日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
手渡された本
2009年10月15日 (木) | 編集 |
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「かとりん、2週間で読めるんか?」(byたろう)

無理やと思うから、買うわ。。この本。
うん、ここで買うべきやんな~。

今日は、香取の「おじいちゃん」のお話をします。
おじいちゃんと言っても、血の繋がったおじいちゃんではないです。今、私が英語を習っている方で、お隣のタウンの図書館でボランティアをやっているおじいちゃんです。

おじいちゃんは、お年はいくつなのか。。。結構なお年です。
おじいちゃんはゆっくり歩いてこられて、ときどき耳が遠い。
そして、話題の接点を見つけるのがすっごいむずかしく、ちょっと気むずかしい。

英語の教え方も一貫していなくて、一応教育者の端くれだった香取としては、ちょっと歯がゆい。でもボランティアだし、タダだし文句は言えないって思っていて、半分は「私がボランティアちがうんかい?」とか思っていたりする。

アメリカに来てからは、人との出会いが「尊いものだ」と感じている。
もしかしたら、1年半後に帰国したら、もう二度と会えない人と会っているんじゃないかしら。。。そう思うと、地下鉄の中で目が合う人の事だって、ちょっとこわいけれど愛しい。

ついこの間は、図書館が新設されるためにテンポラリーの場所でレッスンをするかどうか、、、で、おじいちゃんとか図書館の人ともめた。
もういいや。おじいちゃんには「辞める」って言おうと思ってレッスンに行ったんだけれど、その日彼は、ニューヨークフィルの記事をコピーしてきて、しかもワークシートなんかも作ってくれていて、、、「やっぱり、続けてみるかな。。。」とか思う香取。。。
最後の最後に押しの弱いやつ。

そのおじいちゃんの先週の宿題は、「中国60周年のナショナルデイ」の記事だった。
これを読んで、中国で何があったか、そして感想を書いておいでって彼は言った。

内容は、「毛沢東によって変わった中国」のことで、共産主義時代は反政府の人間として刑務所に入れられていた人のコラムのようなものだった。今、中国は自由を手に入れて発展しているが、ひとつだけ変わらないものは赤いスカーフと旗だ。。。
そういう内容だった。(わかりにくいでしょう?私もあんまりよくわからなくて。。。)

私は宿題の作文に、こんなことを書いた。
中国にも戦前戦後と変わらないものがあるけれど、同じようなことが日本にもある。
それは、日本の「国歌」と「国旗」だ。
今も尚、国歌は天皇を讃えるもので、今も尚その歌を指導しないと教員は法律違反として処分される。
日本は、第二次世界大戦の後に、国歌を新しくすればよかったのに。
本来、音楽は人を幸せにするためにあるのに、この歌によって不幸になった多くのアジアの人がいる。
日本も、ドイツのように「国歌」も「国旗」も変えてしまえば良かったのに。

おじいちゃんは、「僕も同感だね。」って独り言をいいながら私の作文を読み、そして「ドイツ」というところで止まった。
「ここの意味がわからないんだけれど?」って私に聞いた。

ドイツは彼の母国だ。

「だって、第二次世界大戦の時はドイツはナチス国家だったでしょう?だから、戦後、国歌も国旗も全てをドイツは変えたって聞いているけれど、、、。だから、日本もそうすべきだった。。。そういう意味です。」って私は答えた。

「そうだね。ドイツは全てが変わった。」おじいちゃんはそう言った。

私はずっと疑問に思っていることがあった。
彼は、小さいときにアメリカに来たと、前に言っていた。
このお年の方の小さいときって、どんな時代だろうか。。。引っかかっていた。
でも、いつも話の接点が見つからない私達だったので、そこまで踏み込んで聞くことはできなかったんだ。今まで。

