日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
What's up?!!
2009年07月08日 (水) | 編集 |
what7s up

「What' up!」(byみかん)
「あわ、、、あわわ、、、みかんちゃん、なんてゆうたん?」(byきんちゃん)
「う~~ん。。。言葉とは、、、奥が深いものよ。」(byたろう)

今日は、英語の学校で「日常会話のイディオム」なんてセミナーを受けてきました。
アメリカに来て1年と3ヶ月。
全く持って、自分の英語が成長しているようには思えない。
むしろ、後退してるのではと思う今日この頃。

そして、新学習指導要領なんて読んでみる。
「外国語活動」原則は「英語」って。
だったら、英語って書けよ!

本日この下↓うざいですよ~。
ほんとに英語は手強い。
自分のもってるボキャブラリーや、言い回しから全然抜けない。
アメリカっぽい言い回しとか、ドラマ見てて聞いていると「こう使うのか?」って思えるけれど、実際問題使えない。

覚えた会話の仕方も、実際の会話になるとどうやって使っていいのかが解らない。
相変わらず時勢がよくわからん。
ただ、この国の人はやっぱりよく現在完了を使ってる。使いこなせない。

さて、もう2年を切った、小学校での英語の授業のスタート。

平成15年には新指導要領が実施(施行?わからない)されるのですね。
「英語が始まる」ってずっと思っていたけれど、まどろっこしくもそれは「外国語活動」というようです。

その目標はこうです。
「外国語を通じて,言語や文化について体験的に理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら,コミュニケーション能力の素地を養う。」

へぇ。。。「言語や文化について体験的に理解」。。。

これどうやってやるんだろう。体験的に理解って。アメリカの遊びをしたり(なんだろう?)よくやるのがお料理作ったり?
まぁさしずめアメリカだったら、バーベキューだな。みんなで裏庭でバーベキューやって理解する。もしくは、プリッツェルだな。
めっちゃ塩辛いプリッツェル食べる。
文化について体験かぁ~。アメリカの文化っていえば私が思いつくのはやっぱりエンターテインメント。
だけど、これ、どうやって伝えよう。

さて次。
結構ツッコミどころ満載なんだよね。これ、うっふっふ。

内容の2の(1)
 外国語の音声やリズムなどに慣れ親しむとともに,日本語との違いを知り,言葉の面白さや豊かさに気付くこと。

「日本語との違い」ね。。。って違いすぎるわい!
「言葉のおもしろさや豊かさ」か。
あのね、日本語のおもしろさや豊かさだってなかなか気付くことなんてできないのに、よくこんな大きなこと、やろうって言うよね。。

たしかに英語は奥が深いです。
今日は「get」だけで、いろんな意味があることを教えてもらった。
I get it!は、「理解したよ。」だけど、I got it!になると、そこには多くの情報をもっているっていうようなニュアンスになるんだって。
またこの言い回しって、いろんなシチュエーションで使われる。
日常的に使っているアメリカ人じゃないと、絶対にわからないニュアンスもあるし、ほんとにアメリカっていう文化に支えられているからこその言葉でもある。

そのことに気づき始めたのは、私がここの国に来てから。
日本で英語を教える先生達は、気付いているかい?

昔こんな風に習わなかった?
「must」と「have to」は同じ意味って。
でもずいぶん違うみたいだよ。
「must」と 「have got to」は強い意味だけれど、「have to」はそうでもないって。
こういうこと、「はぁなるほど」って理解はすれども、なんだか実際に自分が使うってなると、一体どの程度のものなのか、、、むずかしい。
そういう豊かさに小学校高学年に気付けって?、、、10年早いわ!

さて次は。

第3 指導計画の作成と内容の取扱い。。。の
(4) 指導内容や活動については,児童の興味・関心にあったものとし,国語科,音楽科,図画工作科などの他教科等で児童が学習したことを活用するなどの工夫により,指導の効果を高めるようにすること。

英語の活動を国語科に活用っていうのは、これどうやって?
音楽はまたあれでしょう?英語の歌を歌って横断的にとか言うんだよね?まぁそれはいいや。許す。。。アメリカの音楽、ジャズもポップスもこれは文化だから納得。。。
しかし、図画工作科、、、って、また美術の先生怒らはるで。
何をせいと。。。。不可解やな。何を描く何を造る。。。意味不明。
世の学校の先生方は、このコラボをどう捉えられます?

