日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
Teaching is Learning
2010年06月25日 (金) | 編集 |
今朝の私のカード。
時間のあるときは、英語のも日本語のも両方引いて読むのですが、急いでるときは日本語カードのみ、、、
それで、今日のカードは「Teaching is Learning」

教えることは、学ぶこと。

そのとおり!!と言いたくなります。

1945年6月23日に沖縄戦の組織的戦闘が終結したことにちなんで、琉球政府及び沖縄県が定めた記念日である。復帰前は、住民の祝祭日に関する立法(1961年立法第85号)に基づく公休日とされた。
(ふろ~む Wikipedia)
先日のZEROで、翔ちゃんが沖縄戦のことをリポートしたと聞きました。
ちょうどその数日前から、私と日本の嵐友ちゃんで、ずっと沖縄のことについてメールのやり取りをしていました。

なぜそうなったのか、、、は忘れちゃったのですが、ふたりとも「沖縄病」で、、私は一時期1年に3度も北海道から沖縄に行っていたことがありました。
たぶん、そんな話とそれからスピリチュアルな話。。。
あ、、そうそう、私は戦争の話題になるとどうしようもなくそのことを知りたくなる。
それは、ナチスドイツがやった民族浄化についてもずっとちょこちょこ調べ続けていて、もちろん太平洋戦争についてもず~っとず~~っと考え続けている気がする、、、ということ。
それから、私はこの世の中に「差別」があるということに、どうしても反応してしまうんだよね。。。なんていう話をしていました。

関西には同和教育というお勉強があって、私達は小さいときから同和地区の人達のこと、在日コリアンの方達のこと、それから沖縄の方達のこと、、、ずっとお勉強していたし、大人になってからはやっぱりそれに加え、水俣病の事も私のどうしても知りたいことのひとつだった。。。そんな話をしていたのでした。

ついでに言いますと、私は沖縄へはダイビングをしに行くことが多かったのですが、そのとき座間味島でものすごいおもしろい写真を撮っちゃったのです。そっち系の方に言わせると
「かとりん、いっぱい映ってるね~~。。。でも、みんな嬉しそうにしてるよね?」ってことです。
海に浮かんだボートの上から座間味の白い砂浜を撮ったの。ものすごく海の青と砂浜の白が美しくて。
そしたら、あとでお天気だったはずだし、ちゃんとハウジングのついたデジカメで撮ってるのに、なんだか海の中にたくさん雲が浮かんでいるみたいな写真でね。
でも、海がほんと美しくてみんなに見せてたら、だんだんその雲がね。。。見えてくるんだな~。

まぁそんな話をしていました。
座間味島は、アメリカ軍の艦砲射撃を真っ先に受けた島。
そして、私はなぜその島にダイビングしに行ったか。
それは、その海の底に信管の抜けていない大きな大きな砲弾が眠っているから。
もう60年以上前から、その砲弾は座間味島を狙って、だけどそこに到達することなくずっと海の中で眠り続けているのです。

そんな話を何度もメールで話していて、知らない間にその日を迎えてた。
6月23日。
こんな風に忘れちゃうなんて全然だめなんだけれど、だけど、なんだか誰かが知らせてくれたとしか思えない。

私は、6年生を担任したある年、学芸会のシナリオを書くことになりました。
6年生は「劇」をやることになっていました。
6年生は社会科で歴史のお勉強をします。小学校生活の中でたった一度だけ、戦争について向き合うことができる時間です。私は小学校生活最後の学芸会は「戦争」をテーマにと思っていました。

教科書をぱらぱらめくっていたとき、広島や長崎のことはよく知っているのに、自分があまり沖縄のことを知らないということに気づきました。
テーマは沖縄にしようかな、、、と思っているとき、小学校の図書室の天井近くに、ホコリまみれになった大きな写真集「沖縄戦」を見つけました。
夏休みの図書室で、その写真集のページをめくり、、そして初めて知りました。
その惨状を。
そして、自分が沖縄のことを全然知らなかったことも。