「Sir...ひとつ聞いてもいいですか?」今日は、彼の母国のことを聞いてみたいと思った。
「あなたは、どうしてアメリカに来たの?」

彼は、アメリカに永住するつもりのようだ。こっちで事業を興して、現役時代はマンハッタンのイーストサイドに住んでいて、いつも奥様と(今は亡くなられている)リンカーンセンターにニューヨークフィルを聴きに行ったそうだ。家にはスタインウェイのピアノがあってね。。。なんて話を嬉しそうにされるのを聞いたこともあった。

「僕は、1939年にアメリカにひとりで来たんだ。15歳だった。」
彼は言った。

「Sir...その頃は、ドイツは日本とイタリアと、、、」と私が言うと
「そう、同盟を結んでアメリカと戦争をしていた。」

「そんな時代に、ドイツ人のあなたがアメリカに来ることはむずかしくなかったの?」
香取が聞く。

「僕はね。ユダヤ人なんだ。」
彼は私の方を見て、ほほえんだ。

あぁ、おじいちゃん。
私、全部解ったよ。
「I understand everything!」私は、何度か同じ言葉を繰り返した。

「僕の父は収容所に入っていて、だから僕だけアメリカに来た。」

彼の後ろに続く長く険しい道を想像する。
その果てしない道を。
彼が、唯一の「生きる道」を掴んだこのアメリカの
小さな街の図書館の隅っこで。

私は、アメリカが嫌いじゃない。
だけど、まだ好きだって言えない。
この国が。
エノラゲイを飾り立て、祭り上げ、
「これが、世界を平和に導いた飛行機なんだ。」と説明するこの国を
私は、心の底からやっぱり好きだって言えない。

オバマ大統領が、ノーベル平和賞を受賞した。
おそらく、私も含め多くの日本人が首をかしげてる。

あなたが「核廃絶」を叫ぶのなら、
あなたの国が、
全てを捨てる勇気を持ってよ。
全部、捨てて見せてよ。

だけど、この国は、
15歳の少年だったおじいちゃんにとって
きっとただひとつ
生きることのできる場所だったに違いない。
そして、彼はドイツにはもう戻らず、ここで生きることを決めたんだ。

帰りに図書館の人とおじいちゃんが話してた。
何か本を探してくれてるようだった。
「この本は出版されたばっかりなのよ。」と図書館の人が言う。

彼が私に手渡してくれた本。
アンネフランクの人生が書かれた最新版。

アンネフランクの本を読むことは、私にとってライフワークなのでたくさん持ってる。
だけど、手渡されたこの本は、
なんだかどの本より
重かった。

コメント
この記事へのコメント
重い本
どの「アンネの日記」よりも重かったこと、なんだかその映像が見えてくるようで涙が出ます。
どんな想いで、家族と離れ、アメリカに渡ったのか渡ったのか、想像するだけで悲しい気持ちになりますね。
人に歴史あり。
香取さん、これはやっぱり魂が引き寄せた出逢いだったのかもしれませんね。

雪・・・!びっくりです。大変です。なんで10月に雪が降るの~~~~?!寒いでしょうから気を付けてください~~。
2009/10/16(Fri) 16:42 | URL  | 山智 #-[ 編集]
アメリカで
>山智さん
アメリカでいちばん話したかった人に、会った気がします。

でも、日本人と同じで、あの世代の人って話さないんだと思う。
なんてゆうか。
アメリカに来て、すぐに軍隊に入って第2次世界大戦を戦った方ですから。また、この国は、その道に少しでも踏み込むと、国民として認めてくれる国ですしね。

私もそうだけれど、母国を捨てるなんて、、、なかなか考えられない。それがどんな国であっても。

アンネのお墓がハンブルグの近くにあるって話をしたら、
「ハンブルグは私の故郷だ。」って言ってた。
魚のうまい北のドイツのきれいな街だよね。
2009/10/16(Fri) 19:12 | URL  | 香取 #-[ 編集]
全世界で多くの人達が「‥?!」となっていますね、平和賞。
戦争している国のトップに平和賞って。
承知の上だとは分かるんですけれど、”これからやれば出来る子だから
頑張って”の意味なんですよね。だけど。。

