日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
そうだ、、、もう一度。
2009年10月05日 (月) | 編集 |
日本は相葉ちゃん祭りのようですが、ここアメリカはこれといった祭りもなく、、、
強いて言えば、今日行ったアウトレットモールの中のニューヨークブランドの店の中が、戦争のようでした。

コングッズ売りのように、入場制限されていた。すごいね。

でね、、、相葉ちゃんね。
私は、こんなにいつもだらだらとブログの記事を書いていて、それを読んでくださる皆さんの感想がものすごく嬉しいのですが。。。
人のブログさんのところには全然行かなかったりします。

もちろん、コンサートのネタバレ的なところはスルーしたいし、、、まだ見ていない(いつも見るのが遅いので)ドラマのところもやっぱり、、、お邪魔しないまま帰ってきたりします。

それでも、リンク貼らせていただいているお友達のブログさんには、ちょこちょこ顔を出したり、そして、たま~~にブックマークさせてもらっている(個人的に)方のところを、ざっと読ませてもらったり。。。

その中で、ご近所さんの方のブログさんですが、、、
「まごまご嵐ボート部を初めて見ました」という記事を見つけました。

あぁ、、、なんてなんて、私達嵐ファンの「根源」にもなる番組だったでしょう。
その前のお姉様達のご機嫌取るのもよかったよ。
相葉ちゃんが、ずっと年上のお姉様女優さんに
「ねぇほら、ここにイチゴあったよ!!」って元気に見せに行く姿とか、潤君が
「あなたね。潔癖すぎ、手を洗いすぎ。」って怒られたりね。。
そのあたり、、、私のものすごく嵐オタとして根っこの方の話です。

ボート部は。。。。
ほんとは、北海道は見れなかった「まごまご嵐」の話。
「香取さんには見て欲しい。」ってお友達が送ってくれた番組。

いつかの夏コンのちょうど前だった。
あの頃、二ノがいつもゲームニッキにボートのことばっかり書いていた。

厳しい京大ボート部の元監督さん。
その方が、5人に、本気でボートを教えてくださる。。。そんなシリーズものでした。

それを見たとき、、ほんとに泣いた。
きっと皆さん、泣きましたよね。

お友達のブログのその記事を読みながら、私もボート部のこと思い出しました。
二ノが、コックス(という名称までその方の記事で思い出しました)に選ばれる。
あぁさすが、このおじいさまは人を見る目がある人だと思いました。
賢い二ノがメガホンをにぎり、そして「い~~じょ~~~~!!」って言うの、当時私はよく授業中にまねをしていたっけ。テストの終了時間に
「い~じょ~~~!!」とかひとりで子どもっちの前で言っていた。
「オールメンで行きましょう。」ってバーベキューを作る二ノがね。。。この子、料理うまいんだろうな~お父さんの血を引いているんだろうな~って思ったこととか。

潤君が「こんな事、もうやっていられない。」って、おじいさまに話しに行くところ。
潤君らしい。
みんなが思っていても、みんなが言わないこと、納得いかないことは潔く伝える。
きっと潤君が「そう生きよう」としている、彼の信念みたいな姿。
そして、それを受け止めるおじいさま先生が、、香取にはすごくすごく切なかった。
何にも言わなかった、、、と思う。全て潤君を受け入れる先生の姿もね。やっぱり、香取なんかは自分の父親世代を思うわけです。

それから、それを聞いて、当時「幕末蛮風」のときだよね。。。大ちゃんがメイクのまんま
「俺、話してきますわ。」って車に飛び乗った姿。
私達は、きっとあの時からちゃんと知ってたよ。
大ちゃん以外に、嵐のリーダーはいないって。
ここぞというときには絶対に助けてくれる人。
ここぞというときには、絶対にものを言ってくれる人。
大ちゃんと潤君がふたりで何を話したのか、そのことはわからないけれど、潤君が大ちゃんのこと頼りにし続けている、、、今もそうであることがすごく解る姿だった。

たしかハチクロのとき?。。。翔ちゃんが全然練習に出れなくて、ひとりだけうまくいかなくて、悔しがる姿。
自分のせいで。。。って責める姿もくっきりと残ってる。
最後にみんなで出たレースでタイミングがうまく合わない。
自分の弱みを、今では上手に見せる翔ちゃんだけれど、あの頃はそうじゃなかったもの。
そんな姿をさらけだすの辛かっただろうな。。。

そんなことをね。
お友達のブログを読んでて、すごく思い出してきた。

今、日本は相葉祭りだって色々なお友達が教えてくれる。
だけど、私は、今アメリカにいて「自分が欲する」時以外は、嵐を目にすることは決してないのです。そして、なんだか今、私、、、全然。。嵐君から遠ざかっていたな~。。。
札幌コンのこと決まって、なんか安心しちゃってた。

