日本に戻ってきた香取とたろうが嵐を想い綴る「なまけ日記」
いろいろな想いをもって~ホロコースト記念博物館~
2008年12月01日 (月) | 編集 |
HOLOCAUST1.jpg

「あなたが見たことについて考えて。」

ワシントンDC。
なかなかあっぱれな街です。
だって、多くの博物館、施設が「アドミッションフリー」です。無料です。
すごいことです。

香取がこのワシントンで一番行きたかった場所。
「ホロコースト記念博物館」
第2次世界大戦でナチスドイツが、ユダヤ人、ロマシンティ、反政府の考えを持つ人、障害を持つ人達、、、、にしてきたこと。
「民族浄化」という、とても恐ろしい考えのもと、近代国家であり数々の音楽家を生んだ、、音楽を愛する国の人々がやったこと。
それがホロコーストです。
日本語に訳すと「大量虐殺」となります。

戦争自体がホロコーストだ。
広島、長崎に落とされた原爆も、日本がアジアの人たちにしてきたあらゆることも全て。
ホロコーストだと思う。

列に並びセキュリティチェックを受けて建物の中に入ると、まず「Fouth Floor」4階に向かうエレベーターに乗せられます。
このエレベーターが、ユダヤの方達が送り込まれたガス室、、、?そんな感じの内装になっていて、係の方が「あなた達がこれから行く場所は。。。」というような説明をしてくれる。その係の人を残し扉は閉まります。
この瞬間、、、おそらくこのエレベーターの中の人達はみんな、ナチスの軍靴の響きが迫って来るのを聴いたのじゃないかしら。もちろん、香取にも聞こえました。

4階に着くと、そこはまずホロコースト以前の状況が展示されています。
どうやってナチスドイツという政府が成り立ち、どうやってドイツ国民の心をとらえ、どうやってユダヤの方達をスケープゴートとして追いつめていったのか。。。
そのことが、とても丁寧に映像や写真により説明されています。
中は大混雑です。なぜなら、人々はとにかくじっくり表示物を見ているので、列が進まないからです。それだけここに来る人たちが、このことに興味を持ち理解しようとしているということが伝わってきます。また、誰も話もしません。
まるで私達の列の傍にSS(ヒトラー親衛隊)が銃を構えて立っているような錯覚にさえ陥ります。

ユダヤの人たちに対して、静かに静かに政情が変わって行く様子がよくわかります。

アーリア人と同じ学校には通ってはいけない。
同じバスに乗っては行けない。
公共の場所に行っては行けない。
映画館も、公園も、プールも。
夜も何時までしか出歩いては行けない。
公園のベンチには「アーリア人だけ」という言葉が書かれています。
ユダヤ人は座っていはいけないのです。

昨日まで教室で隣に座っていた仲良しの友達も、もう隣には座る事ができなくなります。
昨日まで、楽しんだ映画館にも。
日だまりの中で座る事のできたベンチに、お友達と並んで座る事もできなくなる。。。
そのことを想像してみます。
心に冷たい風が吹き込んで来る気持ちになります。
ナチスは静かに静かに、政治の力を使い、アーリア人の暮らしを豊かにすることと引き換えに、彼らの心を冷たく凍らせていきます。
プロパガンダ。
まさに、本当に上手に、管理的に洗脳して行くのです。

入口でパスポートをわたされます。そのパスポートは、当時ユダヤの方達が持たされた「ユダヤ人である事を証明するもの」。男性は「イスラエル」と書かれ、女性には必ず「サラ」という文字が書かれました。
そして、そのパスポートはひとりひとり違う方のものです。
おそらく、ホロコーストに巻き込まれ生還されたユダヤの方達ひとりひとりのものです。

水晶の夜。
クリスタルナハト。
何度も見た写真です。ドイツの方達がユダヤ人の経営する全ての店のガラスを叩きわり、彼らを追い出そうとした夜。
その砕けたガラスが水晶のようだったということで名付けられた。
焼かれる本達。
政治に反する書物、ユダヤ人作家が書いた書物。
それら全てが民衆の目の前で焼かれます。
かのエーリヒケストナー(「飛ぶ教室」や「ふたりのロッテ」を書いたユダヤ系ドイツ人の作家。。。香取の大好きな作家です。)の書物も公衆の面前で焼かれています。
高い地位にいた教授陣や作家、、、芸術家、あらゆる「尊敬に値する立場」にいた人達に屈辱的な思いを味わわせる。そして、多くのユダヤの方達にもはや闘うという気持ちを萎えさせる。それがナチスドイツのやり方です。

