日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
心の瞳で
2009年09月13日 (日) | 編集 |
小さなグロッサリーで買った1本2ドルのバラ。

ワールドトレードセンターの囲いに一輪。
そっと置かせてもらいました。

9,11th4

2001年9月11日から、8年経ったワールドトレードセンターです。
もしよろしければ、香取が今日見てきたこの場所を、一緒に見てやってください。


遠くの駅に降りたはずなのに、その空間はどこからでも見つけられる。
きっと、かつて高いツインタワーが、どこからでも見つけられたみたいに。

9,11th12

今日も冷たい雨の1日。
この曇った空も、本当は見えないほどの高いビルが、かつて建っていました。

9,11th3

見上げても見上げても、もう見えない。

9,11th5

今、なんとか生まれ変わろうとしているこの場所。

9,11th7

一緒に行ってくれたお友達が何度も何度も言ってた。
「こんなにも広かったんですね。」

9,11th8

週末の土曜日。
雨の中で働く人々。

9,11th10

近くに作られた新しい通路から工事現場を見下ろします。

9,11th11

ちゃんと、伝わっていますか?
ここがどんなにか広くて、
どれほど多くの人達が、ここで生きていたか。

その惨事の中に残されたWTCのこの鉄骨は、十字架となって新しいWTCが生まれるのを、ずっと見守っています。

9,11th1

ちゃんと語ってくれているでしょう。
私の代わりに全部。
この日あったこと、あれから8年の間にあったこと。

このグラウンドゼロの目の前に、消防署があります。
通りを挟んだ、本当に目の前に。
おそらく、真っ先にここの消防士さんが何人も駆けつけたことでしょう。

マンハッタンにはたくさん教会が建っています。
また、その次の角を曲がった通りには、大きな教会。
消防士さんが、このような大きな事故の中に救助に入るとき、必ず教会の牧師さまや神父さまが一緒にそこに入ると聞いています。
そして、まずお祈りをされてから救助に入ると。
きっとここから、崩れ落ちようとするツインタワーへと消えていかれた、牧師さまや神父さまもいらっしゃったことでしょう。

自分の持っている想像力を全て使って、ここで一体どんなことが起きたのか。
8年前の、その朝のことを想う。

ここに来れてよかった。

消防署の横には、多くのお花が手向けられていました。
その中に、子供達の作った日本語の灯籠がいくつか置いてありました。

かわいらしい文字で書かれていたひとつの言葉が、心に残りました。

「少しずつ、幸せになってください。」

亡くなった方への言葉なのか
ご家族を亡くされた方達への言葉なのか
親友を亡くした人への言葉なのか
世界のどこかで苦しんでいる、誰かへの言葉なのか

だけど、この小さな小さな「祈り」が、きっと未来のアメリカを
未来の日本を
「未来」そのものを、つくっていくんだと想った。


コメント
この記事へのコメント
とても貴重なお写真を見せていただき、ありがとうございました。
写真からも感じましたが、とっても広い場所だったんだな・・・と。
実際に自分の目で見たら、もっともっとそう感じるんだろうな、と思います。
そしてただ黙ってその場に立ち尽くす自分の姿が想像できます。

どんな言葉を並べてもあの日の出来事は表現できないですね。。。
だけど、鉄骨の十字架を見てあの日のこと、世界中の人たちの祈り・・・ほんの少しかもしれないですが感じることができました。

『祈ること』『想うこと』私にはそれしかできないかもしれない。
でも、それってすごく大切なことだと私は思います。
未来へ向かって、少しずつ幸せになっていきますように・・・☆
2009/09/13(Sun) 21:24 | URL  | しな #-[ 編集]
今日、BSで9.11の特集をしていました。
あの日に起こったことを、時系列で編集していて。。。 
もう、言葉にならないですよね。
お互いに神を信じているのに、その神様が違うだけで、こんなことが起こってしまうなんて。
でも、その中で人種、宗教を超えて助け合う人もいて・・・。
人類の智恵と力を信じたいと思います。
いつか、地球上から争いがなくなりますように!!