(5) 指導計画の作成や授業の実施については,学級担任の教師又は外国語活動を担当する教師が行うこととし,授業の実施に当たっては,ネイティブ・スピーカーの活用に努めるとともに,地域の実態に応じて,外国語に堪能な地域の人々の協力を得るなど,指導体制を充実すること。

おお~、とうとう地域の力を借りるのか。
その辺に歩いている外国人はみんな学校に拉致るのじゃ。。。しかし、相手が全て信じられるとは限らないぞ。。なんたって外国人だから。爆!

本当につくづく思う。
自分のように英語が全然だめな人間でも、アメリカでなんとか生き延びることはできるけれど、教えることができるかって言うと、無理無理~。

いつか日本の皆さんも気付く。
絶対にネィティブの力を借りなければ成り立たないということ。
もしくは、本気で先生達がトレーニングを積むか。
このタイトなスケジュールの中で、一体どれだけ先生達がそれに力を注ぐ時間があるのか。

でもま、私がスケート教えたりしてるわけだし、私が理科の実験とかしてるわけだし、まぁそこそこインチキでもいいってことかい?
いいってことだよね?
気楽に、嘘くさくてもやってりゃいいってことなのか?

次行ってみよう。

2,第2の内容の取扱いについては,次の事項に配慮するものとする。
(1) 2学年間を通じ指導に当たっては,次のような点に配慮するものとする。
ウ 言葉によらないコミュニケーションの手段もコミュニケーションを支えるものであることを踏まえ,ジェスチャーなどを取り上げ,その役割を理解させるようにすること。

言葉によらないコミュニケーションって。。。
爆!もはや投げとるやんけ。
いや、解るよ?国語のコミュニケーション能力だって、こういうところまで指導してるよね?
しかし、、、、これから英語を学ぶって言うのに、これすごいよね。
出だしから放棄を感じるんだけれど。なんかウケたぜ。
もしかして、文法とかいいから「つうじりゃいいじゃん」って思ってないかい?

では次に。

オ 外国語でのコミュニケーションを体験させるに当たり,主として次に示すようなコミュニケーションの場面やコミュニケーションの働きを取り上げるようにすること。
〔コミュニケーションの働きの例〕
(ア) 相手との関係を円滑にする
(イ) 気持ちを伝える
(ウ) 事実を伝える
(エ) 考えや意図を伝える
(オ) 相手の行動を促す

  ↑
これ!!
私ができるようになりたいわっ。
どこまで望んでるの?
「相手の行動を促す」ってどんなことするの。
「go ahead!」とか言うわけかい?
小学生にどれだけのことを望むのか、、、本気か?と思うような内容でおどろきんぐ。

「気持ちを伝える」かぁ~。
日本語だって難しいな。かっこいいこと書いているけれど、何をどこまで望んでいるのかしら。

それでいて、なんじゃこりゃ~?↓

(2) 児童の学習段階を考慮して各学年の指導に当たっては,次のような点に配慮するものとする。
ア 第5学年における活動
 外国語を初めて学習することに配慮し,児童に身近で基本的な表現を使いながら,外国語に慣れ親しむ活動や児童の日常生活や学校生活にかかわる活動を中心に,友達とのかかわりを大切にした体験的なコミュニケーション活動を行うようにすること。

「外国語を初めて学習することに配慮し」って、配慮してへんやんか。

いえいえ、もはやがっつりと新指導要領をお勉強された方達はきっと、「おいおい、かとりん何ゆってるの?文○省様はそんなこと言ってないでしょう?」とご指摘もいっぱいありそうですが。
ぜひ、教えてください。

今日、ニューヨーカーの先生がゆっていた。
私達はもう「How are you?」なんて言わないの。
忙しいから、「What's up?」よ。。。。と。
まぁ言えば「元気?」みたいな意味らしい。

How are you?
I'm fine ,thank you.and you?
I'm fine,too.

こんな会話はもはやないようだ。
つまりは、、、私達の英語ってこんな感じ?

「拙者が○○でござるよ。」「かたじけない」。。。何時代の会話じゃ?というような。

言語はむずかしい。
生きているし、どんどん変わっていく。
それを捉えて、その豊かさを子供達に伝えるってほんとむずかしい。
だって、「国語」の授業だってむずかしいもの。
何年やっても国語の授業は、どの授業よりもむずかしかったな。

一筋縄ではいかないって思う。
だけど、先生達は大変だけれど、ここは子供達のために、皆さん一肌脱ぐ(ってこの表現古い)んですよね?

英語を話せる。
いつまでたっても、これは香取の憧れ。
どこまで行っても、なかなかたどり着けないし、たぶんたどり着けない。
だけど、
指導要領にも書いてあるとおり、もしこの「英語」を背中によいしょとしょって、子供達が日本から一歩外に出る道を歩きはじめたら、きっとそのときにはこの夢のような目標が彼らの手に入るんだろうな。

「日本と外国との生活,習慣,行事などの違いを知り,多様なものの見方や考え方があることに気付くこと。」

「多様なものの見方考え方ができる子供達」が、きっとこの苦しい坂道の向こう側にいるのでしょう。

いずれにしれも、英語は手強いです。





コメント
この記事へのコメント
めちゃくちゃ、興味深く読ませていただきましたよ。
英語教育・・・。
うちの母親が、すごいわたしたち子供に英語教育を望んでいて、結果、今、こうしてアメリカにいることもあり。
香取さんも、うちの母とこーゆー話をすると、楽しいかもと思いました(笑)。

わたし的には・・・今は、子供たちのバイリンガル教育が目下の目標です・・・。
だから、ゆーたら、逆に日本語教育ですね。
どーしたもんやら・・・。

香取さんは、あと1年して帰国なさってから、また、小学校の教師に戻られるんですか?
英語を教えることになるんですか?

教えるのは・・・大変でしょうね。
でも、子供って、断然大人よりも言語に関してはすごい飲み込みが早いし。
案外、するっと馴染むものなんじゃないですかね。
うちの妹たちも、小学校3年と5年でアメリカに来て、一番初めに英語を話しだしましたもん。

英語のニュアンスは、いろいろありますよね。
I get it と I got it も確かに微妙に意味が違うし。
must と have to も全然意味が違うし。
でも確かにその辺の違いは、実際にその違いを身体で体験しないことには、わからないことだと思います。
教科書で、言葉で、ただ、違うと言われても、その場のニュアンスって伝わらないですもんね。

って、なんか、自分でも何を言ってるのかよくわかりませんが、興味深いお話、ありがとうございました(笑)。


2009/07/08(Wed) 12:52 | URL  | まさき #-[ 編集]
こんにちは。
我が家では、同居している義母がなぜか英語教育に興味があるらしく、自分で探してきて入会金・授業料などを収め、送り迎えまでして孫3人を幼稚園の時から英語教室へ通わせています。私は彼らが何をしているのかほとんど知りませんし、通い始めて7年の長女がどの程度理解しているのか全く分かりませんよ。(びっくりするでしょう!?)
正直、義母が何を求めているのかは分かりません。中学に入ったときの英語の点数なのか? 将来的に英語に慣れておいてほしいのか?
私は楽しんで行っているのならいいかなと思っているくらいで、中学の英語の点数も期待できないでしょうし、週一回1時間のレッスンで話せるようになるとも思っていません。
ただ、香取さんのお話を読んで、「拙者」とか「ござる」ではない、今のご挨拶とか言葉の雰囲気とか感じ取れていればいいなと思いました。(教室にはカナダ人の若者がそこのご一家と一緒に生活して教えてくださるんです。2年で帰国されて新しい方がみえるんですけどね)
2009/07/08(Wed) 17:07 | URL  | あざらし #PJcBB3Wk[ 編集]
そうですよね~。
香取さん、こんにちは!
今回も興味深いお話有難うございました。
実は、私も二年程、アメリカンスクール(…って程でも無いですが、一応…)に通っていたのですが、英語って本当に奥深いし、難しい。私の友達は、日本でティーチャーになるのを断念してしまいました。その時も香取さんと同じような事を話してたな…教えるって事は並大抵なことではないみたいですね…特に日本人が英語のティーチャーになるには…。
私も英語憧れです。