ボート部のこと思い出しながら、そしてふと、、、不思議に思った。
相葉ちゃんは、、、
相葉ちゃんはあのとき、どんなことがあったっけ?どんなこと話してたっけ。
私は、あの頃、今以上に筋金入りの相葉担だったのに、、、あれ?覚えていない。

そしてまた別な先輩ファンの方のブログである文章を読む。。。
会報の百問百答のなかの相葉ちゃんらしい答え。
「嫌いなことは、『けんか』」

あぁほんとに、相葉ちゃんらしい。
ボート部は、色々な事があったと思う。5人が5人らしく映像となって運ばれてきた、今となれば、とても貴重な番組でした。
その中で相葉ちゃんは何をしていたのか。。

彼は、その空気がどんな風に淀もうが、歪もうが、固くなろうが、、
きっと同じ空気を醸し出していたんだと思う。
どんなことがあっても、それが正常に戻るように。
そこに居て
そこで見ていて、
そして、そこで待っている。
相葉ちゃんってどういう子なのかっていつも思う。
絶対に強い子。
だって、強いから「何も言わない」んだもの。
強くぶれないものを彼は心の中に持ち続けているから、いつも同じテンションで、その空気を正常な状態に戻していく。
それは、きっとピアノの調律をするような感じで。

きっと、相葉ちゃんはそういう人なんじゃないか、、、って思った。

また、もう一度見よう。
ボート部。
この映像は、ものすごく泣いちゃうので、、見るのが辛いんだ。
だけど、ちゃんともう一度見よう。。。って、
お友達のブログさんにお邪魔して思った。

ちゃんと、札幌で会えるように。
ちゃんと5人に向き合えるように。

コメント
この記事へのコメント
一生懸命ってかっこ悪くない
まさに、私も最近、ボート部を見なおしました。

ファンになる前の彼らの様子を知りたくて、動画サイトにかぶりついていた時期がありました。

そしてたまたま見つけた、まごまご ボート部。
時間を忘れて一気に見ました。それでもって泣きました。夜中なのにPCの前で涙、だぁだぁで。

あれほど、他人の夢を自分のそれに代えて
あそこまで一生懸命になれるって、すばらしいです。
それまでの私はジャニーズの子たちは、たいした努力も無しで、たまたま運がよくてここまで来たんじゃないの、と思っていました。

そんな考えぶっ飛びました。
「努力することはすばらしい」がわかって
もらえたらと思い、後日子どもに見せたくらいです。

嵐に惚れ直した番組です。
2009/10/06(Tue) 13:19 | URL  | のっち #9kaSInZM[ 編集]
下積み
>のっちさん
私達ファンが戻る場所かも知れません。
ボート部って。

私は、よく人に「どうしてジャニーズなの?他にもかっこいいタレントさんいるじゃん?」と言われますが、やっぱりジャニーズの好きなところは、下積みのあるところです。
下積みとかいうと、むっちゃ昭和な感じもしますけれど。

嵐は辛いことを何にも言わないで、すぐにデビューしたみたいに思われがちだけれど、彼らは「何も言わない」だけで、色々な想いもしているだろうな、、、っていつも思います。

先輩の後ろ姿を見て、テレビ見切っちゃった人は、リハーサルで帰されたり、寒いテレビ局の駐車場で練習したり、それでも前へ前へやってきた、、しかも選ばれた人にしかその道は開かれていないのですもの。

そういう、小さい頃から知っているジュニアがデビューするのって嬉しいですよね。

今だったら、ヘイジャンの裕翔なんか、もうむちゃくちゃにふにゃふにゃのときから、舞台に上がっていましたよね。そういう子が、ユニットを仕切ってるの見ると、やっぱり嬉しいですよね。

嵐ファンには、そうやって彼らを見守って育ててきた方が多い。
あ、、、話がそれました。ボート部。
私もまた、続きを見なきゃ。。。です。
2009/10/06(Tue) 19:01 | URL  | 香取 #-[ 編集]
こんにちわ。
本当に今こちらでは嵐祭り、相葉祭りで大変な事になってます。そしてこの過露出状況に慣れてしまって、なんだか感覚が麻痺してきてる自分がいます。慣れって怖いなー。私もボート部見直したくなりました。また泣いちゃうだろうけど。
2009/10/07(Wed) 11:06 | URL  | ねじまきどり #-[ 編集]
私達が帰るところ
>ねじまきどりさん
そうですね。
私達が戻るところが、きっとボート部。

かわいくて、かっこよくて、優しい嵐。。。それだけじゃないよ、、、って思い出させてくれるんだと思います。

一緒に見ましょう!
ボート部の会作っちゃいましょう。
地球規模で。
2009/10/07(Wed) 11:57 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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