Third Floor3階に下ります。
「Final Solution-1940~1944」ここは「最終回答」という場所。
この階は、ユダヤ人を大量虐殺に追い込む少し以前の状況が説明されています。
ゲットーです。
ユダヤ人居住区としてナチスドイツが作った場所。
ポーランドなどの東欧に、多く存在します。有名なのはワルシャワゲットーでしょうか。
レンガの壁で囲まれたユダヤ人を隔離する場所。
ドイツに住み、豊かに暮らしていたユダヤ人であってもある日突然ゲットーへ行く事を命じられる。家を奪われ財産を奪われ、少しの荷物を持って引っ越す事を強制される。

ワルシャワゲットーの壁が実際に置かれていました。
この壁の外に出たかったでしょうね。
自由に友達と遊んでいた頃の事を思い出しても、豊かな暮らしを思い出してもそこに戻る事は到底不可能となります。この不条理な政治に、ユダヤの方達はどんなに悔しい思いをされたでしょうか。
しかも、こんな近代国家にそんなことが起こるなんて。
それでも、そこは彼らにとっての「その先」よりもずっと幸せな場所だったのかもしれません。

Second Floor.
2階へ降ります。
Last Chapter「最終章」です。
ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になれる)アウシュビッツ強制収容所の門にはそう書かれています。ここにもその門を再現した物がありました。

ここは強制収容所の資料が展示されている場所。
ナチスはユダヤ人狩りを始めます。
ユダヤ人と同じように、ナチスがその「狩り」の対象としたのは、障害を持つ人、共産主義者、反政府の考えを持つ人、ロマシンティ(ジプシー)。。。
彼らを大量虐殺する事がナチスの政策でした。
なぜなら、彼らの目的は「民族浄化」だから。

あぁなんて恐ろしい言葉でしょう。
だけど、日本人だって長い年月、そういう気持ちを持ち続けている。
「穢れた血」だと言う。ユダヤ人の方達の事を彼らはそう考えた。
あの近代国家であるドイツで、音楽を愛する人々の国ドイツで、なぜこんなことが起こってしまったのだろうと考えます。

強制収容所に置かれていた木のベッドが展示されていました。
この木のベッドは、何人の人が亡くなるのを見送ったのかしら。
収容所の有刺鉄線が貼られていた、石の柱が展示されています。
ナチスに撃たれるか、それともこの電気の通った線に触って死ぬのがいいのか。
何人ものユダヤの方が、最後の人生を賭けてこの石の柱に向かって走っただろう。

そして、私がどうしようもならなくなったのは、、、
通路の両側に積まれたたくさんの靴達。
それから、色あせたいくつものトランク達。
そして、もう涙がこみ上げてきて、たまらなくなったのは、押収された彼らの持ち物。
たくさんのブラシや眼鏡。そして義足も。
それから何より「お茶の道具」や「チーズを削る道具」

あぁ、彼らはここでお茶を入れたり、チーズを削ってお料理ができるって思って来たんだね。
ドイツ人でさえ、「強制収容所」という存在も、そしてそこで何が行われているかも知らなかったと言います。
解放したアメリカ軍やソ連軍は、その壮絶な状態に驚愕したと言います。

誰がこんな生活を想像していたでしょう。
人間としての「生きる希望」も「夢」も全てを踏みにじられたような扱いを受けることを。

ガス室の模型。
そして、本物は初めて見た。何度も写真では見たけれど。
「チクロンB」ガス室で使われた薬品の缶。
ナチスは、一度の多くの人間を殺し「民族浄化」をするためにガス室を作り、そこで大量にユダヤの方達を殺していきます。
彼らが亡くなっても尚、その死体から金歯など、価値のある物は全てはぎ取ったと言います。