いつか、私も英語で気持ちを表現できたらいいなぁって…夢みてます。

香取さんは、凄く向上心もありますし、深いところまで理解してそうですよ~!素敵な表現力をお持ちの香取さん、英語をマスターしたら、さらにパワーアップした言葉が綴られるんだろうなぁ~!楽しみですね~!
何だか、的外れなコメントになってしまい、すみません!
2009/07/08(Wed) 19:01 | URL  | いずみん #-[ 編集]
つまりこれは
>まさきちゃん
まさきちゃん、コメントありがとう。
この英語ネタにまさきちゃんからコメントもらうと、超恥ずかしいけれど、まさきちゃんの立場でカキコしてもらえて嬉しいです。

つまり、日本で何が起ころうとしているか。。。というとですね。
まさきちゃんの子供さんが通う学校で、現地の先生(つまりアメリカ人)が「日本語」を教える。。。っていうことが、日本で逆のパターンで始まろうとしているのですよ!

まぁ、日本人は中学校とか高校とかで大学でも英語を一応学んでは来ているんだけれど(第二外国語として?)、まぁそんな方達が教えるってことです。

しかも、ず~~っと教育現場で教えてこなかった「英語」を。
一般の先生が、ひとりで。(ってことになるよね?これ)

日本は、教育にお金をかけない国です。
だから、ネィティブの方の力を借りてって指導要領に書いてあるけれど、ちゃんと外国語教師がどの学校にも着くか?というと、そんなことはあり得なくて、来てくれても1年に3回くらい。爆!
今回の改訂で、一体どれくらいの「予算」がつくのかわからないけれど、どうせ金なんてないんだ。日本は。(くだらん教科書代とかになっちゃうんでしょ?)

まさきちゃんも、妹さん達も英語を話し出したでしょう、、そりゃ、クラスの先生が英語を母国語とするネィティブだもの。
しかし、日本で日本人、特にトレーニングされていない普通の先生が英語を教えて、子供達が英語を話し出すと思う?
ないない~~~。。。
まぁそんなことがここ数年の間に起こるわけですよ。

仮に、すっごい安いサラリーで、日本に住む英語を母国語とする人が教えてくれるとして、、、彼らはアメリカ人とかイギリス人であったとしても、「教育者」であるとは限らない。。。ここがむずかしいんだよね。

なので、めっちゃ恐ろしいことが始まりそう。
私だって、現場復帰できたらやりますよ!
「大やけど」しながらでも!爆!

まぁ私が言いたいのは、やるんだったら全国の先生達をトレーニングする費用と、その時間をちゃんと国が出せよ!ってことです。
じゃないと、子供が迷惑する。
2009/07/08(Wed) 20:12 | URL  | 香取 #-[ 編集]
残念なことに
>あざらしさん
お子様達、、ちゃんと英語をお勉強されているって素敵。
私は、音楽と同じでやるなら小さいうちにって思います。

結局、日本は小学校の高学年で始めるっていうけれど、「それ遅いやん」って思っています。
ボキャブラリーが少ない方が、言語って入ってきやすいと私は思うのですよ。「音声やリズム」とか言ってるんだったら、1年生からやるべきだと。

どうも納得がいかない!って感じなんですよ。
でも、そのうち、あざらしさんちの子供さん達も学校で
「拙者、○○でござるよ~。」とか「たわけ!」とか「かたじけない。。さらばじゃ!」みたいな英語をがっつり習ってくるかもしれません。。。爆!

義母さま。。(おかあさまと読むのか)
気合い入ってらっしゃいますね!
子供さんも楽しくやってらっしゃるようで、よかったですね~。
2009/07/08(Wed) 20:17 | URL  | 香取 #-[ 編集]
マスターできませんな~
>いずみんさん
コメントありがとうございます。
アメリカンスクール。。。かっちょいいですね。
憧れです。
子供達は皆、机に座り。。。爆!先生にもため口。
ジャニーさんが喜びそうな空間ですね。

まず、そういう習慣からしてアメリカと日本は違うしね。
その「ため口」社会もすごいものですよね?アメリカって。
しかも、イギリス人はイギリス人の英語にこだわり、アメリカ人はアメリカ英語にこだわっている中、日本ってどーでもいいやんってことになりそうで、それもおもしろそう。