どんな戦争でも、断固として行かない戦わないと全員が
反対したなら成立しないのに何で戦争があるのかと
幼い頃から思っていました。独裁者が怖いのではなく
自分の心を置き去りにしてあっさり操作されてしまう
愚かな民衆が何よりも怖いのです。
状況や立場が変わるとあっさり命を軽視する行動に出てしまえるなんて、人間はどうして‥
戦争について話す時、必ず誰かを非難し何かを批判することになりますね。
戦争は莫大なお金を動かして地球を消費してしまいます。
オバマさんにはこれまでアメリカが(世界が)積み上げてきた
矛盾をひとつずつ埋める作業を頑張ってもらいたいです。
平和は勝ち取るものなんかじゃなくて、ただ当たり前にそこにあって
安心出来ることが普通のことになる日まで。
2009/10/16(Fri) 21:17 | URL  | ネロリ #sBqaD07M[ 編集]
彼自身
>ネロリさん
たぶん、オバマ氏自身、戸惑っているでしょう。
だって、まだ何もやってませんからね。
だけど、「やらなければ。」と思ったでしょうし、おそらく彼自身「核を捨てるべきだ」と思っているはず。
だけど、しがらみがあって、それはできないでしょうね。

歴史に翻弄される人々。
私達は幸せな時代に生まれ育って、大人になりました。
だけど、この世界を無責任な目線で見ているかも知れないな~って思います。

まだまだ、この世界には知らないことがいっぱいです。
2009/10/16(Fri) 23:07 | URL  | 香取 #-[ 編集]
素晴らしい出会いをしていますね。
おじいちゃんの想いまで一緒に手渡されたかのような本。私には2週間どころか2年かかっても読めそうな気がしませんが・・・・おじいちゃんに渡されたら頑張って読んでみようかなと思いそうな気がします。
2009/10/17(Sat) 10:28 | URL  | とり #8XXmWJPY[ 編集]
ずっしりですね。
こんばんは、香取さん。
最近、唐沢寿明さんの「白い巨塔」の再放送をしていて、アウシュヴィッツ収容所を見た後だったので、タイムリーなお話でずっしりきました。 いろいろ考えさせられますね。
おじさんは、ハンブルクが故郷なんですね。だから、スタインウェイにも愛や誇りがあって持ってらっしゃるんでしょうね。そういう方の演奏、聴いてみたいものです。 音を大切に弾かれるんでしょうね…。
私もまた勇気を出して「アンネの日記」を読んでみたいと思います。
2009/10/17(Sat) 23:18 | URL  | のんのん #-[ 編集]
おじいちゃんは
>とりさん
おじいちゃんは、意外と(怒られる)物知りで、こんな新刊本を知っているとは。。。
「私、日記持ってるから!」って言ったけれど「それは古いでしょう。」って言っていました。

やっぱり、アメリカはなんだかすごいですね。
色々な人生をしっかり抱きつつ、、、
マンハッタンのビル群を見ていると、なんだかいつも生きているように感じるのは、そういう場所だからかなと思います。
2009/10/18(Sun) 00:11 | URL  | 香取 #-[ 編集]
アウシュビッツ
>のんのんさま
アウシュビッツは、いつか私が必ず行く場所です。
ドイツに行ったら、できるだけ強制収容所は探していくのですが、アウシュビッツ、、、ポーランドですからね。
まだ行ったことのない場所です。
引き込み線が収容所そのものに入っている、あの風景は私も何度も写真や映像で見ました。

おじいちゃんは、爆!ピアノは弾かないと思う。
たぶん、家族の誰かが弾かれたんでしょうね?でも、ニューヨークフィルとか、ヤンキースとかに詳しくて、しかも深い。
やっぱり「おじいちゃん」という人はすごいですよね。
大人って自分の中に、深い深い多くのものを持っているって言うことですよね。
2009/10/18(Sun) 00:14 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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