人間は「ひとりの尊い存在」として扱われ、その未来を夢見る事が保証されているから、ちゃんと立って歩く事ができる。
だけど、彼らにどんな望みがあったでしょう。

最後は、解放軍として強制収容所を訪れたイギリス軍、ソ連軍、そしてアメリカ軍の映像が並べられて映像を流していました。
アメリカはすごいね。カラーで撮っている。
人体実験を受けた身体(PARTSと説明されていた)たちが映し出されていました。

人間がなぜこんなにも恐ろしい事を同じ人間にできたんだろう。
それは戦争というものがそうさせたのか。
なぜヒトラーは、ゲッペルスはそこまでやらなければならなかったのか。
彼らだって家族がいただろうに、人を愛したことだってあっただろうに。

Think about what you saw.

「あなたが見たことについて考えて。」
虫けらのように殺されていった600万人の被害者の方達の声です。

香取は戦跡マニアです。
ときどき自分が「本当は戦争のことを好きなんじゃないの?」って思うくらい、第二次世界大戦について考え続けてしまう事があります。
ドイツに行けば強制収容所に行きます。
そして、いつの日かアウシュビッツに行きたいと考えています。

なぜ私がそんなにも戦争について知りたいと思うのか。
それは、本当のことが知りたいからです。
それは本当のことなのか。
真実なのかを知りたいからです。

そして、願わくばこれから出会う子供っち達に、真実を伝えたいと思っています。
だって、彼らは未来をつくっていく大切な「人」ですから。
そして、いつも私が思うのは、
「過去を見つめない人間に未来はない。」

ほんというと、日本のやり方にはたくさん不満があります。
ドイツほど潔くできなかった日本の政府にとても不満があるし、教科書の中身が静かに変化してきている事や、卒業式で「きみがよ」を強制される事に薄ら寒さを感じます。

だから、本当の事を知りたい。
本当の事を知って自分で判断し、そしてもう一度、子供達の前に立ちたいと思っています。

さてさて、、、後日談ですが。
やらかしました。
私、、、ホロコースト記念博物館を出て、貧血で倒れました。爆!
沖縄でもやりました。サイパンではもっとすごかったです。
こんなことでアウシュビッツまで行けるのか。いや絶対行く。
コメント
この記事へのコメント
痛い
香取さんお帰りなさい。行ってきたのですね。読んでいて心が痛くなって私まで貧血になりそうになりました。私も香取さんほど勉強していませんが、第二次世界大戦の書物、ビデオなどを結構観てきました。初めて読書感想文を書いたのは以前にもお話したように『アンネの日記』でした。
ナチスの恐ろしい民族浄化、何度聞いても本当に身の毛もよだつ想いです。香取さんがおっしゃる通り、よく人間が人間にそんなことをできたな、と思います。ドイツの一般的な国民はその事実を知らなかったのでしょうね。人間は思想や宗教で、時に酷いこと、過激なことに走り、それは第二次世界大戦から60年を経てもなお、止まない。人間はやはり成熟していかない生き物なのでしょうか。
昔、組合員だったころ、教え子を再び戦場に送るな、君が代には断固反対!と言っていろいろな集会やら勉強会やらに出ていたことがありました。今はその他のいろんな部分で、それっておかしくない!?ってことが増えて、辞めてしまったけれど、今もこれからもやっぱりその根っこの部分は変わりません。香取さんのおっしゃるように過去をしっかりと見つめなければ未来はないのだと思います。日本もかの大戦で、尊いなんの罪もない沢山の人々の命を失いました。一口に何万の人が死にました、って言うけれど、1人1人に家族があり、人生があった。
その1人1人に想いを馳せ、考えるとき、本当に心が潰れそうになります。本当に月並みだけれど、戦争はいけない。絶対にいけない、そう強く強く思います。
先日、中井くんの映画『私は貝になりたい』を観てきました。なんだか、人間てなんなんだろうな、っていうある意味、絶望的な気持ちになってしまって、改めてあの戦争はなんだったのだろうかと考えていた矢先でした。うまく語れないけれど、それぞれの国の立場に立って物事を見れば、確かにそれぞれのことを理解できる部分もあるのかもしれない。でもやはり戦争は何も生まない。
現代に生きる私達にできることはやっぱりあきもせず過去と向き合いながら未来を考えていくこと、子どもたちに本当のことを正しく伝え、教え、愛をもって隣人に接する心を育むことなのかもしれませんね。