私はマスターは無理ですね。
でもね、日本では、本気で英語をやっていない人も、今後「英語」を教えることになるんです。たぶん、押し付け合いながら。ふふ。。
「英語あるから、高学年の担任はできません。」とかいう人も続出しそうで、、、なんかうけるのです。
(まぁ香取は、体育で子供より下手だから高学年つらいな~っていうのと、また訳が違う。。)

英語ってやればやるほど、「うわ、こんなの自信を持って教えられないや。」って思います。おそらく、いずみんさんのお友達の方もそうなのかもしれませんね。

しかし、日本ではそんな人達もみんな動員されて、英語の授業が始まります。その渦中に飛び込んでみたいかとりんでございます。

でも、英語をマスターはもう絶対無理です!
2009/07/08(Wed) 20:23 | URL  | 香取 #-[ 編集]
呼ばれてないのにじゃじゃじゃじゃ~ん
外国語活動に対する批判は多いです。
1 英語が話せないから、やりたくない
2 英語教育でないから、やりたくない
3 自分は中学からでできるようになったから、やりたくない
4 ネイティブがやればいいと思うから、やりたくない
5 なんかよく分からないから、やりたくない
6 金がないから、やりたくない
7 道具がないから、やりたくない
8 ・・・・・・・・

結局、逃げる口実を述べている人は相変わらず多いです。
私はどうかというと、そりゃ乗り気ではないのです。
でも、やると決まって、泣いても吠えてもその事実が変わらないのなら、やるしかないじゃん!と腹をくくりました。

で、外国語活動という名の通り、目標の通り、小学校で英語を話せる子どもを育てることなんかねらっていないぞと。
言い方は悪いけれど、所詮、英語遊びの域を出ていないんだと。そういうように理解しています。
今までは、学活なのか総合なのか特活なのかと悩んでいたものが、「外国語活動」と大手を振ってできるようになったと言うことです。そのくらいの認識。いい加減でしょ?

総合もそうでしたが、「大手を振ってできる」ようになると、形骸化していくものです。私はそう思っています。
だから、ここ数年のうちに「評価はどうなっているのか」としきりに言われるようになります。そして、次の改訂では、教科に格上げされます。そうにらんでいます。

第一、はじめは「評価はしない」なんて言っていたのに、まだ始まっていない現段階では、「指導があれば評価がある」なんて真逆のことを言っています。そんなこと最初からおかしいって分かるだろ?てな感じです。「評定」と間違えましたかね?

よそ様のブログにいいだけ書いて、逃げちゃいます。
では。
2009/07/08(Wed) 21:58 | URL  | tensyou #y8j/9w2E[ 編集]
だったら私も
>tensyouさん
だったら私も言いたいですね~。
早く走れないから体育を教えたくない。
長○アイスホッケーのルールがわからないので、体育教えたくない。。。

たしかに、教えてなかったし!爆!

まぁそうやって、やれそうな人がとりあえず中心になって、やっていけばいいのかな?って感じもしますね。
ただ、高学年って大切な時期だから、「英語の堪能な人」を高学年に置くっていうんじゃ学校が壊れる。。。ので、(いえいえ、英語が堪能で学級経営も素晴らしい人もいっぱいいるでしょうが。)
「英語の堪能な人」が、サポートをできるような学校であるよいいですね~。

しかし、各学校にひとり「英語の堪能な人」を置くお金ないですね~。
各学校にひとりネイティブを置くお金もないですね~。
やっぱりみんなでやるしかないですね~。
だから、先生達ががんばるしかないよね?

英語の授業をかつてちょこっとやっていたとき、「え?」って思うことがいっぱいあった。
それは、「先生、○○って英語でなんて言うの?」って聞かれたとき、それが私のボキャブラリーのなかにない、、、そんなとき。
そういうこと、今後もあるのでしょうね。
「ごめん、わからないわ。調べとく。」とか、現場に電子辞書を持ち込んで、「これこれ、、、」って教えたり。。。
そういう荒技もやっていた。
それでいいですよね?

