日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
そこに、嵐がいた
2010年05月04日 (火) | 編集 |
皆さんから遅れること、約1ヶ月半。
今日、やっと「嵐の宿題君」最終回を見ました。

おっそ~~~。。。
DVD自体はもっと前に頂いていたのに。

お友達のブログに書かれている最終回の内容も、ほとんど読まず、とにかく自分が見てからって思っていました。
小倉さんの言葉で宿題君が「4年間」続いたいうことを知り、あぁそんなに長くやっていたんだと改めて思いました。
初めての嵐ドームコンで、小倉さんが通路を歩いていらっしゃる大きな後ろ姿を拝見したから、そうだ。。そうですよね。もう4年も続いていたんですね~。

なんだか、最終回を見ていてずっと寂しそうだったのは、いちばんに小倉さんかな?と思った。

私の大好きな堤幸彦監督が、ピカンチを撮ってくださっている頃、よくおっしゃっていました。
「僕は嵐に入りたい。」って。
彼らを早くから奇跡の5人組とおっしゃっていた、つつみんのその言葉を思い出しました。
大人でベテランの、嵐からしたら手の届かないくらいの大先輩、小倉さんを招いての最後の深夜枠番組「宿題君」。知らない間に小倉さんに愛されていく嵐の5人。

さて、最終回はパジャマだったんですね~。

私も大好きだった、この深夜枠。
だって、私が嵐オタスタートの頃、嵐が出ていたのは「Dの嵐」それからときどき「ホムンクルス」くらいだったかな~。あ、、、「なま嵐」っていうのね。北海道ではあっという間に終了しちゃったんですよ。それもおどろき。
ある日突然始まり、いきなり終わった。その後は、普通のローカル番組に変わっていたから、よっぽど道民の視聴率悪かったんですね。

「Dの嵐」はなかなかリアルで見ることができなかったから、とにかく録画を忘れないことに命をかけていました。だって、新聞のテレビ欄から「Dの嵐」という文字を探すだけでも、至難の業、、、のような、テレビ欄の一番下の見切れそうな文字。。でしたよね。

だけど、私が初めて行ったコンサートは、この番組の抽選で当たったチケットですからね!ありがたかったです。自分が地方にいることがほんとに。

パジャマで忘れられないのは、やっぱり相葉ちゃんの「イタリアの大砲」か?
なんだか、仕事から帰って録画した番組を見たとき、爆笑したな~。。。自分でも真似してみちゃったりしませんでした?特に誰かお友達が泊まりに来たときなんか。

それから、私が大好きな「催眠術」。
「あなたは、だんだん悲しくなる」って言われても、言われても催眠術にかからない翔ちゃんのよこで、涙を流して泣いている大ちゃん。
そういえば、ホムンクルスでも催眠術の特集になると、必ず大ちゃんが出演していましたね~。
なんとも大ちゃんらしい感じがして、大好きでした。。。

逆回転とか、モグラとか巨大魚とか、この番組枠で東山さんから「24時間テレビ」のチャリティパーソナリティを発表されたことや。。
二ノ嵐、ほっときの館も大好きだった。
ただ、歌っているところやダンスしている彼らを見ているだけでは、彼らのこと知ることはなかったかな。。
彼らの優しさや、彼らの仲良し感、彼らの努力するところや、彼らのとことんやり切るところとかね。

二ノの激しいツッコミ。
相葉ちゃんの独特のあの笑い声。
大ちゃんの才能をたくさんの人に知らしめたこと。
あのかっこいい潤君が、大きな口を開けて笑い転げるところ、それから怒るところも。
そして、
翔ちゃんが「真面目さ」をかなぐり捨てる瞬間。

私にとっては「Dの嵐」からこの番組がず~っと続いていなかったら、知ることのなかったことがいっぱい。


二ノが「そこに、嵐がいた」って言ったけれど、ほんとにそうだな~って思いました。
そして、大ちゃんが「嵐の今の空気感を作った8年」って言ってましたね。

ほんとにそう。
普通に歌やダンスだ、お芝居だけやっていたら、今の嵐はないのかもしれないですね。
いかりや長介さんに褒められて、初めて冠番組をプレゼントされたときから、番組は名前を変えつつも続いていくなかで、「多くの成長」をこの8年間で遂げてきたということですね。