いつもながらに、香取さんの人間としての深さに感銘を受けました。そして、香取さんは前世できっと第二次世界大戦に運命を翻弄されたか、何か強い関わりをもっていたのではないか、と思うのです。戦跡での不思議体験を思うと…大切なお話をしてくださってありがとうございました。お会いしたときにまたじっくりと教えてください!まとまりなく、失礼しました~
2008/12/01(Mon) 19:41 | URL  | 山智 #-[ 編集]
じっくりと読みました
戦争での悲惨さというものはありとあらゆる方向から継承していかなくてはならないと思っています。日本のしたことにしても、日本がされたことにしても情報が操作されていた節があり、全貌は明らかになっていない部分も多いようです。世界的に見ると、まだまだ蓋をされた事実があるのでしょうか?

私は、そんな施設があることも知りませんでしたので、色々な意味で大変興味深く読ませていただきました。

なぜ、美術に挫折しただけとも思える青年が政治的な権力を持ち、大量虐殺を行使できるほど力をつけていったのか?そういうこともさっぱり分かっていない自分は、あらゆる方向からという部分でもうすでに、知識が不足しているのですが、悲惨さを無念さむなしさを伝えることはそれでもできると信じています。

毎年毎年子ども達にはことあるごとに戦争のことなど伝えています。現代っ子は喧嘩をしていなかったり、禁止事項として幼い頃から教えられたりしていますが、それ故ある種盲目的に変な方向に突っ走っていく危険もあるのでしょう。それを回避するには、絶対そういう目に遭いたくない、遭わせたくないと思える心を養わなくてはならないのでしょう。

訳も分からないまま、施設に連れてこられ、自分が死んだら埋められるであろう穴を掘らされたり、逃げることも死、残っても死、そういう現実に立たされたとき、その人が感じた絶望感。自分の何が悪かったのかも分からないまま殺されてしまう無念。考えても想像だにできない悲壮感で、押しつぶされそうになります。考えるのが怖くて切なくて、考えるのを止めたりしてしまいます。
そしてふと思うのです。「その時代に生きていなくてよかった」と。そう思ったときに、自分も同じなのか?と罪悪感にさいなまれます。
だから、自分にできることを探そうと。それは、子ども達に伝えることなんだろうと思います。

そうは思っていても、自分が攻撃されれば敵対心が芽生えてしまいます。自分の中の危険因子です。
戦争は、そんな危険因子が権力を持ったときに、爆発するのでしょう。馬鹿なことだと分かっていても、利権のためにあるいは己の単なる欲望のために多くの人が犠牲になっていくのでしょう。
日本は、戦争に負けて敗戦国として国際的に罰を受けました。それは当然のことです。それでもある種の国は、いつまでも「日本は、戦争のことについてまず謝罪すべき」と元首が替わる度にいわれます。何度謝罪を要求すんだよ、と思うのですが、それが人間の感情というものでしょう。戦争の責任を何かの形で償うことはできないのでしょう。

エゴイズムという考え方がなくならない限り、平和が訪れないとすれば、世界平和など永久にこないのかもしれません。

日本に限っても、いつの時代もそうした争いが絶えません。現在の二大政党?の馬鹿な口喧嘩もそうですが、平安貴族の藤原一族、豪族の争いetc.世界でもそう。

では世界平和は無理なのか?そうではないでしょう。近い未来、遠い未来、国境を越えて人がわかり合うためには、過去を知り、改めるべきことを「そんなの俺たちに関係ないじゃん!」と終わらせずに、自分たちが改めて心がけていくことなんだろうと思います。
こういうのも温故知新っていうのでしょうか?
過去にふたをせず、自分たちが未来を築いていくという気持ちに、まずは自分がならなくてはなんて考えました。

おかえりなさい(これを先に言わないか、普通)