とりあえず「英語の堪能な人」にはなれないのですが、「英語のお手伝いをしたい人」って感じで登場したいです。希望を述べると。(ついでに、ピアノもちょっと弾ける)

で、、、私の指導要領批判いくつ正解でした?
意味不明な質問したり。
2009/07/09(Thu) 02:53 | URL  | 香取 #-[ 編集]
現場からの私見ですが・・・
海外在住経験もなく高校で英語を教えているいわば「もぐり」英語教師ですが・・・。

それなりに三十年近くこの道を歩いてきて近頃ある程度の確信を持っていることがいくつかあります。

その1、
使う必要性のない環境での本当にネイティブなレベルでの外国語の大衆教育(留学に匹敵するような表現一つひとつのニュアンスとか感覚の違いといったレベルに踏み込む)は恐らく不可能である。
ごく少数の才能もモチベーションも極めて高い人たちに対して金と人材を投入すればできるでしょうが、「大衆教育」というレベルにおいては無理だと確信します。
欧米など元々母語が印欧語族である地域はともかく、いわゆるアジアの新興国などで大衆レベルで英語教育が浸透している地域はまず例外なくそれを使わねばならない社会環境にある、ということは準ネイティブに英語を使いこなす人を周囲に求めることが既に容易な環境にあるともいえる。逆に日本に留学してくる外国人学生は相当レベルの高い日本語を修得していることが多いが、彼らは一部の超エリートであることがほとんどである。

その2、
アメリカで実際にどういう表現がどういうニュアンスで使われているかと言ったレベルの話は知っているに越したことはないが、英語の修得における日本国内での目標にする必要は、恐らくない。
シングリッシュや多くのピジン言語の例を出すまでもなく、実用的にコミュニケーションが取れればいい。日本人特有の言い回し(アメリカではまず使わない表現)や候文のような多少みょうちくりんな英語でもまずは使えりゃいいじゃん、と、そのあたりに目標を置けば日本国内でも充分大衆レベルで教育できるし、その先のことは国内では無理。それにこのレベルをクリアしておけば、実際に渡米して生活すれば後の問題は恐らく自然に時が解決する。

その3、
日本では大学受験がある以上、それを利用した英語教育の方法が結局は最も効果的である。
避けて通れない以上、学校教育の範囲では大学受験を逆にプラス要因としていくしかない、ということ。
これは、たとえ小学校だからといえども、オーラルオンリーではダメで、中高の英語教育に結局つながらず中途半端で終わってしまうということです。
小学校でも小学校なりの、ある程度のセンテンスストラクチャーなどは教え方には工夫がいるでしょうが、教えることが必要です。それでこそ、上級学校での教育に直結し、学習が継続されます。年齢にに応じた文法をスピーキングやリスニングと同時に教えることは決して邪魔にはならないし、これ抜きでは結局単なる「異文化体験」で終わる子供が大半でしょう。小学校の国語でも「文法」とは言わないかもしれませんが、文法をちゃんとやってるはずです。それと同じです。

余談ですが、私の接してきたALTの多くは細かい文法事項はもちろん2の次でしたが、案外センテンスストラクチャーの修得にはこだわりを見せていました。たとえば、「主語がきちんと立って、それに応じた述語で結ばれていなければ何を言ってるかわからない」こと、「接続詞なしに絶対に1文に2つ以上の動詞を入れてはいけないこと」など。TTのアクティビティでもこうした基本的な文構造をゲームの中で身につけさせようというような工夫を結構していました。それだけ、こういうことを重視しているんだなあ、と。
これ、近頃の私の実感です。更に、乱れた日本語の矯正にもこの発想は役立つのではないかと・・・。

私自身、随分いい加減な自己流の英語でALTといろいろしゃべってますが、別にそれほど不自由しません。通じてないかな、と思ったら別の言い方で言えばいいし・・・。完璧でないことを恐れるより、とにかく使うこと、受験もコミュニケーションもこれに尽きると思います。これなら教師の意識改革だけで今の日本でできることだし、それが限界だと思います。文科省の目指すところも多分その辺だろうと私は思っているのですが・・・。

先日、「主語と述語をしっかり矛盾のないように立てよう」ということだけを強調し、10文以上のまとまった内容の英語を書く課題を出しました。その一言だけで、何を言ってるのかわからない英語がほとんどなくなりました。ALTに見せても「充分わかる」という判定。初歩のコミュニケーションツールとしての潜在能力は持っているんだな、と改めて思いました。
ごまかしではなく、実感をこめて「文法ってしゃべったり書いたりするためにも重要なんだぜ」と私は生徒に言っています。

