日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
"Listen"
2009年12月15日 (火) | 編集 |
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「う~ん、今年もまなちゃんはステキ。」(byたろう)

今、ショーン、レノンがテレビに出ています。

彼がお父さんであるジョンレノンについて書いた歌を歌ったところです。
私達は、人生の中で何度となくビートルズとは再会するのです。
自分の好きなときに、自分の人生にぴったりの歌を選んで。

ショーン、レノンはジョン、レノンとオノ、ヨーコという有名な両親をもつ人。
きっと特別な人生を歩んできた人でしょう。
彼は日本が大好きで、日本の幼稚園に通っていたから日本に来ると「戻ってきた」という気がするそうです。
世界のビートルズに、日本がほんの少しでも関わっているというのは、不思議な感じですね。

そんな、目元がオノ、ヨーコに似ているような、だけど風貌はなんとなくジョン、レノンを思わせる彼が、父親のことを歌った歌。

”Listen”

「5歳の時にお父さんが亡くなった。その後、いつもママはベッドに倒れ込んでいた。
 そして、僕はいつもひとりぼっちだった。」
。。そう歌は続くのです。

「もしあなたと一度でも、話ができるなら、なんでもするよ。
 一緒に歩くだけでもいいんだ。」

淡々と歌い上げるショーンさん。
愛されて育った子供さんだったんだろうな。

「お父さんのことは、人から聞く事ばかりだった。
 だけど、お父さんのあごに傷があったことも、
「おやすみ」の声も覚えているよ。」
。。そんな風に歌は続いていきました。

アメリカに住むようになって、何度かダコタハウスの前を通り過ぎる。
当たり前のように人が行き交う通りに、とっても重厚な石の建物が建っています。
お向かいにセントラルパーク。
ここで何があったかなんて、みんなが忘れてしまったような場所。

そっか。
12月8日だったんだね。
ジョンレノンの命日は。
とっくに過ぎて、今日は赤穂浪士の討ち入りの日じゃん。

ジョンレノンが亡くなった後、「woman」っていう歌をよく聴いていた。
彼の歌う「I love you」という言葉がきれいだな~って思っていた。
こんなにきれいに人に伝えるんだ。。。って感心した覚えがある。

ショーンレノンは、とっても育ちが良さそうな人。

「僕が音楽をやるのは、そば屋の息子がそば屋を継ぐようなものです。だから、僕が音楽をやるのはあたりまえのこだと思っていました。そして、お父さんのお店に来てくれてた人が、何人か懐かしんで僕のお店にも来てくれる。今は、そんな感じです。」
にこにこしながら、そう話す彼がそこまで辿り着くのにはきっと辛いこといっぱいあったんだろうな。

ジョンレノンは特別な人だけれど、
彼にとっては、一緒に手を繋いで公園を歩きたかったお父さん。
一緒にピアノを弾きたかったお父さん。

「お父さんはいつもピアノを弾いていたから
 僕もピアノを弾く。
 この音が、空まで届くように。

 もう話しかけても、亡くなったお父さんは何も答えない。
 いつも聞いているだけ。」

そんな風にこの歌は歌われ、私達はジョンレノンが本当はどういう人間であったのかを知る。

揚げパン食べながらテレビ見てて、また、、、ぼわっと泣いてしまった。
でも、揚げパンは最後まで食べきった。





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