長々と失礼しました。
2008/12/01(Mon) 23:57 | URL  | tensyou #y8j/9w2E[ 編集]
中井くんて、、、今更
>山智さん
ちょっと。。。爆!山智さん、、、なんですのん?中井くんて。
中井貴一ですか。。。ってなんでそこに食いついてるねん。私。

熱くそして心のこもったコメント、本当にありがとうございました。
貧血になる、、わかりますか?人間の身体にはある程度の情報を受け入れることのできる防御装置みたいなのがありそうですが、それが今回は壊れました。でも、そのことが山智さんにも伝わって、、、それが嬉しいです。感謝です。

私は学校の先生という仕事をしてて、結構おもしろくて、家族も増えないまんま(爆)、仕事が楽しくて続けて来たけれど、ときどき思うのです。私は次世代に何か伝える事、届ける事があるかな?って。
実は、相葉ちゃんへの手紙(大爆笑)にも書いたのですが、、、戦争の事を考えるのは辛い。悲しいし切ないし、本当に「痛い」。痛くて痛くて、もう知らなくてもいいやって思う事もいっぱいありますよね?
6年生を持つ度に、今回はどこにスポットを当てようか。アジアの方達のことを伝えようか。。。沖縄のことを、、、と考え調べだすと、本当に辛い想いをしますよね?だけど、それでも私達はそのことを伝えなければならないんだって思います。
山智さんも来年は6年生の先生ですものね。(ってここでゆっていいのか?)
だけど、そうやって身を切る思いをしないことには、やっぱり子供達にも伝わらないんだって思います。きっとね。

うちの母は疎開組なのですが、戦争中の話をを小さいときにずいぶん聞かされました。まるで自分が見た事があるように、大阪大空襲を逃げ回った叔母の話。。。そうやって身近に話せる人が少なくなって行く今、学校の先生のできること、しなきゃならないことなんだと思っています。

前世。。
そうなんですよ。私ね。風通しの悪い場所はすごく嫌。扉は開けっ放しにしたい。田舎がものすごく嫌。人から何かを決められて動くのがものすごく嫌。そして強制収容所にめちゃくちゃ興味がある。
もしかしたら、アンネフランクの時代、私もどこかの収容所にいたのかな~って思う事がよくあります。だから、お茶の道具が私に話しかけて来た訳ですよ。。。爆!
でも、案外そうじゃないかとも思っています。
コメントほんとにありがとうでした!
2008/12/02(Tue) 05:03 | URL  | 香取 #-[ 編集]
実は。。。
>tensyouさん
すごいですね。遠○小学校メンバー満載のこの場所。
いい感じです。盛り上がっていますね。

去年、一緒にやっていただいたエイサーって覚えていらっしゃいます。(忘れるかい!)
実は、あれで3回目でした。エイサーを指導するのは。
なぜ、何度もやるのか。。。というと、彼らが6年生になったときにちょっぴりでも思い出してほしいからです。沖縄はご存知の通り、日本で唯一地上戦となった場所。
最後には日本軍もトカゲの尻尾を切るように沖縄を捨て、「ヤマトンチュ」になりたいと心から願った「ウチナンチュ」の方達を、守りきらなかった場所。
琉球王国として豊かな時代を奪われ、日本になれ!と言われ、ウチナーグチを禁止され、話すとスパイだと言われ殺され、、それでも尚「日本のために」と願った沖縄の人達を巻き込んだ地上戦。

オキナワだってホロコーストですよね?
私、6年生をもったときに沖縄戦のことを子供達と勉強しながら、そこはとても悲しく辛い場所だと思っていました。でも初めてオキナワに行った時、そこに住む方達の底抜けの明るさと、またアメリカ軍の基地を相手に生きる「したたかさ」を感じました。
すごい!って思いました。
悲しみや憎しみを全部封じ込めて笑っていられる強さを感じました。
だからエイサーを踊りたくなるんです。

そして、子供達がやがて6年生になったとき、沖縄の苦しみを知ってほしい。また、その苦しみからあの明るいエイサーを踊り続けられる「人間の逞しさ」も解ってほしい。。。
いつもそういう想いを込めて教えていました。

