日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
ARASHI IS LIFE...と思う。オマケです。
2010年04月12日 (月) | 編集 |
オマケ。
昨日、お友達と(日本は昼間)メールのやり取りしながらDVDを見ていました。

私は、「ARASHI」の前のあのbiographyの部分がとても印象に残っています。
11月15日にあの場面を見たとき(14日は見切れてて見えてなかったのね。)

あぁ10年ってすごいな~って思いました。
もちろん、
「10年前にコンサートに来てくれた人達、今日も見てくれているかな。。。」っていう
あの潤君の声を聞いたときはやっぱりこみ上げるものがありました。
しかし、私は10年選手ではないのだ。

やっぱり、私が「ここだ。。。ここで出会ったんだ。」って思えるのは、ここでも何度も言っているけれどPIKA★★NCHIです。
その文字を見たときはやっぱり胸がいっぱいになったな~。
それから、2008年3月の「アマツカゼ」までは、全ての文字に全部「思い出」が詰まっています。
そのひとつひとつ。
例えば、TRUE WESTのチケットを取ろうって思ったときの気持ち。
もちろん、当時青い封筒できたお知らせの文字までも覚えています。

転勤する年だった。
次の学校の予定がわからなかったけれど、きっと週末はチケット取れないって思って(だって、共演は松岡君だったもの)金曜日マチネに照準を当てた。
だけど、5月の金曜日って遠足になることが多いから、まさか担任持ったら休めないな~。次に行く学校、、、その日が遠足だったらどうしよう。。。そんなこと想いながら取ったっけ。

ウエストサイドの時は、東京で1回、大阪で2回見たっけ。
翔ちゃんのソロコン。大ちゃんの3104コンとか、相葉ちゃんの舞台の文字、潤君のドラマや二ノのハリウッドのこと。4人で出た少年倶楽部プレミアム。
だけど、あのとき、4人になっても全然不安じゃなくて、アメリカから送られてくるゲームニッキを読みながら、どんなお部屋にいるんだろう~とか、きっとなんやかんや言って二ノは英語話せるようになってるだろうなとか考えてた。

そんな風に自分が思ってたひとつひとつ。
嵐のこと思っていた、ひとつひとつの気持ちが甦ってきました。

お友達にメールを打ちながら思い出したのは、PIKA★★NCHIをグローブ座に見に行ったときのこと。
初めての嵐遠征だったら、どきどきしたな~。
チケットは2回分取ったの。
だんちっちは、女の子とふたりのは買えたけれど、ひとりだんちっちは買えなかったな~。
初めてグッズ買いもした。
あの日以来入ったことことないけれど、(フィルフェスで入れたかな)普段は開くことのない地下のスペースでPIKA★★NCHIグッズは売られたの。
どれも欲しくて、全部欲しくて、今でも使ってるけれどPIKA★★NCHIノート。覚えてますか?5冊セットで表に「Life is Hard だからHappy」って書いてあるの。。あのノート、使いづらかったよね。爆!

それから、両手にいっぱいグッズ買ったけれど、何にも袋には入れてくれなくて、仕方なくPIKA★★NCHIトートバッグを買ったの。
思えば、あれが洗礼でした。
あぁ、まずグッズはショッピングバッグから購入っていう順番を知りました。爆!(もしくは、バッグを持参しろ、、、しかし、時折パンフが超でかったりするんだよね。)

それからね。
もうそのポストカード自体何処に行ったか忘れちゃったけれど、あのときPIKA★★NCHIのCD(初回?)を持っていくと、窓口でハンコを押してもらえて、そしてポストカード1枚もらえたの。
覚えていますか?
なんかね。
遠征のバッグにPIKA★★NCHIのCDをよく忘れずに入れて行ったな~って思います。

そういうひとつひとつの彼らの歴史を見ながら、私にもちゃんとひとつひとつの「気持ち」がくっついていて、
なかなかそんなに昔のことって思い出さないでしょう?普段は。
それが彼らと一緒に歩いていると、そういうことも思い出される。
不思議なことだよね。