要はできることとできないことを現場の教師がきちんと把握してバランスよく取り組むことでしょう。何がなんでもネイティブが一番、オーラル至上主義というのでは多分日本の英語教育は崩壊します。かといって、センター試験対策ばかりやらせるのではパズルであって言語教育ではない。ちょっと考えればあたりまえのことをしっかり見据えてあまり外野の雑音に惑わされずに目の前の生徒を見て教えることに尽きるのだと思っています。そのへんから日本なりの英語教育の方向性が見えてくると思います。どだい、それは無視できるものではないわけですし・・・。

それにしても、国中の小学校が競って日本語をないがしろにして英語に走ることだけはないことを願っております。
2009/07/10(Fri) 22:33 | URL  | 昭平 #-[ 編集]
でも、、、
>昭平さん
おっしゃるとおりです。
だけど、高校受験を想定しての、小学校英語であったりしたら、これって、、、小学校でやる意味あるのかしら?
しかも、評価無しですよ?
しかも、活動ですから。教科じゃないから。

小学校で英語をやる意味。
それは、ボキャブラリーの少ないうちに、耳の柔らかいうちに、舌がやわらかいうちに、できるだけネイティブに近い英語に慣れさせるってことじゃないのかしら?

それから、評価しないって言うことはとにかく体験重視なわけでしょう?英語というものが生まれた文化やらそのバックグラウンドを、体感しろってことなわけでしょう?(バーベキューとかやってさ)
だけど、高校や中学でそれが必要ないって言われたり、そこまですることないってんだったら、もう小学校でやんなくてもいいじゃん?って思います。

私はアメリカに来て一番に感じたこと。
「通じない!」ってことです。

英語の先生には通じます。
相手はプロだから。聞くのもプロだから。
「教育現場で、生徒の言っていることをくみ取ることができる」プロですから。
たとえば、小学校1年生の話を聞く、、、書いた字を読む。
私にはできました。プロだったから。

だけど、英語を母国語とする一般の人。
てゆうか、一般の人の方が圧倒的に多いわけです。
日本にいる外国人と言われる人達は圧倒的に、一般の人のはず。

そういう人には通じない。
それは、私が全然英語を勉強してこなかったからでしょうか?
そりゃ、昭平さんにくらべたら、赤ちゃんですよ。英語に関してはね?でも、一応中学校から大学まで英語、、真面目にやってたんだけれどな~。

自分の持つ日本語が高度であればあるほど、英語にして話すのはむずかしい。だって、高度な英語の単語を知らないわけだから。
だから、日本語を覚えるのと同じくらい(それよりちょっとゆっくりに)のスピードで英語の単語も入れていけばいい、、、私が望むのは、日本の小学校の中で英語をやるんだったら、、、そこです。
あくまで、私の望みであって、文○省の望みではないでしょうが。

小学校で英語をやる意味ってなんでしょうね。
中学校や高校を超えちゃだめ、、、っていうのが、なんだか頭打ちのような気がします。
中学校や高校という年齢より早く始めるということに、きっと意義があるハズなんだと思います。

おっしゃるとおり、受験に必要とか、ALTに通じる程度できっといいんだと思います。
それでいいんだと思います。

でも、きっと、その子達は将来海外に行って、私のような苦労をするのだ。そして、、、何十年おんなじことやってんねんって話ですな。

昭平さん、高校の先生というお立場で、こんなにもがっつりとわかりやすく、しかも、ちょっぴり夢も壊しつつ(爆!すみません)コメントほんとにありがとうございます。

ここは、きっと小学校の先生達も何人か見てくださっているので、ぜひとも現場の声として読んでいただきたいですね。

しかし、、、思う。
もう英語の受験やめちゃえばいいんだ。
もしくは、違う受験の仕方をするとか。
結局、そこだ。
そこで頭打ちな気分になります。。
その場所を越えて、大学生にならないと生きた英語って学ぶことはできないのかな~。むずかしいです。
的外れなことレスしていたら、ごめんなさいです。
2009/07/11(Sat) 02:30 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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