それから、色々な本を読んだかな。。。
図書館で「おきなわ島の声 ぬちどぅたから」(丸木 俊丸木 位里著)を見つけたとき、私は「真実」を知りたいと思いました。

私達の国に何があったのか。
私達が生まれる前に、私達の国「日本」は一体何をしたのか、誰にどんなことをしたのか
ほんとのことを知りたいと思いました。
そして、目の前にいる6年生の子供達と一緒に、その「恐ろしい事」に向き合いたいと思いました。

劇の題材として参考にさせてもらったのが(ほとんどパクリと言われていたが、、、)私が小学校の先生としても大尊敬していた故灰谷健次郎氏の「太陽の子」でした。

この本は、神戸で育つ6年生の女の子「ふぅちゃん」が、沖縄地上戦の中を生きたお父さんと向き合うことで、沖縄戦について自ら調べ学んでいく、、、という物語です。
灰谷先生は、大阪の小学校の先生でしたがおやめになってから、淡路島、そして沖縄は波照間島に住まれます。そこで温かな沖縄の人達に助けられ支えてもらいながら、その優しさの向こう側にあるむごい歴史に向き合われこの作品を世に送り出します。

この物語(児童文学です)の中には私が写真集「沖縄戦」の中でみたものが全て描かれていて、それはもう、、、読み進めるのが苦しかった。それでも、なんとかシナリオを書き上げたいと読み進めていく、、、その作業は、自分の身体を切り刻むような、、、そんな気がしました。
読んでいる私がそうなのですから、書かれた灰谷先生は、、、そして、彼に語った多くの沖縄の方達の心を思うと、それはもう私達の想像をはるかに超えること。

6年生の子供達は、「先生、もう戦争のことばっかり~~~。。こわい~。」って言って、そして泣きながら劇を演じてくれました。
今でも忘れない。
最後に主人公の女の子が「アンマーーー!!(お母さん)」と叫びながら壕を出て行くとき、その役をやっていた女の子の目からいくつもいくつも涙がこぼれ、その涙が体育館の床に音をたてて落ちたこと。

だけど、そのあと、私はず~っと長い間、沖縄のことをあんまり考えなくなりました。
なぜなら、辛かったから。
子供達と太平洋戦争のお勉強をしているある日「あれ??」って思ったの。
「あ、、、子供達が調べるのこの本参考になるわ。」と本屋さんで本を見つけて、それを取ろうと伸ばした手が異様に震えて、どうしても本が取れないの。。。
うわ、、、私、やり過ぎたわ。。。
そのとき初めて気付いて、それ以来、実は「太陽の子」も開くことがなかったです。

だけど、沖縄には何度も行きました。
だって、沖縄には強さがある。
あんなにむごたらしい歴史を、その静かな島がぎゅっとにぎっているはずなのに、人はみんな優しくてものすごく元気があって、そして太陽のように明るい。
その逞しさとしたたかさ。
琉球の世、大和の世、そしてアメリカの世を越えて、今また日本に戻り、
あの日、トカゲのしっぽのように日本軍に切り捨てられ、沖縄の人だけで島を守ったように
今また政治の道具にされる。
だけど、そんな苦悩といつも隣り合わせにいるのに、沖縄の人はものすごく逞しい。

ある年、沖縄に行ったときちょうどエイサーの最中でした。
エイサーを踊る沖縄の若い人を見たとき、私は子供達にこれからはこのことを伝えていきたいなって思った。
歴史に翻弄されて生き続けていても、それでも心の中にいつも太陽をもって生きる逞しさを、私達は沖縄の人達から学ぶべきだって思ったから。

さて、長々書いてて「かとりん、何が言いたいかわからん~。」って思われそうです。
いっぱい想いがあるのに、とりとめなく色々な事が心に湧いてきて、うまく順序立てて書けないや。

「教えることは、学ぶこと」

今朝引いたカードを見ながら、ほんとにそうだな、、、って思う。
私は子供達に伝えたくていっぱい自分もお勉強した。
調べたことは全部子供達に伝えてたし、子供達が泣きながら調べたことも、しっかり受け取った。
そして、その「大切な時間」は全部「自分のもの」になったんだって、今思う。
願わくば、、
子供達の心にもほんのちょっと残っていて欲しい。

あの子達は今、たぶん25,6歳。
もし嵐のファンの子がいて、翔ちゃんのZEROを見たのなら、あぁ昔いっぱいお勉強したことあったんだって思い出して欲しい。
そして、やっぱり私達は自分自身に対しても
それから
私達の国「日本」がしてきたことに目を背けてはいけなくて、
「なかったこと」にしたり「忘れる」なんて絶対してはいけないんだ。

いつも、よく書かせてもらうけれど
「過去に向き合わない人間に、未来はない。」
私はそう思います。

まだ見てないのね。。。そのZERO。爆!
見ないでこんだけ記事書く私もなんだか意味不明なんだけれどさ。

翔ちゃんは素晴らしい子だと思う。
真摯に向き合うその態度は、やろうと思ってできることじゃないし、人って年を取れば取るほど「この人は私の言うことをわかってくれる。」って感じるもの。
それをたぶん、彼は瞬時に相手の人に伝えているんだと思う。
その佇まい、その姿勢で。
だから、多くの戦争の証人達が、彼に向かって話す。それはほんとに辛いことだと思うんだ。だって、もう一度体験するってことでしょう。だけど、翔ちゃんに話してくださる。

彼はよく「何も言葉を発しないことで伝えられることがある。」って言うでしょう。
驚いたり、その話を聞きながら自分も想像し体験し、その人の心に添おうとすること、
彼はきっとそれでいいんだと思う。
じゃなくて、翔ちゃんは
それが、いいんだと思う。

で、、、なんで沖縄の話を友達としていたかというと、、、「こんなに戦争が気になるのは、前世なんだったんだろう?」っていうスピリチュアルな話題でした。
そんな私は、彼女に「太陽の子」を読め読めと進め、買わせて。。。
私も10年ぶりに読み始めました。

お友達も一緒に今読んでる、一緒に戦ってるって思うと、ちょっと勇気が出ました。
コメント
この記事へのコメント
こんばんは。
昔(20年近く前)祖父母と沖縄に旅行に行きました。いいお天気で海も真っ青で慰霊碑が立ち並ぶところは、芝生の緑が綺麗で…本当に美しすぎて悲しかったのを覚えています。
こんな綺麗な海に戦艦が並んでたのか…と思うとたまりませんでした。
戦争体験者の祖父母と一緒だったのも大きかったです。
国内にいながら、ZEROは見逃しました(爆)後悔しています。
娘にも、夏休みに何か戦争の本を読ませようと思います。
でも、曾祖母に語ってもらうのがいいでしょうか。大切に伝えていきたいです。
2010/06/25(Fri) 22:21 | URL  | のんのん #-[ 編集]
教える事は学ぶこと
確かにそうですね。香取さんは、教員という職業柄、教えた分、沢山、学ばれたのではないでしょうか?
私も、香取さんに沢山の事を教えて頂いています。
今回の沖縄戦、翔ちゃんが取材をしてくれた事もきっと意味があると思います。翔ちゃんだからこそ、伝えられた事が沢山あったと思います。

沖縄は、本当に強い。沖縄の方も。あの、とてつもなく綺麗な島には、複雑な辛い歴史があって、私達はまずそれを知らなければならないですよね。

私は情けない事に、沖縄戦がここまで酷い、残酷なものだと思っていなかったです。ですが、今回、翔ちゃんがZEROで取材をしてくれたお陰で、もっと知ろうと思ったんです。なんか、運命的なものを感じます。

慰霊の日は、過ぎましたが、私はこれから、大好きな沖縄の事、それから、戦争の事学んでいきたいと思います。そして、出来るなら、多くの人にその現状を知ってもらいたいと思っています。
2010/06/25(Fri) 23:18 | URL  | いずみん #-[ 編集]
Re: タイトルなし
>のんのんさん
お祖父様お祖母さまが、お話ししてくださったらいいですね~。
うちの母は疎開組なんでものすごい空襲とかを体験していませんが、叔母は大阪大空襲の中をひとりぼっちで逃げた方で、、、戦争の話はいっさいされましせん。
今、英語を習っているユダヤ人おじいちゃんも、口が重いですね。。。

昔、先生をやっているときは、「お年寄りから戦争のお話を聞く」なんて企画をしてボランティアで来ていただいたりしたけれど、、、そういうのって本当はものすごく辛いことを強いていたのではないか、この頃反省しています。

戦争の本ですか。
昔ね、「ふたりのイーダ」っていう松谷みよこさんのお話、、、これは広島の話かな、、そのシリーズをよく自分で読んでいました。「私のアンネフランク」「屋根裏部屋の秘密」(731舞台のこと)、、ちょっと高学年向きだけれど、ものすごい本です。

丸木俊さんと丸木依里さんの「おきなわ島の声 ぬちどぅたから」は熱のある絵本です。夏休み前になるとたくさん本屋さんにも並ぶから、終戦記念日に合わせて読み聞かせしてあげるのもよいかもしれませんね。
あ、、、勝手に本、進めてる~。私。
2010/06/26(Sat) 00:57 | URL  | 香取 #-[ 編集]
Re: 教える事は学ぶこと
>いずみんさん
沖縄に向き合うのは決して楽な道ではなく、相当な覚悟がいるんだろうな。。。って思います。
私は、本屋さんで本が取れないときに、はい、終了~~~って感じになりましたが。

もう戦争を体験されて来た多くの方達は、この世からいなくなられる時代が来ます。
だから、伝えよう、、、と辛いことを思い出しながら話してくださる方が、今いらっしゃるんですよね。

自分にできることは何か、、、ってよく考えます。
今はあんまり何にもできないけれど、また、、そう、、、現場に帰りたいな~ってカード引いて、沖縄のこと思い出しながら思うわけです。
そして、沖縄にも帰りたいって思います。
2010/06/26(Sat) 01:01 | URL  | 香取 #-[ 編集]
「学ぶ」ということ
香取さん いつもながらの深い思いをありがとうございます。

今、訳があって毎日「靖○神社」と「千鳥ヶ淵」近辺を歩いています。いろんなことを、毎日思っています。

娘が小学生の時、よく音読練習につきあわされましたが、「ちいちゃんのかげおくり」というお話の時は、そのたびに私が泣いてしまうので、幼い娘がよく不思議そうに顔を覗き込んでいたことを思い出しました。
香取さんのように、きちんと学ぼうと言う姿勢を私はとってきていない・・。概念だけで「戦争はイヤ」といってないだろうか・・。わが子たちに、きちんと伝えてはいないだろう・・
反省しきりです。
私たちの知らないところで、恐ろしいことがヒタヒタすすんでいる・・気づいたときには手遅れにならないように。
「教育」の力ってこういうところでこそ生かしてほしいと私は思います。そう、反対方向での「教育」にならないように。

「命」にまさるかけがえのないものは何もないのですもの。

教育現場に戻って下さいね!!香取さん。

2010/06/27(Sun) 09:30 | URL  | クレイン #-[ 編集]
もうその通りです!!
>クレインさん
> 私たちの知らないところで、恐ろしいことがヒタヒタすすんでいる・・気づいたときには手遅れにならないように。
> 「教育」の力ってこういうところでこそ生かしてほしいと私は思います。そう、反対方向での「教育」にならないように。

おっしゃるとおりだと思います。
あの戦争の時に、多くの「先生」達が自分のやってきたことを悔い、責めたのだと思います。
「きみがよは絶対に歌わなければだめ」、、、とか「立って歌わなければ駄目」とか、よくわからないけれど
「たいしたことじゃないから、やってしまおう」って思ったら、そこからどんどん坂道を私達は転がり落ちていくような気がします。

ヤンキースタジアムでアメリカ国歌を最初に歌うとき、起立をし脱帽するのが決まりです。アメリカ人の皆さんは、そのことに誇りを持ってやっている。。。
やらないとセキュリティ?に注意されるんですって。
だけど、皆さん、、、自分の国にそんなに誇りを持てるの?って私は思ってしまいます。

ひたひたと私達に近づいている色々な事。。。もし私が日本に戻って現場に帰ることができたら、小さい力だけれど伝えられることは伝えていきたいです。
いつも応援してくださってありがとうございます!!
2010/06/27(Sun) 23:07 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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