そういえば潤君が言ってたね。
「ここにいる人はみんな出会った時が違うだろうけれど。」って。

そうだよね。
よく「もっと早く知っていれば。」ってファンの方がおっしゃってる。
私もそう。
当時、2004年の始め。私もそう思っていました。
なんとか追いつこうって必死だった。
だけど、あれが私と嵐のタイミング。

そうだ。。。そうそう
翔ちゃんかな
もし10年前からやり直せるとしても、僕ら同じ道を歩くと思うって。
彼がそう言ったとき、私も思った。
私があの時、きっともう、こうだからとかああだからとかっていう小さい理由じゃなくて「嵐」が大好きになったのは、あれがタイミングだったんだって。

嵐の存在は、誰だってデビューの時から知ってる。
私なんて当時、日本にいなかったけれどインターネットや雑誌で知ってた。
だけど、自分がエネルギーを使って彼らに会おうとはしなかった。彼らを知ろうとはしなかった。
それは、そういうストーリーが元からあったんだということだと思う。

昨日真夜中、別なお友達と電話で話していて、その彼女は今はpちゃん担だけど、学生時代はずっと東京でSMAPの追っかけをしてたんだって。
慎吾ちゃんはちゃんと出待ちの人達に挨拶したり、握手もしたっていうこの間の舞台の話をふたりでしながら、

「やっぱり、ずっとファンでいられる人と一緒にいたいよね。」

そう話した。
彼女は、「SMAPもやっと戻ってきてくれたんだ。」って言った。
「うん、だから、私も待ってるんだ。。」って私は彼女に言った。

いつか、嵐がここに戻ってきてくれるまで。
それでも、ずっと一緒にいるんだけれどね。
小さい背中を見ながらさ。
コメント
この記事へのコメント
タイミング
本当にそうですね。
嵐と出会ったタイミングは、皆さん違いますよね。
私みたいな、新米ファンは、出会った時期を話すのも恥ずかしいのですが、でも、やっぱりタイミングでした。そして、それは決して偶然じゃない、必然だったと思います。私には、嵐が必要だったのです。
もちろん、もっと早く出会いたかったと悔やむ事も沢山あります。
でも、やっぱり自分には、このタイミングだったんです。
今回のコンは、十周年という事もあって、嵐ばかりじゃなく、私たちファンも振り返る事が多い構成になっていましたよね。十年間、追いかけてきた先輩達は、本当に特別な想いだったでしょうね。そして、十周年コンからデビューした嵐ファンの方々も記念すべき、スタートになったでしょうね。
香取さんを始め、大先輩の嵐ファンの方は、私を含め新米嵐ファンに沢山の思い出話をして下さる。それは、本当に有り難い事です。そして、そうやって、嵐がきっかけとなり、コミュニケーションをとらせて頂ける。これは、本当に素敵な事です。でも、この奇跡の糸は、タイミングが違ったら、繋がらなかったかもしれない。そんな風に思いました。熱いわりには、支離滅裂な文章になってしまいました(爆)申し訳ございませんっ!
2010/04/12(Mon) 20:36 | URL  | いずみん #-[ 編集]
思い出話
>いずみんさん
思い出話ははっきり言って、うざいときもあるけどね~。いつもありがとう。

10周年。
SMAPのときの10周年も覚えてる。
キンキのときは、ちょうど嵐コンの日だったから、お友達(キンキコンでジュニアの潤君に一目惚れした人)と乾杯した。
それぞれのユニットが大切にする、その瞬間。その日。その年。

これから嵐に続く色々なユニットも、嵐みたいに幸せに笑顔でその日を迎えられるといいなって思います。まぁ、何様って感じになってきましたけれどね。

新しい歴史を刻む年、またスタートの年でもある2010年か~。なんかすごいな~。そして遠いところにいるな~。私。爆!
ということで、いただいたコメントと私のメールが、ものすごいタイミングで行き来したのがおどろきんぐでしたね~。
2010/04/12(Mon) 22:18 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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