそ、ここが平和の象徴であってほしい。
広島の平和公園のようにね。

先週の「週刊ニューヨーク生活」(こちらのフリー紙です。)に大江千里さんが書いていらっしゃいました。

何年か前に、彼がまだ日本に居た頃、このテロの被害者の方を取材されたそうです。
亡くなられたお嬢さんの母親と、そのフィアンセのおふたりに。
その朝、お母さんはいつも通り2階で出勤の準備をするお嬢さんの忙しく動く物音を聞き、バタバタと階段を下りてくる足音を聞いて、「行ってくるね。」って言う彼女に特別な言葉もかけずに、いつものように見送ったそうです。
今日の夜は、いつも通り彼女が戻ってきて家族で夕食を食べる。その夜はいつも通りの夜になることになんの疑いも持たずに。
こんなことになるのなら、どうしてあの日、娘を行かせたのか。
どうして、最後に何か言葉をかけてあげなかったのか。
お母さんもフィアンセも、ただ、彼女が素晴らしい女性で、その笑顔が周りの誰もを幸せにした、、という
ことを語られたそうです。今でもお嬢さんの魂を身体いっぱいに抱きしめて生きていらっしゃる姿だったそうです。
そして、決しておふたりは加害者を責める言葉を話されなかったそうです。

そのおふたりの話を聞いて、外に出て、、、千里さんはスタッフさん達と長い間に何も話もできず、ストリートにただ佇んだそうです。

もう、加害者を憎むだけでは何も生まれないんだ、、、。
だから、この「モスク建設」を巡っての小競り合いは、なんて愚かなことかしら。。。
そして、この場所でその様子を見なければならないなんて、このセレモニーに参加されたご遺族の方達は、一体どんな気持ちでこの通りを歩かれたことか。
なんだか悲しくなります。

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今も、こんな空間が広がります。

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それでも、少しずつ生まれ変わろうとしています。だけど、ここにこんなに高いビルは必要なのかしら?
私のお友達が言っていました。その通りだと思う。

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天高く登っていく白い風船、見えますか?
ブルックリンブリッジの上を飛んで行く、無数の白い風船。
ひとつひとつメッセージがついている。
ブルックリンから、たくさんの風船が飛ばされていきました。

それから、夜。
私は初めてTribute in Lightを見ました。
WYCが建っていた場所から空に向けて、二筋の光が送られます。
まっすぐに高い夜空に向けての強い光です。

毎年、9月11日の日暮れから12日の夜明けまで。
私はそれを帰りのバスで初めて見ました。

この日は、驚くほどの快晴の空で、その光の筋が美しくくっきりと見えました。

アメリカにいても
そして、日本に帰っても
9月11日のことは忘れない。

世界の平和を祈る日。




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