日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
そしてまた。
2010年09月10日 (金) | 編集 |
そして、また9月11日がやってきます。
今、ちょっと去年の日記を読んでみた。

今年の9月11日。
明日、
私のアメリカ生活3年目の9月11日、
あの同時多発テロの標的となったニューヨークに行ってこようと思っています。
ワールドトレードセンターから2ブロックのところに、イスラム教の寺院モスクが立てられる計画があります。
この計画に、賛同し許可を出したのはニューヨーク市長。
彼は、ユダヤ人だそうです。

でも、激しい反対運動が起きています。
まず反対されたのは、あのテロリズムの被害者の遺族の方達。
それはとてもよくわかる。
今でこそ、あのだだっ広い工事現場が当たり前のような風景になっているのかもしれない。
だけど、その場所はとてもデリケートな場所で、多くの人の想いが残る場所であることはずっと変わらないはずです。

被害者の方達が「ここに建てるのだけは辞めて欲しい」と講義される、その気持ちはわかる。
だけど、
「ここが悪の巣窟になる。」とか「イスラム教徒は出て行け」というような彼らの言葉を聞くのは、本当に見ていて心が痛くなってきます。そういう言葉を人に投げつける人達ではなかったはずなのにと思ってしまいます。

しかもあるキリスト教団体は
「9月11日はコーランを燃やす日」(現在、計画を中止したと報道されています。)
とネットで宣伝し、そのばかげた考えに賛同した人が1万人もいるとか。
コーランは、イスラム教の教典です。偶像崇拝をしないモスリムにとって、何よりも大切なもの。
そのコーランを読むことが彼らの日課であり、1日に5回コーランにそってお祈りをするのです。

その大切なコーランを、公衆の面前で燃やそうというこの計画。
「クリスタルナハト」が頭をよぎりました。
ナチスが「クリスタルナハト」と今でも歴史に残る恐ろしい事をやってのけた夜。
ユダヤ人のお店の硝子を割り、ユダヤ人の有識者の書いた書物を積み上げ、公衆の面前で燃やした。

第二次世界大戦で、ユダヤ人を解放して日本に原爆を落として、この戦争を終わらせたことを今でも誇りにしている人達のやることなの?これが。

しかも、その団体の声明に対してアメリカ軍が言ってる言葉が、私は気に入らん。
「そんなことをしたら、アフガニスタンにいる米兵が危険にさらされる。」
。。。って、なんだそれ?
そういうことじゃないだろう。。。いや、それってなんか短絡的じゃないの?って思う。

こちらのテレビでは、アメリカに住むモスリムの方達がひとりひとり「私達もアメリカ国民のひとりです。」と話す映像も放送されています。

人間が脅威を感じるものって「理解できないもの」だと思うの。
よく知らないもの、よくわからないものって恐いでしょう。
もちろん、タリバンはテロだと思う。これは事実、彼らが同時多発テロの時に声明を出しているわけですから、彼らはテロ集団だと思います。
そして、あの日の9月11日のことは、許されないひどいこと。恐ろしい事だと思う。二度とあってはならないこと。

だけど、モスク建設を理由にアメリカ各地で起こっている「イスラム教徒を排除しよう」というキャンペーンは別物で、話をすり替えているように感じてならないです。

昨日、こちらではNHKさんのある番組が放送されました。
今年の8月6日に放送されたもので、現在の広島の平和公園が原爆を落とされる前はどんな様子だったのか、、、これをCGにしていくというもので、当時そこにあった繁華街がどのようなものだったのか、実際に住んでいた方から聞き取りをしながら番組は進められていくのです。

原爆が投下された直後、賑やかだった広島の繁華街は音を無くしたといいます。
作られたCGの中では、お店で働く人の音、お買い物をする人達の声、走る車の音なんかも入れられていました。

被爆された方達が、当時の思い出を楽しそうに話されます。
ここにはレストランがあって、ときどきお父さんに連れて行ってもらったこと。お家は散髪屋さんだったこと。駄菓子屋さんがあったこと。お店の前の道路でメンコをしたこと。成人式の着物を買いに行ったこと。。。
CGは彼らの言葉をもとに、見事に昔懐かしい広島の街を再現します。

でも、最後に被爆された女性がおっしゃいます。
「このCGが昔のままの広島を再現していますか?と聞かれると、私にはそうは思えないです。まったく違います。ここには私の家族も友達もいません。」って。

そして、
「戦争では何にも解決ができない。
 広島に原爆を落としたことで、この戦争が終わったと言われますが、私にはそうは思えない。
 そう広島市民に思わせるなんて、それは本当にむごいことです。」
そう、別な方がおっしゃいます。

「広島に原爆さえ落ちなければ、いつもそう思います。あの日、原爆さえ落ちていなければ。
 戦争は終わったと言いますが、私達にはまだ終わっていないのです。」

私がここに書くことなんて、ただの「感想」にすぎないです。

でも、やっぱり私には懐かしい中東の優しくて敬虔なモスリムの方達の姿しか思い浮かばない。
宗教もなんにももたない私だけど、
どうか憎み合わないでと願うだけです。

明日は、私のアメリカ生活3年目の9月11日。
去年はこの日にニューヨークシティに入ることに躊躇しましたが、今年は行ってこようと思っています。

9月11日。
世界の平和を願う日。
アメリカにとって大切な日。
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