そのどこを切り取っても
そこには確かに、
その時その時の
苦しんだり笑い転げたりしてる「嵐」がいたんだよね。

もう新しい番組も始まって歩き出した嵐。
まだ新しい番組は見ていませんが、新しいスタッフさんに出会うのもきっと彼らにとっては「新しい成長」を手に入れるということなんだと思います。

いつも、よく思い出すんだけれど、
翔ちゃんが、卓球の愛ちゃんだっけ?(ごめんなさい。忘れちゃった)とのインタビューで
「人間は、ひとつの環境に慣れてしまったら、それ以上成長はしない。」
という言葉をもらっていましたね。

まさに、彼らは新しい環境で、もう一踏ん張りして、さらに新しい高いハードルを跳び越えていくんだろうな。
やっと見た最終回。

あ、、、ひとつ気になったのは、二ノがマジックしてるとき腕につけてるパワーストーンっぽいブレスレットを外していたよね。(ぽんっとフトンのうえに置いてあったけど)
あれ何の石かな~。茶色っぽかったけど。
コメント
この記事へのコメント
懐かしい~♪
相葉ちゃんの、イタリアの大砲(爆)
催眠術にかかった智くんもイタリアの大砲やっていましたね(爆)

なんでも催眠術にかかっちゃうんだもん、智くんは。あ~思い出しても、笑いが止まらない!

ほっときの館では、智くんなんでも食べちゃうし(笑)
5人の笑い声いいですね…。凄く良かった!

あの笑い声を聞くと1週間頑張れました。

宿題くん、最終回は、おぐさんが一番寂しそうでしたね…。ニノのマジック見たい、なんて少し甘えて言う小倉さんが、印象的でした。

嵐くんと、一緒にお仕事をした人は、必ず嵐ファンになりますよね。

それだけ彼らが魅力的なんだろうな。

振り返ってばかりじゃ駄目なのは、解っているのですが、あの深夜枠はやっぱり私には特別な時間でした。
でも、新しく成長中の嵐くんにもちゃんと、着いて行きますよ♪
2010/05/04(Tue) 17:31 | URL  | いずみん #-[ 編集]
嵐そのもの
>いずみんさん
あの頃は、夜中の番組を疲れて帰った次の日の夜。
とにかく家に帰るなり見ていました。

そして、その「こっそり感」をお友達に伝えて
「嵐ってね。。。嵐ってね。。。」って話してましたね。
友達が、「ドラマの最終回見逃したからDVDにして。」なんて言ってくると、それに強引に「Dの嵐」とか入れて「見た?見た?」って言っていました。宣教師ですかね。

ブログもやってなかったし、基本的にジャニーズのことをネットで見るのは「できれば避けたい」って思っていたりしたので、ほんとにひとりでこっそり喜んでいた時代。

あ、、、だけど、そうそう。。。
当時は「Dの嵐」サイトで本人達の手書きの日記っていうのがありましたね~。
スタッフさんのものもあって、それはそれは手作り感がありました。
今それで急に思い出したけれど、コンサート中にみんなで大声出して、その大きさを機械で測るの。そして、それが規定量より大きかったら、パスワードをもらって(どうやってもらったかは忘れた。言葉で言われたのかな?メンバーに。)嵐の手書きメッセージがサイトで読めるってのあったな。
それぞれのご当地バージョンがあって、私のプリントアウトしたものにはちゃんと「札幌きたえーる」って書いています。

そして、ここまで書いて思いだした、、さらに。
昨日、夢の中で「きたえーる」の嵐コンに参加していました。
「相葉ちゃん!相葉ちゃん!」って呼んだら、花道にいる相葉ちゃんが
「ごめんね。そこまで行けなくて」って花道で手を振ってくれた。
(しかし、私は最前列にいたんですけれどね)
そして、心の中で「戻ってきたんだね。」って思っている自分がいました。
2010/05/04(Tue) 19:57 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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