なんだか、、、、あれですよね。
もっとこんな話、去年もあの場所ですればよかったですね。
今頃になって、色々なことを話せますね?
でも、きっと今だからなんでしょうね。
去年はあれでよかったんでしょうね。
いや、あんな感じがよかったんですよね?

tensyouさん。
2年生にもう「トンキー」がなくなって何年もたちます。
そうやって、わかりやすく戦争の残酷さを伝える教材が、静かになくなっていく。。。
これって、こわくないですか?
ナチスの軍靴が音もなく迫ってきたように、私達にも「見えないけれど強い力」が迫ってきているような気がします。

指導要領が改定になって、理解しなければならないことが山積みになり、それを理解する事、変わっていくことに着いていく事が「一番大切なこと」になりそうな。。。それはこわい。

行列の中を歩いていると、自分がどこを歩いているかわからなくなる。。。
そうならないように、私達は自分で歩かないとダメですよね。
2008/12/02(Tue) 12:22 | URL  | 香取 #-[ 編集]
止まりません
「ホロコースト」・・・私はあまりにも知らなさすぎる。

涙が止まらなくなりました。今も・・・。「死」への恐怖はもちろん、人間はなんて身勝手で、むごい生き物なんだろうと思いました。わたしたちは、当たり前のように生きているけれど、その私たちに今があるのは、「人」として生きていくことが許されなくなった人たちの、苦しみやつらさが少しずつ浮き彫りになっていったからでしょうね・・・。

公園のベンチには「アーリア人だけ」・・・私が小学生の時に国語の教科書に教材にありました。題名は忘れたけれど、それはユダヤの人のベンチは青いベンチと色分けされていました。挿絵が今でも忘れられません。
小学校の国語の教科書には必ずと言っていいほど、いわゆる戦争教材がありました。いい意味でも悪い意味でも大人になった今でも忘れることのない物語ばかりです。だから年々、教科書の中身をみて落胆します。日本の教育現場のいやなところを直にみている気がするからです。戦争教材以外も、どんどんと人の心に残るようなものがなくなってきています。

戦争・人種差別・・・きっと私にはまだ知らないことがたくさんあるでしょう。今の世界も決してよい状況ではない・・・いつ何が起こってもおかしくない。

わたしはこの日本から出たことがないので、過去の悲しい出来事を肌で感じることができる場所にはなかなか行けません。でも、いつか時間を見つけて全身で「過去」を受け止めてきたいです。
2008/12/04(Thu) 18:45 | URL  | rikko9_9 #-[ 編集]
あのころはフリードリヒがいた
>りーどんさん
「あのころはフリードリヒがいた」じゃないですか?
たしかね。中学校の国語の教科書に載っていたのでは?

私もこのお話を知っていただけに、実際に「アーリア人だけ」って書いたベンチの写真を見て、、、心がなんだか冷たくなっていくような気持ちになりました。

私には、日本の「なにか大きな力」が動いているようにしか思えないです。
「きみがよ」を歌いましたか?ピアノ伴奏でしたか?テープでしたか?職員は立ちましたか?子供達は?
。。。。そんなチェック機関も存在する。
「トンキー」がなくなったり、「お母さんの木」がなくなったり。。。。唯一北海道ではまだ「川とノリオ」が生きているかしら?

そうやって「忘れなさい。」「なかったことにしましょう。」って「大きな力」が私達を動かそうとしているようでならないです。教育現場にいるとき、何度かそう感じました。

沖縄では、必ず「沖縄戦」のお勉強を子供達はするそうです。涙を流しながら沖縄でなにが起こったのかを知るそうです。
そして、ドイツも。
ナチスがしてきたことを、何年生かになると必ず学習するそうです。ナチスドイツがしてきたことは、それは残酷きわまりないけれど、、、ちゃんと向き合っている国であることはうらやましいです。

私達の国がアジアの方達にしてきたこと。
ちゃんと向き合わないまんまのように思います。
そして、それができるただひとつの場所は、学校なのに。

りーどんさんも、自分の目で見た「真実」を子供達に伝えて行って下さいね~。香取もがんばりたいです。
2008/12/05(Fri) 06:12 | URL  | 香取 #-[ 編集]
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