2009/09/13(Sun) 23:15 | URL  | ぴっぴ #-[ 編集]
本当に広くて
>しなさん
本当に広くて、この周りを一周すると足ががくがくしました。
その広い敷地のあらゆるところに、花が手向けられていました。

ニューヨークはとっても楽しい場所です。
ビジネスもエンターテインメントも、何でもそろっている場所。
いくらだって楽しむことができる場所です。
だけど、8年経った今、
ここも私のニューヨークです。
アメリカはあんまり好きじゃないですが、小さいときからニューヨークが大好きでした。

色々な想いを、きっと誰もがそれぞれの気持ちをもつ場所だと想います。
しなさんも、ぜひ時間を見つけられて行かれるとよいかと想います。ぜひ。
2009/09/13(Sun) 23:53 | URL  | 香取 #-[ 編集]
アメリカ人が言うには
>ぴっぴさん
理由を「宗教」のせいにして、、、私の嫌いなブッシュがね。。。結局、オイルが大きな理由となったそうです。

アフガニスタンをめちゃめちゃにしたあと、アメリカは「女性も解放してやったし、政治も変えてやった」と言ったけれど、それは結果論であって、、また「正義の戦争」をつきつけるのか??と私は思いました。

60年前に、日本に原爆を落としたときのように。
ひとりひとりはきっと素敵な人達なのに。

少しずつ、みんなでこの世界を幸せにしていかなきゃ、、ですね。
2009/09/14(Mon) 00:01 | URL  | 香取 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/09/14(Mon) 18:17 |   |  #[ 編集]
ヒミツの方へ
>上のヒミツの方へ
あの光は、本当の姿を知っていた人達にとって、とても心に浸みるものでしょうね。
私は実際の光や、実際の苦しみや、やっぱりそこから遠いところにいるのですが、、、
だけど、誰にとっても忘れることのできなかった事であるのは、事実ですよね。
それを確かめに行きました。

本当に、少しずつ幸せになれますように。
2009/09/14(Mon) 20:09 | URL  | 香取 #-[ 編集]
SMAPコンサートに来た
友達が飛行機に乗りアメリカに帰る為に
日本を離れた日でした。
”乗り換え便が動かずに足止めされてる・・・”
連絡が友達の電話に・・・
訳が分からずにテレビを見てびっくり
大混乱が、人事に感じられずに報道を見ていました。

アフガニスタンに攻撃
その後のメールに
彼女は、日本に住むあなたには、わからないかもしれないけど・・・
アメリカは、絶対に許さないと・・・

確かに温度差があったのかもしれないけど

いつもこんな時、1999年にSMAP×SMAPで放送された”香取慎吾2000年1月31日”を思い出すんです。

目に見えてる事だけが真実では、ない事もある・・・んだ・・・

多くの犠牲の上に今の私の幸せがある事を・・
その犠牲者を、もう増やさない事も・・・・・

小さな小さな「祈り」の積み重なりが「未来」そのものを、つくっていくんだと、私も想います。

是非、私も足を運び、「祈り」一人になりたいと想います。
2009/09/14(Mon) 21:55 | URL  | ゆめ #wJFip.Ek[ 編集]
ありがとうございます。
>ゆめさん
こちらには、私達の想像をはるかに超えた、悲しみ苦しみを背負っている方がいっぱいいらっしゃいます。

私も想像力を働かせないとならないひとりです。

私は、あの日、遠い日本でアメリカの怒りがこわかった。
この報復がこれからどうなるのか、、実はクリントン大統領にメールまで送っていた。爆!

アフガニスタンの砂漠の中の山を、アメリカが空爆した日の映像も同じように記憶に残っています。

そんな私がここに住むことになった理由ってなんだろう、、、って考えます。
どちらかというと、イスラムの人達に気持ちが寄り添っている私がここに来た理由ってなんだろうか、、、といつも思います。

できるかぎり、曇りなき眼で、またここに来たいと思います。
素敵なコメントありがとうございます。
お友達も恐ろしい思いをされましたね。

みんな少しずつ幸せになれているのかしら。


2009/09/15(Tue) 20:28 | URL  | 香取 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック