日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
私のSeptember 11th.
2009年09月12日 (土) | 編集 |
都心を少しはずれた 
小さなこの窓から
どんなに目をこらせど 
見えないものばかりだ

SMAPのTriangle。
私はこの出だしの、慎吾ちゃんの歌うこのフレーズを聴く度に
思い出すことがあります。

今日、こちらは9月11日。
2001年のあの日から、8年経った9月11日。
多くのアメリカの方、それから世界中の人々が色々な想いで迎えたこの日。

今日はワールドトレードセンターの跡地「グラウンドゼロ」で追悼式典が行われ、ここで命を落とされた3000人余りの方、全ての方のお名前が読み上げられたそうです。

ハドソン川では、亡くなった日本人の方達のための灯籠流しがあるそうです。

今日、9月11日。
朝から冷たい雨の降るアメリカ。
その日。
世界中の人々が固唾をのんで見つめた同時多発テロ。
アメリカビジネスの象徴であるワールドトレードセンターが、その姿を失い、多くの。。本当に多くの人々が命を落とされた日。

おそらくあの日。
秋の高い空を見つめながら、自宅を出たお父さんがいたでしょう。
足早に地下鉄の構内を歩く、ヒールの高い靴の女性がいたでしょう。
そして、
この事件を知り消防車に乗って、そこへ向かった多くの消防士さんがいて、
その消防士さんを見送りながらこの建物の入口で祈った牧師さんがいて
きっとどなたも、この日。
家族の待つ家に当たり前のように戻り
いつもと同じ明日をまた迎えることができると
そう確実に想っていたはずです。

アメリカの消防士さんは、みんなボランティアなのです。
普段は普通の仕事をし、トレーニングをしながら火事などの事件に備えている。
私の近所にある消防署にいらっしゃる消防士さんも皆さんそうです。
そして、その消防署の前に、この日の残骸が今も飾られています。
私の住むタウンは、高台に登るとマンハッタンのビル群を見ることができます。
この大惨事を聞いた多くの方が、仕事を置いてこの日、この町からもWTCに向かい、
もしかしたら帰ってこられなかった方もいるのかもしれない。

そんなこと、
ここに来るまでちっとも知らなかった。
この地球はやっぱりとっても広くて、大きくて
どの国でどんな人達が、どんな想いで生きているかなんて
それを解るには、相当な想像力が必要なんだと想う。

このテロがあった半年前まで
私はアラブ首長国連邦というアラビア半島の先っぽにある
敬虔なイスラム教徒の国に住んでいました。
私が毎年この日に思い出すのは、その国で出会った人のこと。

今も尚
アフガニスタンとの戦争の続くここアメリカに住む私には、当時アフガニスタン人のお友達がいました。
アラブで通っていた語学学校で知り合ったグラム君。
彼は当時21歳で、将来は外国に行って仕事をしたいという夢を持つ子で、そしてとても敬虔なイスラム教徒でした。
よく彼に聞かれたのは
「君の宗教はなに?」
「宗教をもたないってどういうこと?困ったときはどうするの。」

ラマダンのときは、「結構身体にいいんだよ。ラマダンって。」
そう言ってた。
兄弟は10人くらいいて、アフガニスタンの祝日にはお母さんの作ったなぞの料理をみんなに持ってきてくれた。

「ねぇ、日本大使館でビザ取るのに口聞いてよ。」なんて厚かましいお願いもされるくらい、私と彼は2年くらい同じクラスにいて、一緒に英語の勉強をしていた。
周りはアラビア語を話す生徒さんばかりで、その輪に入れない私とペルシャ語を話す彼は、いつもぼそぼそとつたない英語で話をしていた。

彼の家族は、アフガニスタンにロシアが侵攻したときに、家族でイランに逃げたそうだ。
だから彼はペルシャ語を話すんだと言っていた。
そして、そのイランを出て、お父さんが事業を興すためにアラブに来ていた。
町の中に住んでいるではなく、ちょっと外れた地域で車の修理工場をやっていると言っていた。だから、毎朝学校までは近所の人との乗り合いタクシーで来るんだって言っていた。

あんまり着ているものも高価な感じじゃなくて、買い物もスーク(アラビア人市場)でするって言っていた。

「僕の国には大きな仏像があったんだ。君の国は仏教だからわかるでしょう?でも、壊されちゃったんだ。」って言っていた。
後で考えると、タリバンが壊したバーミヤンの石仏の事だったんだ。

お国柄なのか少々厚かましく、なにかしてあげても「ありがとう」も言わないときもあって、よく私は彼に文句言っていた。
「こういうときは、ありがとうって言わないとだめじゃん。」って。
だけど、私の誕生日のこと覚えていて、その日の朝は私が教室に入るなり、でっかい声で
「Happy Birthday!」って言ってくれちゃったりした。迷惑だって想ってた。

アラブ首長国連邦は、タリバン政権を認めている国でした。
私の家の裏には、アフガニスタン大使館があった。
多くのアフガニスタン人が労働者として働いていて、日本に憧れている人も多かった。
彼もそのひとりだった。

彼からビザの申請をしたいと言われて、日本大使館の人に尋ねたことがあった。
彼には、パスポート、インヴィテーション、往復のエアチケット、、そして、ちゃんとある一定のお金の入っている預金通帳を提示させることが必要だと言われた。
それは、日本で観光ビザで働かないという証明だそうだ。
そのとき、日本はこうやって外国人に厳しくし、こうやって日本という国を守ろうとしているんだな。。。そう想った。

同時多発テロの起きたあの日。
少しずつ色々な事が明らかになってくる中で、アメリカのこれからの相手が「タリバン政権」だということが報道された。

そして、いつアメリカがアフガニスタンに報復してもおかしくない状況になった。
私は、そのときは日本に帰国していて、「アフガニスタン」という国名が報道される度に、彼のことを思い出していた。
どうしているんだろうか。
日本の報道では、イスラム教徒がみんな犯人のように伝えてた。

そうじゃないんだ。
彼らはとっても親切で、とっても純粋な民族なんだよ、、、って想いながら、彼はどうしているんだろうって想った。
アラブの新聞のサイトに入ると、UAEはタリバン政権との国交をストップし、アフガニスタン人に国外退去を命じるといったことが書かれていた。
UAEは、とても賢い国なので中東にありイスラム教の国でありながら、アメリカとの関係を上手にとっている国だった。
アメリカを敵に回すわけにはいかなかったんだ。

彼にメールを送った。
だいじょうぶ?ちゃんとUAEにいることできてるの?今どこにいるの?

答えは返ってこなかった。

それから、彼がどこにいって今どんな風に生きているのかわからなくなった。
そして、アメリカのアフガニスタン報復が始まった。

あの頃、小学校の教材室の奥で
地球儀を見つけると、よく私は自分の住んでいたUAEを探した。
そして、時々想ってた。
この国のどこかに、彼は今も生きているのかな。
一体この地球のどこに彼は行ってしまったんだろう。
じっと目を凝らして見たら
彼が元気に生きている姿が見えるんじゃないか。

未だに私は、こんなにマンハッタンの傍に住んでいながら、
9月11日になると中東の国を想う。
優しくていい加減で、人なつっこくて、子供が大好きで
日本人のことを、心から尊敬してくれていた中東の人達のことを想う。

世界が平和になりますように、、、なんて祈っても、この絡み合った糸はほどけないくらいもつれてて、どうしようもないのかな。。。とも想う。
私一人がそのことを想ったって、きっとどうしようもないんだとも想う。

明日、ワールドトレードセンターに行こうと想っています。
今日、9月11日は行ったらだめかな。。。って想ったの。
私みたいな野次馬が行く場所じゃない。
だから、明日この目で9月のワールドトレードセンターを見てきます。
一緒に行ってくれるお友達が
「お花を持って行きましょうか?」って言った。

アメリカの人達、、、アメリカを愛する皆さん、ごめんなさい。
私、あの日、アメリカのことが嫌いになったんだ。
だけど、きっと私が今ここに住んでいる意味、
神様は私にそれを果たしておいでって言っているんだよね。

私の9月11日。
ワールドトレードセンターで、そしてアフガニスタンで、
犠牲になられた多くの方達の魂がどうぞ安らかに眠られることお祈りしています。

長かったでしょう?
読んでくださった方、ありがとうございました。



コメント
この記事へのコメント
あれから。
8年も経っているんですよね。
何だかまだ最近の事のように思えるのは、あまりに衝撃的だったからでしょうか…。
何事もなく平和に過ごしている私には、とても想像するのが難しい事ですが…
でも、テレビに映ったあの日の映像を思い出すと、とてもいたたまれない気持ちになります。

それでも、
世界で何かが起こる度に別世界の出来事だと、テロや戦争のない日本に生まれて良かったと、そう思ってしまいます。
安心しちゃいます。
酷い人間ですね。

でも。
何かを知る事で、目を向ける事で、見えてくるものもありますよね。
何だかいろいろ考えさせられました。

お友達、元気で過ごされている事を私も願います。
2009/09/12(Sat) 21:25 | URL  | izumi #-[ 編集]
きっと大丈夫ですよ。
>izumiちゃん
コメントありがとう!!

そうですね。きっと、きっと、元気で今頃はもう、よいパパになっているんじゃないかな~って想っています。
そして元気に生きていることでしょう。

海外で人と出会うというのは、なかなかに衝撃的です。
もしかしたら、もう今後、一生二度と会えないかな?って想って「ばいばい」って言います。

きっと彼もそのひとり。
だけど、この地球か彼も、私も、izumiちゃんも抱きながら回っています。

今日はワールドトレードセンターの周りを一周しました。
一緒に行ったお友達は、こんなに広いところだったんですね。。。って何度も何度も私に言っていました。

もし、izumiちゃんがふと訪れた私のブログで、いつもと違う何かに触れてくださったら、、、
私もとっても幸せです。
ありがとう。
2009/09/13(Sun) 08:09 | URL  | 香取 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/09/13(Sun) 11:54 |   |  #[ 編集]
ヒミツの方へ
>上のヒミツの方へ
想像力があれば、この世の中に戦争なんて起きない。。。って、ジョンレノンも言っていますね。
翔ちゃんが、ワールドトレードセンターのその現場を、氷点下15度のニューヨークで取材したとき、「言葉で伝えないことを選んだ」と言っていた意味が、本当によくわかります。
どんな言葉もここには通用しないのだと想います。

慎吾ちゃん舞台、行っちゃいましょう~!!
2009/09/13(Sun) 12:09 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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