日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
今更ながら。。。
2010年03月10日 (水) | 編集 |
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「きゃ~ありがとう!かとりん」(byなまけ女子)

今日はイケメンアメリカ男子はいなかったが、、、ピクトアップをゲットしました。
今更。。。って感じもする上、こりゃ手に入らないのか?っていうくらい連絡が来なかったので、日本のお友達にも頼んでしまい、、、ピクトアップ集合って感じになりそうです。

帰りの電車で、またじっくり読みながら帰ってきました。
「変わらない」「変わらない」と言い続ける彼らの対談を読んでいて、色々思いました。

「いざっNOW!」の頃から、テーマを決めてコンサートを作ってきたって潤君が言っていますね。
へぇ、そうだったのか~と思う。
私が初めて参戦したコンサートです。
2004年。
ふ~ん、そうだったのか。。。そうなのか。。。としつこいけれど、当時のテーマってなんだったんだろう。

2005年は?なに?「ONE」か。。。あの幻のDVDなしのやつか。

私、ONEだったかな?
そのときの潤君の言葉が忘れられないんですよ。
彼ね、今でこそほんとに素敵なご挨拶をするようになったと思うのですが、当時ね。コンサートの最後に
「おまえら、こんなんでちゃんと楽しんだって言えるんですか~~~~!!本当に楽しんだんですか~~~!!」みたいな、なんていうの、、、煽る感じ?
もっと声援よこせよ。きたえーる!って感じの発言があってね。

ふとね。
ゆうても、うちら年上やん?相当・・・。
「そんなん、、、あんたにゆわれても。。。」とか、従姉妹と顔を見合わせた記憶があります。
なんかこの子上から目線やね。。。って。

そして2006年ARASHIC?(爆!よく覚えてなくて、どうしても疑問形になるのはなんだ。)
私、ARASHICといえば、すっごい覚えているのが翔ちゃんのラップね。
あのCOOL&SOULのラップ。
5人が映像で映し出されて「バラエティでもお仕事をいただきました。」とか答えた後に、記者会見場から飛び降りて。。。っていうあの歌のラップ。(しつこい)

彼はね。たぶんコンサート会場ではちょっと変えてラップを言ったりしていた。。。もしくは、私がそのとき初めてじっくり聞いたのかわからないけれど、
「二番煎じ」っていう言葉が、ものすごく突き刺さった。

当時はカツンが全盛期ですよ。そこには田中聖がいて、彼もいいラッパーなんですよ。そのことか?と、コンサートの会場で「翔ちゃん、、、、そんなこと考えてたん?。。。。」って呆然としましたな。

あれ、なんで私、昔語ってる?

違うの違うの。
2007年から「お客さんの感じが変わった」っていう発言。
このこと言いたかった。
このときね。私達初めて「チケット、、、取れない?」って思い始めた。
いや、私当時まだ、台風の目の中にいました。関西のお友達と
「私、お正月実家帰るから、城ホいっしょにとらへん?」とか言って協力してチケットを取りました。。。取りましたって簡単に書いているけれど意外と、取れてん。でも周りは大騒ぎになっていたの。その当時から。
なぜか、私は城ホは3公演も行けたのですが、チケット掲示板を見るとものすごいことになっていました。取れなかった人達の書き込みの、すごい速さで流れていくこと。。。

そして、この凱旋コンで初めて、
私は「嵐はご挨拶が上手になったな~。」って思いました。

それまでは、嵐とファンだけで作り上げてきたコンサートという感じでした。
だけど、2006年の後半にアジアツアーが入って、やっぱり事務所が力を入れ始めた感があったよね。多くの人もきっとお金も、あの時ものすごく動いたと思う。
初めてのアジアツアーですから。
やっぱりあのとき、台湾とソウル(タイは内乱があってだめだったんだよね。)で、ものすごく海外ファンが盛り上がったことが、彼らの後押しもしただろうし、彼ら自身も日本だけじゃなくて海外でもたくさんのファンが自分たちを支えてくれている。。。って実感したんだろうな。

それまで、いつも上からものを言っていた(と感じていた)潤君が

「ファンのみんなは、もしかしたら僕達にここで会うことで元気をもらえると思っているかもしれないけれど、実はそれは逆で、僕達がこうやってコンサートで皆さんに会えることが、僕達の元気になり、そしてそれがコンサート以外の仕事への力になります。
ここに僕達が立てるのは、僕達だけの力なんかでは決してありません。
ここに僕達を連れて来てくれたのは皆さんで、僕達はファンの皆さんに育ててもらいました。」
(昔の日記から引用している。。。爆!)

ってご挨拶したとき、私のお隣のお友達(同い年)が
「潤君、ええ子になったな~。」って私の方を見て言ったのが忘れられない。

彼らがこうやって対談で話しているのを読んでいると、当時の自分はどうだったかな。。。あのコンサートのときのお天気はどうだったかな。。。(城ホは吹雪でした。。。大阪なのに)
私はあの頃、どんな気持ちで彼らに向き合っていたのかな?
そんなことを思い出します。

そして、やっぱり彼らが2007年をターニングポイントと考えてくれているのが、私はとても嬉しいです。
彼らが何歩も何十歩も階段を駆け上がった1年だったもの。
ドームがどれだけ広くて、どれだけお客さんから遠いのか。。。って彼らが必死に考えてくれた1年だった。

コンサートはTIME。
「コトバノチカラ」

Be with youを歌うとき。
後ろのスクリーンにこんな言葉が映りました。
「別れ」 「強さ」 「想い」

たしかにテーマを決めて、、、っていう彼らの言っていることが、私自身で捉えられたのはこのときかな?
事実、私ね。この言葉たちを忘れられないのは、その次の年に自分が海外に引っ越すってわかっていたから。
だから、あのときあの言葉が胸に飛び込んできた。
今でも忘れられないよ。
なんだか、きたえーるで涙が止まらなくなったことも。

そして、「みんなの夢。俺らが背負うから。」って潤君が言ってくれたこともね。

すっごくひとりよがりだけれど、こうやって彼らが10年を振り返るとき、私は途中参加だけれど、、、それでもその思い出の片隅に自分が存在しているような気がする。
大ちゃんが「コンサートはお客さんを含め、みんなで作ってきた。」って言っているけれど、うんうん、そうだよって思う。
きっと彼らが私達を感動させ、私達に勇気や希望をくれてるんだけれど、
と同時に、彼らの目に映る星の数も、きっと彼らに何かを伝えているんだと思うよ。うんうん。。。って思った。

で、、かとりん何を言いたいの?って話でしょう?
アメリカのお友達のブログにね。
この1年で20万人近いFC会員が増えたって書いてあったのね。今や65万人だって。
うわ~。。。すごいや。。って思う。

私のお友達、1999年(デビューのとき)に入会して7万台。
私、2004年に入会して11万台。
この間4年で、増えたの4万人だよ。1年間1万人の計算だよね?
しかも、うちの家族枠、2006年入会で14万台。
ほとんど、毎年1万人程度の増員だったってことでしょう?
1999年から2006年まで。この間、、、もう5年以上だよ。デビューして。

いやいや、そこからどんだけ加速度増してるんだろう。
てゆうか、どんだけ2006年くらいまで人気なかったんやっちゅうことでしょう。

彼らは「変わらない」「変わらない」っていう。
私が見ている彼らも、うん。全然変わってない。
そして、もっと言うとね。。。
ちょっと慌ててるけれど、私も変わってないよ。
そりゃ最初に比べたら「かっこいい~。」とかは言ってないけれど、相変わらず嵐が大好き。

一体何が変わったんだろう。不思議。

だけど、きっとあれだな。。。
デビュー当時からのファンの、私のお友達がね。
潤君よりひとつ年下なんだよね、彼女。
その彼女がよく言う。
「一緒に大人になってきた気がします。」って。

変わらないわけないんだ。
そっちのほうがまずいよ。やばいよ?
人間は、昨日より今日、今日より明日。
どこかに向かって歩いているんだから。

だから、「変わらない」って言いながら、私達はきっと一緒に成長してきたんだろうな。

今更、私のところに届いたピクトアップ。
電車の中で、彼らの対談を読みながら、そんなことを考えていました。
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