日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
メキシコサイコー!
2010年08月15日 (日) | 編集 |
昨日の夜中に帰ってきましたが、アトランタの空港で「アメリカの洗礼」を受けました。

いや~~。。。すっかり気を抜いていました。
ここ、アメリカだった。
ニューヨークから、COZUMEL島に行くには幾つかのエアラインが通っていますが、私はデルタで行ったのでアトランタというところで乗り換えでした。

行きは、ニューヨークで全行程のチェックインと荷物もそのまんまCOZUMELに行くことになっていました。もちろん、その時点で出国手続きもしちゃうわけです。
でも、帰りはちょっと変則的で、入国をアトランタでするので荷物は一度ピックアップをし、その場でもう一度預けけ直すのです。これがね。。。とても私にとっては不可解でして。
じゃぁ、チェックインカウンターにもう一度行って、チェックインし直すの?と何度も聞くんだけれど、いや荷物だけドロップして。。と言われまして、まぁアトランタに到着。

その時点で私達DUTY FREEで買い物してるわけですよ。例の透明な袋に入れられるようなものをね。

それで、アトランタでパスポートコントロール通って、荷物をピックアップしたのね。
そして、それをもう一度預ける場所もちゃんと教えてもらって、なるほど、、そういうことか、、、と納得したのですが、そのときおばさんに言われたんです。
「そのリカーはスーツケースに入れて。」と。
そっか、イメージとしては海外で買い物をすると、そのまんま丸出しで免税店のものって飛行機に乗せるイメージなんだけれど、ここからは国内移動だからそれはできないのか?
なんか今ひとつ理解できないまんま。
私のスーツケースにがんばって2箱いれたんだけれど、入らないので手荷物として機内に持って行く小さいスーツケースに最後の1箱を入れました。
まぁ、それがそもそも大間違いでした。

今回の香取の荷物は、でっかいスーツケース(預けちゃう)と小さいスーツケース(なんせダイビングの道具が多いので、スーツケースはいつもふたつになります。)それから手持ちのバッグにパソコンケース。
頭の中で小さいスーツケースには何ミリリットルの化粧水しか入れちゃ駄目だ。。。とか思ってて、ジップロックに分けて入れてるくせに、それに入れました。酒一本。

そして、私達は靴まで脱いで最後のチェックを受けに。
荷物は全部ベルトに乗って先に行き、、、ええ、靴も。
自分がいよいよ、あのセンサーの下を通ろうとしたとき、でっかい黒人のおっちゃんが
「これは、誰のだ~~!!」と私のスーツケースをもって戻って行きました。
もう、自分も通り過ぎてるのに。。。

まぁ状況はよく飲み込めなかったんですが、スーツケースに酒入ってるから、リチェックしてこいってことでした。外へ出ろ~~~!!って感じでした。黒人おっちゃんは、超恐いっつうの。

でも、あのセンサー通ってから戻るってむずかしいの。
だって、そこをチェックしてる人が戻してくれない上に、自分の他の荷物は全部先に行ってるし、、、どうすんねん!って感じになりました。
しかも、今想えば状況を把握できるんだけれど、その時は何を言われてるのかわかんなかったわけだな。
英語って、わからないって想ったら、もうとことんわからないのさ。

とりあえず、センサーのところのおじさんは戻るなっていうし、奥でスーツケースもった黒人おっちゃんは、戻れっていうし、、、、

で、、、なんとかかんとか戻りました。
何していいのかわかんないので、デルタのカウンターに行ったら、落ち着いたおばさまが
「リチェックね。オッケーよ~。」と札を貼ってくれました。
それから、また、そのスーツケースをベルトコンベアみたいなところに持ってったら、そこはもうスーツケースの嵐になっていた。
こんなところに置いて無事に本当にニューヨークまで着くのか?
全く想像も付かないし信頼もできない場面に遭遇でした。
それでも、スーツケースを運んでる黒人のおっちゃん達に無理矢理渡して、またセンサーのところへ。
戻ってみると長蛇の列で、私はパスポートとエアチケットしか持ってないしね。

そのうち、超むかついてきました。
ちきしょ~。私の酒じゃね~し、これ、、、持たされただけだし、、とかね。
むかつきながらやっとのこと、ゲートの方に行きましたが、「あ、、終わったの?」みたいな家族にさらに超むかついてきたりね。爆!

でもまぁ、クールダウンしてよく考えてみると、私、、、メキシコで買った蜂蜜リキュールあのスーツケースに、タオルにくるんで入れてました。
結局、いずれにしても私はあの場所で捕まってたってことね。。。と納得したけれど、
いやいや、旅というのは色々ありますな。

これがさ、日本だったら絶対あんな言い方しないよな~とか、すぐ想っちゃうよね。
ああいう、なんていうの、、、むっちゃ怒ったりしないでしょうよ。

想えば、メキシコがのんびりしすぎだったな~~。。。
海見て泳いで、寝て、海見て、、、泳いで寝て。。みたいな人が、急に都会に行ったら、そりゃおどろきだよな。

それにしても、アトランタはニューヨーク以上に、アフリカンアメリカン率が高かった。
よく考えたら、アトランタって、、、そうか。
「風と共に去りぬ」の舞台だよね。つまり、ここいらは南部ってことなのか。。。(すみません、想像のみで話しています。)

アトランタっていうと思い出す。
2004年のアトランタオリンピック。
オリンピックのせいで24時間テレビの始まりが、8時か9時だったの、1時間以上の遅れて10時過ぎて始まったのかな。
その間、嵐の5人は当然まだ登場せず、徳光さんの解説で大きなスクリーンでオリンピックの野球の試合を見ていました。あ、、、武道館でのことです。
あの日、嵐君が武道館の色々な方向から飛び出してきた姿を今でも覚えている。
黄色いTシャツ姿で。
誰だったろう。。。武道館の一番奥の扉から駆けてきたのは。

その日の最初のお話は、松井選手が応援している身体の不自由な少年。
彼が松井とキャッチボールをしに、ヤンキースタジアムに行くんだ。
そんな映像を見ていました。
その数年後に自分がヤンキースタジアムに通うことも、松井の応援に何度もそこへ行くことも全くその頃は想像もしなかったな~。

そんなことを、夕暮れのアトランタ空港で考えていました。

今回、初めて、、、夜のマンハッタンを上空から見ました。
手が届くくらいのエンパイア、クライスラービルが見えて、ふと、9,11の乗客の方達もこんな風に最後のマンハッタンを見たのかなって想った。もちろん、あれは朝だったけれど。
なんだか映画のような風景でした。

そんなアメリカ。
私には、サイズの合わない靴みたいなところなんだな。。。いつまでもね。
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